魔具のトラップ
通路を進む途中、「お前は昨日の!」とか「てめー何しに来やがった!」とか聞こえたが無視して歩いていると、先程と同タイプである通路一面に広がる鉄格子が現れた。
看守は鍵束から一本を選ぶと、先程と同じように鍵穴へ差し込み回す事により解錠。そして扉の先の下へと続く階段を、足音を響かせながら降りて行く。途中あった他の階には目もくれずその階段をひたすら降りて行くと、程なくして階段の終着点である最下層へと到着した。
どうやらこの階だけはまだ整備されていないようで、地面を掘っただけの作りの通路になっており土が剥き出しになっている。
また魔法の光源が通路の上部にあるが、上の階よりも設置間隔が広いため、所々に闇が生まれてしまっていた。
「止まれ! 」
突然の声に目を凝らすと土壁通路の先の暗がりに、一人のレギザイール兵が立っているのが見えた。そしてその兵士は続ける。
「誰だ? 」
その正面に立つ目つきの悪い男は、剣の切っ先を乱暴にシグナへと向け質問してきた。
それに答えたのは看守。
「エクセルサ隊長、特務部隊所属シグナ=アースを連れて参りました」
その言葉を聞くとエクセルサはシグナの間近まで歩み寄り、腰を曲げ顔を覗き込んできたかと思うとニヤニヤし出す。
「ほぉー、お前が会食の席でシャールストンに噛み付いた奴か? なかなか見所があるじゃねえか、俺もあいつは大嫌いだ」
そう言うとケラケラ笑うエクセルサ。
「はぁーそうなんですか。ちなみに今、その隊長さんに追われているっぽくて、正直まいっています」
それを聞いたエクセルサが大爆笑をした。
「ストーカーかあいつ、気持ちわり~」
うん、この人は目つきだけじゃなくて言葉使いもかなり悪い。
「あ~笑った笑った。で、ここに来た用件は? 」
「はい、カザン連隊長に話がありまして」
「カザンさんなら満月までここから離れられないのは知っているよな? 」
「会いに行くので問題ないです」
「お前、あの化け物のいる世界に行くのか? 」
「まぁ、死なない程度には慣れていますので」
「マジか! 」
そう言うとまたケラケラ笑いだすエクセルサ。
「カザンさんが仮眠をとる時とかに交代してるんだが、昨日の長時間の交代はかなりしんどかったな。どうにかなるかと思ったぞ」
確かに。そしてほとんどあそこに入り浸っているカザンは、真に強い人間だと思う。
「ほれ、鍵だ。カザンさんはこの先だ」
シグナはエクセルサとここまで案内をしてくれた看守に頭を下げると、一人通路を歩み出す。
程なく進むと土壁が終わり、また整備されている通路へと変わった。
しかし今度の壁には壁画が描かれており、牢獄の壁のように冷たい印象はなく逆に暖かさを感じる雰囲気があった。
別の建物に繋がったのかな?
そしてその道の先を進んで行くと、これまた道を塞ぐ形で取り付けられた、所々に炎の絵が刻まれた鉄扉が現れた。
これは十中八九、魔具を利用したトラップである。
魔具は通常、その物に刻み込まれた魔法をイメージする事により発動させるのだが、これはわざと絵を見せることにより強制的に頭の中に炎のイメージをさせて、触った瞬間に無理矢理発動させられると言う類いのものだ。
触れれば魔力が利用された挙句、この扉に刻まれたような炎の玉をその身に受け焼かれてしまう。タチが悪い。
罠と認識してからトラップ回避のために目を閉じたとしても、逆に絵が頭に残ってしまうため、こういう時は他のことを考える事に限る。
しかしこの扉の件について一切触れないとは、エクセルサも人が悪い。ただ単に言い忘れたのか、この程度のトラップは避けて当然とでも思ったのか。
まあ確かにこの程度のトラップは、逆に他のトラップを隠すための噛ませのトラップである事が多いのだが。
とにかく甘くみて他のトラップに引っかかるという話は、サーガでも良くある話であるし、一応他にも注意しながら何か別の考え事をするか。
ユアン=アプリコット。
あいつとの付き合いは軍に入隊するずっと前、幼少期にまで遡る。
今では何かと張り合ってくる面倒臭い奴ではあるが、小さい頃はそんな事はなくよく妹のセレナと三人でかくれんぼやおままごとをしたりして一緒になって遊んでいた。
レイアザディス神学校に行くようになってからは、互いに同性の友達が出来て遊ぶことが減り、いつしか顔を合わせても互いに話しかける事もなくなったが。
……いや、まてよ。
もしかしてーー。
今もちょっとした事で何かにつけて因縁を付けてくるのは、もしかしてあの日の事をまだ根に持っているのかな?
神学校の卒業日当日、式が終わり別段する事もないシグナは早々に帰宅をした。そして夕飯の買い出しのために家を飛び出た時、家の前の道路に佇むユアンの姿を目の端で捉えた。
あの当時、思春期真っ盛りのシグナは異性に対して変に意識をしてしまっており、久しぶりに顔を見たユアンに対してどう接っしたら良いのか今以上にわからなかった。いやそれ依然に女性の顔をジロジロと見ては失礼なのでは、と本気で考えていたほどだった。
そのため後から考えれば明白なのだが、シグナに用があって来たであろうユアンに対して、恥ずかしさが勝ったシグナはその場を足早に立ち去っていた。
つまりユアンに対して、シカトをしたのだ。
あの時のシグナの態度は後々に何度も自己嫌悪に陥る要因の一つとしてずっと頭の中から消えない、忘れてはいけない失敗として深く心に刻まれたのだがーー、とにかくその日を境に、ユアンの態度が変化したように思う。
でも謝るなんて今更、なんだよな。
そのような事を思い出しながらエクセルサに貰った鍵を差し込み捻る。
扉は開く以外の機能を見せなかったため、シグナは無事扉を潜り抜ける事に成功。
そこから少し行くとかなりの広さの部屋に辿り着いた。
天井は高くなく中央部が窪んでいる円形状の部屋で、中央にはパーマである髪を肩まで伸ばした中年の大男、カザンがあぐらをかいて座っていた。
カザンの脇には大剣が寝かして置かれており、左手を大剣の腹に添えて静かに目を閉じている。
そしてカザンの前には厚めの布が幾重にも置かれており、その上には一つの水晶が大切そうに置かれていた。
いつ見ても気味が悪い、何かが渦巻き続けている濁った水晶。
シグナはカザンと同じように水晶の前に鎮座すると、愛刀である魔竜長剣を床に置きその上に手を乗せた。
そして深呼吸を幾度かして心を落ち着かせたあと、ゆっくりと目を閉じた。




