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旅は浮かれるもの

 そして現在、私達は城門を潜り、レート王国の城下町に辿り着いています。

 この国の北部には天を貫く山々が聳えており、レート王国の城はこの山々を背にして建造されています。

 山に城が同化したような光景、何度見ても絶景であります。

 また古くからカカオの栽培で有名なこの国は、今も活動するチョコレ火山の影響で温泉も有名であります。この温泉には傷を癒す不思議な効能があるとされており、一説ではこの場所に月の魔竜と闘った女神の鮮血が流れ落ち、それから荒れ果てた土地は豊かになり、温泉もこのような効能を得るようになったとされています。

 そしてつい最近、この温泉のブームに火が点きつつあったりします。それは肩こりや脚のむくみが解消すると言われていた温泉の効能が、擦り傷を治したり更には瀕死の人間を救ったと言う噂も流れたためでもあります。


「前来た時と比べて、確実に人が増えているわね〜」


 2年前に訪れた時は疎らにいた観光客が、今では二割増しぐらいに増えています。

 皆さん、噂の真相を確かめに来ているのでしょう。

 そんなこんなで辺りをざっと見回していると、ドリルが俯いて歩いているのが目に付いちゃいます。

 どしたのかな?

 ドリルに声を掛けようと歩み寄っていると、ちょうど蜘蛛がドリルの顔を下から覗き込もうとしていた。そしてーー。


「ドリル、ひどい……疲れてる」

「あっ、大丈夫です」


 心配する蜘蛛に対して、ドリルは手をパタパタと振りそれを否定する。

 う〜ん、はたから見ても明らかに空元気である。


「皆!ここが俺達の宿だ!」


 声の主の方を見てみると、先程から手にした宿の名前が書かれた紙と街のお店の看板を交互に見ながら歩いていたガオウが、足を止めると建ち並ぶ宿で一際目立つ建物を指差していた。

 その湧き上がる湯気から姿を見え隠れさせている建物は、艶やかな光沢と鼻腔を通り抜ける懐かしい樹木の香りを持つ黒龍木をふんだんに使用している木造の建築物であり、数々の彫刻が施され見るものを飽きさせない造りでもあった。


「お姉様、福引の当たりにしてはイー宿ですね」

「特賞……、スゴい」


 トロと話している蜘蛛が、瞳を輝かせている。

 ふふっ。

 皆、特賞を当てた私に感謝しなさい!


「でもご飯は付いてないそうですよ」


 ぬぐぐっ!

 ご機嫌である蜘蛛にトロがいらぬ補足をした。

 この宿は老舗の宿で、レート王国の王族も利用するらしく、また文化遺産にも指定されている素晴らしい宿なんです! 素泊まりするだけでも凄い事なんです!

 加えて言うならば、この宿で振る舞われる料理はすんごい豪華、なんだそうです。

 がっくし。


「ま、めし屋ぐらい現地で探すのもイーもんだろ?」


 おっ、ガオウにしてはナイスフォロー!


「そうですよね、折角旅行してるんだから、食べ物とか見て回るのも楽しそうですもんね。ミケ姉もいつもそんな感じなんでしょ?」

「もっ、もちろん!」

「それでは皆さん、宿にチェックインしますよ」


 そしてパラディン隊長を先頭に宿の中に入ろうとした時に、左右に立ち並び出迎えてくれるいる従業員達の列から、女将さんが申し訳なさそうな顔で進み出てくる。


「お客様、申し訳ございません。当館では土足厳禁となっておりまして、ここで一度履き物を脱いで頂き、こちらのスリッパを履いて頂く事になります」

「おやおや、それは失礼しました。郷に入れば郷に従え。わかりました、皆さんここで履き替えましょう」


 ふぅ〜。

 靴を玄関で渡したのはいいんですけど、一人凄い格好になっているんですけど。

 全身防具を身に付けたパラディン隊長、しかし今は、膝小僧から下が素足となっており、そして履き物であるスリッパが来る、すんごい違和感ありありな姿に。

 マリモン、私は貴方を尊敬します。

 君は先程からよく笑わずに、パラディン隊長と話せる事が出来ますな。


「それで隊長、これからどうするっすか?」

「そうですね、まずは此方で汗を流そうと思いますので、一時間後にこのロビーで集合してから、街へ食事に行きますか?」


 いつものようにパラディン隊長の提案に賛同した皆は、部屋の鍵をガオウから受け取ると荷物を置きに各部屋へと向かって回廊を進んで行く。


「ガ、ガオさん!」


 トロがガオウにこっそりと耳打ちしているのを発見しました。

 さて、聞き耳を立ててみるとしましょうか。


「隊長の格好、どうにかして下さいね!」

「あぁ、最善を尽くしてみよう」


 ウインクをするガオウ。

 あのお願い、トロも年頃な為、隊長と一緒に外出するのが苦になりつつあるようです。

 まぁ〜、知らない土地だし、知り合いに会うことも無いだろうから、そんなのあんま気にしなくても良いと思うんだけどね〜。すぐ慣れるし。

 ん?

 まだ懇願の表情が残っているトロに、嬉しくて仕方がないのか、ドリルが満面の笑みで擦り寄る。


「トロ様、クモ様、ミケ様、同じ部屋ですね」 


 そう、今回の部屋割りは、男女で別れる形となっています。


「あっボク、トランプ持ってきてるので、良かったら寝る前にゲームでもしませんか!?」

「へぇー、準備いいね」


 トロの言葉に、ドリルは照れ笑いを見せる。

 そしてそのゲームと言う言葉に密かに反応していた蜘蛛が、楽しそうに口を開く。


「……容赦、しないよ?」

「望むところです!」


 しかし遊び道具を持って来てるなんて、ドリルも意外にノリノリじゃないですかぃ。

 お姉さんは安心しました。

 しかしそのすぐ後、私は不安になるのであった。

 ドリルは浮かれていたよだ。

 どう見ても高価であろう部屋のドアノブを思いっきり引いてしまい、ドアが歪み閉まらなくなってしまったのだ。まぁ、ガチャガチャしてたらなんとか閉まるようになったので、この件は問題無いであろう。

 他には、風呂を出た蜘蛛があられもない姿で皆の待つロビーに行こうとしたり、ガオウの頑張りが足りなかったのか、パラディン隊長は浴衣姿であったが樽兜バレルヘルムはしっかり被っていたりとハプニングが続いた。

 頼むから皆、人様わたしに心配かけるような事はしないでね。

 私が祈る中、温泉を各々満喫した一行は、予定通り晩ご飯を食べに街へと繰り出すのであった。

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