イールの騎士
ウィンベルが語り掛けてきます。
「最後に会ったのがレギザイール軍に入隊する前だから、十一年ぶりだっけか? 」
「そうなりますね」
するとウィンベルは鼻で笑います。
「フルフェイスでもその醸し出す空気は昔のまんまだな、すぐにわかったぞ」
そう言うと、私達を一瞥します。
「おっと自己紹介がまだだったな」
ウィンベルはわざとらしくしていると見られそうなぐらい、大きな動作でお辞儀をするとーー。
「俺はレギザイール軍、第一師団七番隊、隊長補佐、ウィンベル=バッハだ。よろしくな」
胸を張り自信満々で述べます。そして視線を私に戻すと苦笑します。
「そうそう、噂は聞いているぞ。なんでもバレヘルなんたら言う所で、隊長をしてるんだっけ? しかもパラディンって名乗っているそうじゃないか? 」
「えぇ」
「まさかレギザイール軍に入れなかったお前に抜かれるとはな。まっ、お前が隊長に収まるトコなんてたかが知れてるがな」
その馬鹿にした言動に、ガオウさん達が一瞬にしてピリピリとした雰囲気になります。
「バッハ補佐官、何をしている? 」
突如かかった後方からの声に振り返るウィンベル、そしてテーブル二つ分くらいまで近寄って来ていたその人物を目で捉えると、自然と口から言葉が零れでます。
「クロッカス隊長」
そのクロッカスと呼ばれたレギザイール兵は、全身を包む朱色の鎧の上に漆黒のマントを羽織り、そしてイールの騎士であることを証明する燃え盛る剣をモチーフとした装飾がされた留め具をしています。
「イッ、イールの騎士っす! 」
その騎士の姿を見たマリモンが、目を輝かせて驚きの声をあげます。
イールの騎士、レギザイール軍の中でも精鋭に選ばれた八名の騎士だけに与えられる称号であり、朱色の鎧を装着する事で、歴代の使用者の戦闘技術を我が物に出来るとされている魔法の鎧を所持する事を許された存在でもあります。
「バッハ補佐官、知り合いか?」
イールの騎士は、まるでゴミでも見るかのような視線をこちらに向けると、ウィンベルへと視線を戻します。
「はい、十数年ぶりに再開した友人であります! 」
その時、天井に頭がつきそうなくらいの大男が、ぬっと私達がいるテーブルへと姿を現します。視線をある人物に向けて。
「うおぉぉ、最強と謳われるイールの騎士様が、こんな所でなにしてんだ? 」
大男は目が座っており、酷く酔っぱらっているようです。
「俺も此処等じゃ敵なしと言われるもんなんだが、お前を倒せば俺がイールの騎士を名乗ってイーのか? 」
なんの前触れもなくイールの騎士が前蹴りを出しました。そしてその蹴りが大男の左膝に当たると、ボキッっと大きな音を立て脚が通常曲がらない方向へと曲がります。
「ひっ、ひぃ〜」
悲痛な声を出しながら近くのテーブルを捲き込み倒れ込んだ大男は、折れた足を両手で押さえながら踠いています。
イールの騎士は、そんな大男の頭に躊躇する事なくその片足を乗せると口を開きます。
「すまない。なにか言っていたようだが、良かったらもう一度私に聞こえるように話してくれないだろうか? 」
「やっ、野郎! 」
「ん? 何か言ったか? 」
大男は脚を退かそうと両手で頭の上の脚を掴むが、イールの騎士は構わずその脚をグリグリと動かします。
「ぐああっ」
程良く盛り上がっていた店内が、この騒動で一瞬にして静まり返ります。そして店内には、大男の苦痛の声だけが響き渡ります。
「やり過ぎですよ! 」
その声の主に、酒場中の視線が一斉に集まります。
気が付くと、私はその度のすぎた振る舞いに耐え切れずイールの騎士の腕を掴んでいました。




