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お詫びの印

 しっかりとした足取りで私達の後ろに付いて来ているドリルであったが、先程のトロとのやり取りが応えているようで、時折目が泳いでいるのが確認出来る。

 まさに心在らず、と言った感じでありましょうか。

 とそこで突然、人混みから勢いよく飛び出す小さな人影、いや少女がドリルへと向かい突き進むのが視界に入った。

 そしてそれがあっという間にーー。


「わわっ」


 驚きの声を上げるドリルと、このままでは衝突してしまう!


「ひゃー!」


 少女も人混みから抜け出した先、走る前方に人がいる事に気付いたようで、悲鳴を上げたが既に遅い!

 既に瞬きをすれば次の瞬間には衝突するまでに接近をしてしまっている。


「なっ」


思わず私は声を漏らす。

と言うか、あれを避けちゃうわけ!?

 ドリルは全身のバネを使い強引に上体を仰け反らせると、片脚をなんとか半歩だけ後退させ衝突を防ごうと身体を捻った。そしてその咄嗟の判断とベストな動作のおかげで間一髪、衝突をまぬがれる事が出来ていたのだ。

 そして飛び出して来た少女はドリルの衣服をかすめる程度の接触で済み、そのまますれ違って行く。


「ごめーん!」


 少し毛先にカールのかかった赤毛の小柄な女の子は、ドリルに謝罪の言葉を述べながらそのまま走り去ろうとしている。

 ん、これは、……何か引っ掛かる。

 違和感を覚えた私は、両目を見開くと品定めモードに切り替え、遠ざかるその少女に焦点を合わせ観察を開始する。

 少女は淡いグリーンの生地にオレンジ色が差し色として入ってる、踝まである可愛いワンピースに身を包んでおり、一見するとスカートの裾に控えめに縫い付けられた刺繍があるぐらいのシンプルな服装だが、その生地が時折見せる光沢から、滑らかさと軽さ、通気性にも優れしかも丈夫である、クラウド虫が吐く糸で作られた一級品の服だと言う事が分かる。

 匂う、匂う匂う!

 金の匂いがするぞ!

 では無かったです。

 ま〜、いいとこの子、なのかな?

 そんな私の邪な思考は、声を荒げるトロにより完全に遮られてしまう。


「もしかして今の子、物取り!? ドリル、ちょっと所持品の確認して!」


 そう言えばトロって幼い頃、金銭面で苦しい修道院を助けるために、人ごみに混じり盗みを働いた事があるって言ってたのを思い出しました。

 経験者は語るって奴的発想なのかもしれません。


「だ、大丈夫です。ありました!」


 ふむふむこの反応、ドリルは財布やらがあったことより、普通にトロから話しかけられた事が嬉しかったようであります。

 ちなみに盗みを働いた当時のトロ、挙動不審な様子を不信に感じたシスターマリアさんから問い詰められ、盗みを働いた事がバレてしまったそうな。そしてシスターマリアさんが涙ながらに、貧しくても心まで貧しくなっては駄目だとこっぴどく怒られ、トロは以後盗みの類を一切しなくなったそうであります。

 そんなこんなであたふたしていると、私達のすぐ側をまた影が通り過ぎようとしています。

 こちらは見知らぬ大の大人。そしてその大人は、先程の少女の後を追っているように感じます。


「追われて……る?」


 蜘蛛もその男を怪しんだようで、蜘蛛のつぶやきを聞いたトロとドリルが、一瞬でハッとした顔つきで固まる。


 レギザイール領土内での話になりますが、近年まで子供の失踪者が多い事が社会問題になっていました。最近はそんな話もめっきり聞かなくなっていたのですが、レート王国の事情までは知りませ〜ん。


「助けないと!」


 トロが追いかけようとしたその時、たった今走り抜けた男が走りながらこちらに振り向くと、明らかに謝罪の意味が込められた一礼を、頭を下げて行った。

 私達は意表をつかれてしまい、思わず踏み出していた足が止まってしまいます。

 それからその男性を目で追ってみると、同じように少女がぶつかった人達にも丁寧に頭を下げながら走っています。

 一方、街を全速力で駈ける少女は、小さな体をさらに前傾姿勢にして、今度は上手く人の間を縫うようにして走り続けています。


「内輪揉めかな?」


 トロの問いに、そかもね~、と私は返す。


「あっち、隊長達との……集合場所」


ふ〜ん、それなら迷う必要ないか。


「じゃ、念のため少し追ってみますか」


 私の提案に皆が頷くのを合図に、私達は男性の跡を追って駆け始めた。



 ◆ ◆ ◆



「わざわざここまで来たんだから、やっぱり普段食べられない、ご当地グルメにしようぜ!」


 ガオウさんが店先に置かれたメニュー表の看板と睨めっこしながら、マリモンに賛同を求めています。


「了解っす。でもここ、色々種類があるっすね」


 私の瞳に、街から空へと伸びる何本もの煙と、ガオウさんとマリモンの若いながらも精悍な顔つきが映り込む。

 その姿をしっかりと眼に焼き付けながら、私はこの日何度目となるか分からない、感謝の気持ちで一杯になった。

 私なんかの為に皆さん、本当にありがとうございます。そしてこの場に来ていない、以前から尽力して頂いているメンバーの皆さんにも感謝の気持ちを。

あと帰路に着く前に、任務報告と一緒にこの事を伝えないといけませんね。

 私はガオウさん達の輪から外れると、暫しの間この両の瞳に写る色鮮やかな世界を堪能する事としますか。


「じゃマリモン、お前はこの毛蛙けがえるの唐揚げ食べるんだぞ!」

「うげっ、まじっすか!?」


 チャレンジ精神旺盛なガオウさんの意見に、マリモンが露骨に嫌そうな表情を作って見せる。


「さっき俺の言葉に賛同しただろ?」

「たしかに、したっすけど……」

「男に二言はないよな?」

「嵌められたっす、……あっ、隊長!」


 突然マリモンが私の名を叫んだ。

 そして私は、視力のみで世界を見ていたために失態をしてしまった事に気付く。

 全力疾走をしている少女が、今にも私と衝突しようとしていたのだ。


「あっ、キャー!」 

「ムムッ!」


 私の死角から勢いよく飛び込んできた少女は、当たる瞬間に悲鳴を上げた。

私はこの短い時間で出来る事を考える。

そして行動に移す。

 私は瞳を閉じると今まで休めていた他の感覚を解放し、神経を研ぎ澄ませていくと、戦闘時に剣を盾で受ける要領で、勢いを殺しながら両手で相手の身体を受け止めた。

 結果尻餅をついてしまいましたが、私は何とか少女を受け止める事に成功したようです。

 私は瞑っていた瞳を開くと、諭すような物言いを心掛けながら、少女へ語り掛ける事にする。


「人混みの中、そんなに走ったら危ないですよ」


 そう言いながら、私に倒れかかったままでいる小さな女の子を、両手でヒョイと持ち上げそのまま隣に立たせるように運んだ。


「お怪我はないですか?……ん?」

「…………」


 少女の反応がありませんね。

 どの様な表情をしているのか朧げしか見えませんしーー、うっ!

 この少女からフツフツと滲み出るオーラ、いや迫力が私に向けられています。

 うーむ、何故かは分からないですが、どうやらご立腹のようです。


「ムー、このドスケベおやじ!」

「ど、どすけべ!?」


 堪らず出たのでしょう、少女の怒りの言葉。

 しかしどう言う事なんでしょうか?

 私が首を傾げ考え込んでいると、少女は捲し立てるように抗議を続けられます。


「いたいけな少女の胸に触れておいて! ……もしかして私を子供扱いして、触っても謝る必要がないとでも、考えているのですか!?」


 なんと、倒れた拍子に私の手が少女の胸に触れてしまっていたようです。


「気付くのが遅れて、すみませんでした」


 すると少女の奥底からメラメラと焦げる烈火の如きオーラが、私を焼き尽くす勢いで燃えあがりつつあります。

 そして少女の怒りが頂点に達するのに時間はかからず、ついにはそれが殺気へと変換されますが、辛うじて行動には起こさず口から吐き出される事となります。


「触った事に気付かないぐらい、胸がないとでも言っているわけ!?」


 あちゃー、とガオウさんが天を仰ぐ声が私の耳に届きます。

 私はもう一度謝ろうとしましたが、考えれば私には弁明の余地が無い事に気付きましたし、少女はその迫力で私を制し続けています。

 そして少女から、まるでガオウさんの連続技のような怒涛の攻撃が口から放たれる事になります。


「だっ、だいたい浴衣姿に兜なんか被ってる時点で怪しすぎ。あなたはゴミ捨て場に湧くごみ虫、変質者かなにかでしょ! 近寄らないで、妊娠しちゃう! と言うか、今こうしている間も変なところを見ているんじゃないでしょうね!」

「タルト、口がすぎますよ!」

「げっ、スノー!」


 今にも殴りかかりそうな勢いであったタルトと呼ばれた少女の腕を、いつのまにかその背後に立っていたスノーと呼ばれた身なりの良い色白な男が、後ろからしっかりと掴んでいた。


 この突然会話に入ってきたスノーさんと言う男性、どうやらタルトさんの知り合いさんのようですが。


「貴方は?」

「私は、この子の保護者のようなものです」


 そう言うと、スノーさんは怪訝そうな表情を僅かに浮かべそうになりますが、一度言葉を詰まらせたのみで話を続けられます。


「タルトに代わり失言の数々、お詫び申し上げます」


 スノーさんのこの態度、それは仕方の無い事です。普段ならまだしも、この薄手の服に兜は、バランス的にも可笑しく映って見えている事でしょうから。


「いえ、たしかに浴衣姿に兜は怪しすぎでしたね」


 視力もだいぶん回復し、また非礼を心から詫びるためにも、一度兜を脱ぎ素顔を曝け出す必要があると考えます。

 私は両手で樽兜バレルヘルムを左右からしっかりと挟み込むようにして掴むと、ゆっくりと上方へ持ち上げ樽兜を上へとスライドさせていった。

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