VIP待遇
再び宿に戻った頃には、既に陽は完全に落ちていました。
タルトさんに案内せれるまま宿の玄関に入ると、こちらに気づいた女将さんがタルトさんへと小走りで近寄って来た。
「タルト様、スノー様、ようこそいらっしゃいました! 今日はお二人だけですか?」
「いーえ、この方々と一緒です」
タルトさんの手が伸ばされた先であるこちら側に、女将さんが視線を走らせます。
「こちらはバレヘル連合の皆様!? ……と言うことは、タルト様のお知り合いだったのですね」
「はい、そうですよ〜」
女将さんに順を追って説明をするため口を開こうとしたのですが、ミケさんが簡単に説明をしてくれました。
そしてタルトさんが一歩出て続けます。
「それで女将、いつもの露天風呂に皆で入りたいんだけど、大丈夫?」
「はい! 皆様がいつ訪れても大丈夫なよう、常に万全の状態にしておりますので」
「そう、いつもありがと」
そしてそこからは、女将が先導をするため先を歩き、その後に私達が続いて歩きます。
しかしタルトさん、常連客なだけあって皆さんと顔馴染みのようです。奥へと通される途中、すれ違った全ての従業員の方はタルトさんの名前を覚えているようで、皆さん友好的なオーラを滲ませながら挨拶をして来ます。
そして長い廊下が宿を飛び出て外へと続き、山へと登る石段を進んで行くと、程なくして趣のある木造の平屋が現れました。建物には二つの引き戸があり、それぞれ右に男湯、左に女湯と書かれた暖簾が掛かっています。
話からすればこの建物は脱衣場で、その先に露天風呂が広がっているのでしょう。
「騎士様、ここから先は別々となりますが、このスノーが付いておりますので、何かありましたら何なりとお申し付け下さい」
「タルトさん、ありがとうございます」
「その、騎士様! 堅い呼び方は嫌いです! タルト、とお呼び下さい!」
うーむ、参りましたね。会ったばかりの人を呼び捨てにするのは気恥ずかしいと言うか、抵抗があります。
しかしそれを望まれるのでしたら、私が出来る事はしてあげたい気持ちもありますし。
「宜しいのですか?」
「はいっ!」
「わかりました。それではタルト、私の事もパラディンと呼んで下さい」
「はい、パラディン様」
とそこで、鋭い視線を感じます。
振り返ると登って来た石段に一人の女性、いえ目を凝らしてみると女性と見間違えてしまいそうになる程の美男子が、少し乱れた呼吸を整えながら立っていました。
服装は貴族の者が着飾るような立派なお召し物のようですが、この方は一体?
「おっ、お兄様!」
「見つけたぞタルト! しかもこんな遅くこんなところで何をしている!?」
この方はタルトさんのお兄さんでしたか。タルトさん、着ている服やお目付役のスノーさんの存在、そして高級宿の常連さんだったりと只者では無いと思っていましたが、どうやらレート王国の貴族の方のようであるようです。
「お兄様、ちょっと」
小走りでお兄さんの方に駆けたタルトさんが、拝みながらこちらに聞こえないよう小声で何かお願いをしているようです。
「スノー!」
「はいはい」
「返事は一回だ、早くしろ!」
お兄さんに怒鳴られるようにして呼ばれたスノーさんが、小走りで駆けて行きます。
そして怒気を含めて話すお兄さんに、身振り手振りで懸命に話すスノーさん。そして暫くすると話が終わったようで、お兄さんがこちらまで歩いて来ます。
「皆さん、我がレート王国へようこそお越し下さいました。私はタルトの兄で、レート王国第一王位継承者、ショコラ=コチョ=レートと申します」
先程の剣幕は何処に行ったのか、にこやかに私のほうに手を差し出されたため、握手を返します。
あれ? この方が王子様? そうなると、タルトさんは……お姫様?
タルトさんを見ると、小さく舌を出して笑っています。
「ワガママな妹が他人のために初めて、初めてこの私にお願いをしたのです。しかもパラディン殿、二人は既に名前で呼び合う仲だとか? ……どうか仲良くしてあげて下さい、悲しませないで下さい」
うーむ、困りましたね。ショコラ王子がなかなか、握手の手を緩めてくれません。
◆ ◆ ◆
あちゃー! ショコラ王子の笑顔の中にゃ、先程とは比べ物にならないくらいの刺々しい威圧感が含まれているし。パラディン隊長、完全に王子様の逆鱗に触れちゃったよ〜でありますよ。
あっ、やっと握手が終わった。
「それでは皆さん、ここからは別々になりますがハメを外しすぎないようにですよ」
「「はい!」」
元気に返事をするマリモンとドリル、そして義務的に返事を返すガオウやトロ。
しかし流石我らがパラディン隊長。王子様からあんなに露骨な台詞回しをされても、全く動じる事なく普通に話しちゃっています。
ま〜萎縮してもどうしようもないけどね。
「隊長、視力が完全に回復するとイ〜ですね」
女湯の暖簾の先にある引き戸を開けながら、パラディン隊長に声を掛けると「ありがとうございます」、といつものように礼儀正しい返事が返って来た。
う〜ん、いい香り。建材で最高品質とされるヒノヒノの樹の、軽めであるがしっかりとした存在感として鼻腔を突く木の芳香が、微かに室内に充満しております。常備されている籠もササシノ竹が使われているようですし。
さて〜、この分だと王族御用達の温泉も期待が膨らんじゃいますね〜。そう、こんな機会はもう訪れないかもしれないのだから、全力で体験をしてあげちゃいます!
「お姉さま、お姉さま。ここの温泉、お肌にかなりイーみたいですよ!」
タルト姫と話しながら上着を脱いでいたトロが、蜘蛛に話し掛ける。
既に上着と中のシャツを一気に脱いでいた蜘蛛は、ズボンと下着に指を掛けると、同じく一気にずり下ろしながら鼻歌混じりで「スベスベベ」とご機嫌に返した。




