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金色の来訪者

 レギザイール王国城下町。

 建ち並ぶお店や出店、行きかう人々でどこもかしこも賑わっている。

 ジャジャリスからつい今しがた帰還したばかりの私は、人の間を縫うようにして歩き、そのすぐ後を罪人であるゴーレム使いの男、そしてその罪人を私と挟む形で少年マリモンが続いている。

 因みにマリモンは罪人の自由を奪っている縄を手に握り締め、先程から物珍しそうにキョロキョロしながら歩いている。


「今日は何のお祭りなんっすか?」


 不意にマリモンが、前を行く私に声を掛けた。

 私は行き交う人が多すぎて横に並んで歩くことが出来ないため、軽く振り返りながら後に続くマリモンの質問に質問を返す事にする。


「マリモン、レギザの城下町は初めて?」

「初めてっす」


 予想通りの答えに、思わず微笑んでしまう。

 まぁ勿体ぶっても何なので、先程の問いに答える事にしますか。


「今日はなんでもない日、普通の日よ」


 私の言葉に、目を丸くするマリモン。


「レギザは他国からも物を売買しに人が訪れる、大陸最大の街だからね~。そうそう、二月十一日の建国記念日なんて毎年どのお店もセールを始めるから、それはもう凄い人でまともに歩けなくなるのよ」

「マジっすか!?」

「我輩は幼い頃、建国記念日に訪れて迷子になったことがあるぞ」

「へぇ~それは大変だったわね、ってアンタは黙らっしゃい!」


 無許可で会話へ侵入してきたゴーレム使いの頭に、私のツッコミが寸分の狂いもなく綺麗に決まった。

 叩かれたゴーレム使いは、涙目になっていたりする。

 ーーさてと、ここまで来れば。


「マリモン、ここから近道するわよ」


 増改築を繰り返してきた街は、一歩入ると複雑で迷路のようになっている。大通りよりは少ないが、それでも先程からこの細い裏路地でも結構な人とすれ違う。そして再び大通りに出ると、犯罪者の引渡し場所である建物の正面に出てきた。

 そのまま道を渡り建物の中に入ると、肉ダルマのような筋骨隆々で長身の二人の男が両サイドに立っており、こちらを見下ろすように一瞥すると何事も無かったように視線を明後日の方向に向ける。

 正面のカウンターには受付のプレートが貼り付けられており、そこにはこちらを向く形で小柄な男が座っていた。

 内部は薄暗いが、両サイドの大男達が無駄にスクワットやポージングをして汗を垂らしているためか、室内の温度は過ごしやすい温度にまで上がっていた。


 私は極力両サイドの二人を視界に入れないよう努力をしながら受付の前にまで進むと、バレヘル連合の者である事を名乗り、事情を簡潔に話す。

 そしてマリモンに指示を出し、筋骨隆々である男の一人に縄を手渡しさせる。

 ゴーレム使いを手繰り寄せる二人の顔が怖いです。

 そしてこの建物に入ってから終始肩を落としていたゴーレム使いは、男達に引かれて大人しく奥の部屋へと消えていった。

 受付の席に座る小柄な男は、それを見届けると気だるそうに口を開く。


「これに必要事項を書いてくれ」


 私はいつもの要領で、受付の男に出された紙にペンを走らす。


「あのオヤジの名前はペーター=ベータだったわね。あとは日付とーー、同伴者の名前を書く項目もあったわね。マリモン、フルネーム教えて」

「イルマリ=モンタナスっす」

「えっ、マリモンって本名じゃないの?」

「エミリアに付けられたあだ名っす」


 少女エミリアに言い包められている当時のマリモンを想像してしまい、思わず苦笑してしまう。


「――タナスっと、これで良しっ! さてと〜、少しお茶してからバレヘルに行きましょっか?」

「了解っす!」


 受付の男から硬貨の入った袋を受け取った私達は、そのまま雑踏の中へと消えていった。


 そして少しまったりと寛いだ後、私達はバレヘル連合本部の敷地内に来ていた。

 たしか前回少しだけここに立ち寄ったのが半年前。皆元気にしてるかな〜。

 私は同行者であるマリモンに施設を説明しながら、パラディン隊長の部屋を目指す。

 とそこで、マリモンからの質問が飛ぶ。


「ここはバレヘル連合本部っすよね? って事は他に支部があるっすか?」


 え〜と、困っちゃいました。


「支部って言うより……出張所みたいなもんならあるんだけど……」


 マリモンも仲間になるんだから、本当の事を話すとしますか。

 ただ一応念押しをしておきますが。


「マリモン、ここからは部外者には他言無用よ!」


 私のその言葉に、マリモンは黙って頷いてみせる。


「実は本部以外の拠点は実在してなくて、各街にある宿屋を、私達が仲間内で勝手に出張所って呼んでるだけなんだよね」


 特別に可愛らしくウインクもして見せる。


「さっ、詐欺っすか?」


 私のウインクがスルー?

 まあいいわ、衝撃の告白すぎてそれどころではないのでしょう。

 うん、きっとそう!


「詐欺じゃないわよ! 部外者には一度も、他に支部があるなんて言ってないから」

「もし自分みたいに聞かれたら?」

「その時は、機密事項に当たるので詳しくは話せません、と笑って答えるの! ほらっ、嘘は言ってないでしょ?」

「そっ、そうっすね」


 マリモンは引き攣った笑いをみせる。

 少年よ、まぁ〜世の中どこもそんなもんなんですよ。


 そんなこんなで、私達は行きかうバレヘルのメンバーに軽く挨拶をしながら粗方施設を見て回った後、本部の最上階である4階にあるパラディン隊長の部屋を訪れた。

 予め水晶でマリモンの事を話していたため、私はマリモンの事を簡単にだけ紹介をする。

 パラディンはそんな新人君であるマリモンに対し、バレヘル連合基本方針と心構えを丁寧に話し始めた。


「――さん! ミケさん! ミケさん!」


 隊長の呼び掛けで意識を取り戻す。

 どうやら隊長の話が長くて、立ったまま少しだけ寝入ってしまっていたようだ。


「……ミケ姉」


 くっ!

 マリモンのジト目が痛いです。

 しょうがない!

 ここは秘技、話題を他に逸らすの術!


「隊長、して緊急任務が入ったとか入らなかったとか?」

「ミケ姉、その事でパラディン隊長が話し掛けていたんすけど」


 しまった、墓穴を掘った!


「ミケさん、してその件ですが、依頼人が直接話したいそうなので明日の午前11時に、もう一度こちらまでお越し頂いてもよろしいですか?」

「りょっ、了解です!」


 そして私は逃げるようにして、マリモンの手を引き隊長の部屋から飛び出した。

 ふぅ〜、ギリギリセーフであった。

 あのままあそこに居れば、危うく取り返しのつかない失敗をしてしまうところであったであろう。

 さてと、気持ちをリセットさせてテキパキと行きますか!

 少し歩き、金髪ロン毛で子持ちであるオッパイ馬鹿のガオウを見つけた私は、言葉巧みにマリモンを押し付けるとさっとその場を離れる。

 そして実家に戻ると家の手伝いを頼まれる事があるため、私はいつものようにバレヘル連合の女性宿舎へと向かう。

 そこで見知った懐かしい顔や、初めて会う新しい顔ぶれにせがまれ、旅先の話を一晩中話すのであった。


 翌日、私は極秘依頼を受けにパラディン隊長の部屋を再度訪れていた。

 ただ予定の時刻になってもまだ依頼人が到着していなかったため、私は星の魔法石騒動について街の噂などをパラディン隊長から聞いていた。


「へぇー、そしたら最強と謳われるレギザ軍が、賊の一人も捕まえられずにまんまと逃げられちゃったわけなんですね」

「えぇしかも話では、包囲網を敷いていた軍に致命的な痛手を与え逃走に至らしてしまったのは、あの魔女イザネアが現れたためだとか」

「……魔女ですか」


 先日プルツフォが酒場で話してくれた英雄の墓所の件が頭をよぎる。

 そして黒騎士団と、歩き出したとされる英雄達の姿が重なって行く。


「……まさか」


 そうこうしていると扉の向こう、部屋の外からツカツカ廊下を歩く音が聞こえ出す。そしてその足音が扉の前までくると、3度のノックが部屋に響いた。


「どうぞ、お入り下さい」


 パラディン隊長に勧められて部屋の扉を開いたのは、大きな紙袋をいくつも手にしている、祭りでねじりハチマキが似合いそうな金色のメッシュを入れている中年の女性であった。

 私はその女性を見て、思わずギョッとしてしまい引き攣った表情のまま固まってしまう。


「2年ぶりね、ミケちゃん! 元気してたかい?」

「お、お母さん!?」

「あんたももう23なんだから、お母さんに紹介する男の子の一人や二人は出来たの?」

「そんなのいないわよ。ーーって、もう少ししたら仕事で人と会わないといけないの! はいっ、お母さんは出て出て!」

「あー、いいのいいの」

「良いわけないでしょ!? ほら早くっ!」


 母を押し出そうとするが、抵抗されて上手くいかない。


「だから、イーって言ってるでしょ!」


 そして母が負けじと押し返して来る。


「ウォッホン!」


 部屋の入り口付近で押し合いをしている私達に、見かねたパラディン隊長が咳払いをしながら私達の間に割って入って来た。

 そしてーー。


「ミケさん、その方が今回の依頼主さんです」

「え?」


 耳を疑う私に、ドヤ顔で胸を反り返らせる母。

 そして母が紙袋に片手を突っ込んで何やら漁り出す。


「そう言うこと。それより今日は午後に二件入れたから、早くこれに着替えて!」


 母は紙袋に入れられていた綺麗目な服を取り出すと、私に無理やり押し当てた。


「ちょっ待って、依頼人がお母さん!? あと何で着替えないといけないの?」

「あんたも鈍いわね! お見合いよ、お見合い」


 こうして私の放浪の旅生活は、娘を心配した母による『お見合い』がきっかけで終わりを告げるのであった。

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