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町人B

 ◆ ◆ ◆


「誰かいませんか~? 」


 何度もそう声を掛けながら、階段を一歩ずつ慎重に上がっていく。

 しかし返事は無く、私の声が民家に虚しく響くだけである。狭くて急な階段を手ランプで照らしながら上がりその先の木の扉を開くと、そこはベッドとちょっとした家具が置かれている一室であった。

 そして正面の大窓から、大量の光りが一瞬、部屋へと注ぎ込まれる。

 また雷が落ちたようだ。

 気持ちを落ち着かせるため数度深呼吸をすると、気を取り直して手ランプで部屋を見渡してみる。そしてよく見て見ると、ベッドに敷かれた掛け布団が少し膨らんでいることに気づいてしまう。

 あっ、怪しい……。


「そこに誰かいますか~?」


 返事はない。


「脅かしたら本気で、怒りますよ~」


 私はじっくりと返答を待ってみたが、布団の中にいるであろう主は、微動だにしない。

 ゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込むと、腹帯を締めて掛かる気持ちで恐る恐ると布団を剥ぎ取るために手を伸ばす。そして出来る限り伸ばした手でなんとか掛け布団の端を掴むと、バッと一気に引っ張った。

 するとそこには、……大きなクマのぬいぐるみが寝かされていた。


「ふぅ~、二階は誰もいない、わね」


 ここが安全だと分かると、今までの緊張が解放された反動で大きく脱力してしまう。


「お姉さま、います?」


 下の階から微かにトロの声が聞こえる。どうやらトイレに入っているトロが、心細いため廊下にいるであろう蜘蛛に声をかけているようだ。しかし返事はないようだ。


「おっお姉さま!」


 鬼気迫るトロの声。と同時に、蜘蛛に何かが起こったのでは、と一瞬肝を冷やしたが、次の声でそれが勘違いであることがわかった。


「……トロ、いるよ」


 どうやらこの感じ、蜘蛛がトイレの前でウトウトしていただけのようである。

 蜘蛛め〜、いらん心配をさせよってからに。

 溜息をついた私は、部屋に設けられた窓から硝子越しに外を確認してみる事に。暗くなって暫く経つが、やはりどこの建物もここと同じように明かりを点けてはおらず、また横殴りの雨のため暗闇以外、しなる樹々ぐらいしか見えない。

 その時、空がまたピカッと光った。

 ん? なにか……見えたような。

 ……嫌な予感がする。

 身を屈め顔の目から上だけを窓枠の上に出る形にして、暗闇に向かって目を凝らす。

 月明かりも覆われた雨雲に遮られ真の闇となっているため良くは見えないが、地面を何かが蠢いているのだけはわかる。

 何だろあれ?

 続けて凝視しているとーー、稲光で地上が照らされた!

 そしてそれを見てしまった私は、引き付けを起こしたかのように、一瞬にして全身の毛と言う毛が逆立った状態で固まってしまう。

 そして我に返り、止まっていた心臓がバクバクと動き出し、血液が激流の如く全身を駆け巡り出す。そして次から次へと滲み出す汗。

 にっ、逃げなきゃ!

 私は部屋を飛び出そうとするが、勇み足となり体勢を崩してしまう。そして目の前に迫る階段。


『ドガタガタガタガタタッ!』


 派手な音をたてて階段から転げ落ちた私に、「大丈夫? 」とトロが苦笑しながら声をかけてきた。

 ムカつくけど、そんな事はどうでも良い! あっ、今ので水晶が割れてしまった! そっ、それより、早く今見た事を皆に知らせて、一刻も早くここから脱出しないと!


「周りに、大変! 水晶、ゾンビ! 」


 焦りから、自分でも何を言っているのかわからなくなってしまったが、私の尋常ではない様子に、一瞬にしてトロの表情から笑みが消え失せた。


「ミ、ミケ姉どうしたの!? 」


 トロも半狂乱の状態で肩を掴んでくる。


「さっ、さっきみたいに、フラフラ、こっちに……」

「おっ落ち着いて、ミケ姉!」


 トロからグラグラと揺さぶられる内に、私は笑いが止まらなくなる。


「ミケ様、大丈夫ですか!? 」


 ドリルが地下室から飛んで帰ってきた。


「こっ、この町を出るわよ! 」


 何とか出た言葉に揺さぶるのを止めたトロが、ウンウンと頷く。

 とその時ーー。


『ガシャラン!』


 音がした。暖炉がある部屋から窓が割れた音が。

 そしてーー。


『どさっ』


 なにかが床に落ちる音。

 私達一同は、息を殺すと微動だにせず、部屋から聞こえてくる音に耳を集中させる。すると、唸り声と共に人が歩く音が聞こえ出した。その足音は部屋を徘徊したのち廊下のほう、こちらの方へと近づいてきている。

 私はガタガタと震えながらも弓矢を構えると、トロもそれに続いた。

 そしてその足音が廊下に近づくと、音が途切れた。

 ……暫くしても何も起きない。

 私はここから僅かに見えるリビングの闇に目が釘付けになりながら、夢なら覚めて! と願い続けていると、…………カールのかかった金髪を肩まで伸ばした女性が、ヌッと顔を覗かせた!

 火傷で爛れているため片目が潰れている異形の女性は、残った瞳を白目に剥いたまま、私達の方を向いてゲラゲラと笑い声を上げだす。


「ギャーーーーーーーーーー! 」


 私とトロの悲鳴がハモる。

 そしてあろうことか、雨でぐっしょりと濡れている女性が廊下を蹴った。こちらへ向かい走り出したのだ。

 その場を凍らせる女性の動きに、私は狙いが定まらないままで矢を放ってしまう。そのため無情にも、矢は標的へは進まず四つん這いになりながらも走る女性の隣を通り過ぎてしまう。

 しまった!

 次の矢を手に取ろうとするが慌ててしまい、私の手から零れ落ちる矢。

 自分でも目に薄っすらと涙が溜まっていくのがわかる。

 そこで、風が吹いた。

 と同時に矢がその威力で、異形の女性の頭を吹き飛ばし、さらにその先の玄関の扉にも握りこぶし程の穴を開ける。

 崩れ落ちる女性の体に、更に追い打ちをかけるようにトロから放たれた矢が次々と当たっていく。首無しの女性がまるでダンスをするかのように舞い倒れた後には、扉や壁に多くの穴が出来ていた。


「トロ、……勝負強い」


 蜘蛛は感心するようにウンウンと頷く。

 とにかく、たっ、助かった。ナイスだトロ!

 しかしそこで視線を向けられていることに気がつく。そう、トロが空けた複数の穴から、多くの人がこちらを覗いていたのだ。

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