小さな騎士の旅立ち
その十字傷の男は私が入り口に立っている事に気づくと、座ったまま軽く手を上げ憚ること無く濁声を披露し出す。
「ミケ! 昨日は大変だったらしいな!」
「……あんたは、着いて早々もう飲んでんの?」
カウンター席に座る飲んだくれは、名をプルツフォと言い私の同僚である。
「まずは情報収集しながらの一杯、これが俺の流儀なんだよ」
「左様ですか。あっ店員さん、ミルク三つね」
私はドリンクの注文をしながらプルツフォの隣の席に腰かける。
プルツフォはグラスに注がれている酒を一気に飲み干すと、店員を呼び止め追加の注文をする。
そこで私の隣に座るマリモン達に気づく。
「ところでボウズ達は?」
「お、俺たちは……」
飲んだくれに緊張している二人。
「二人は私の友達よ」
割って入った私の言葉に、二人は安堵の色を浮かべる。
そして私がマリモン達の紹介と昨日の出来事を簡単に説明していく内に、マリモンとプルツフォがいつの間にか打ち解けていた。
「へぇー、親父のような男になるか!」
「はい! 強くなって俺がいつかこの町を守るんっす!」
「そうか。……ならボウズ、レギザ兵になる前に、バレヘル連合に来てみるか?」
突然の申し出に驚く少年少女を無視して、プルツフォは話を続ける。
「レギザイール軍の募集は十六からだろ? それまで独学で学ぶより、ち《・》ゃ《・》ん《・》と《・》し《・》た《・》人間から学んだほうが坊主のためだ」
ん? それって本部に連れて行くって事?
私は運ばれてきたミルクを、マリモン達に配りながら背中越しにプルツフォに話す。
「ちゃんとした人ってパラディン隊長の事よね? あんたがここで教えてあげれば?」
「弓使いが射撃技術なんかより、いかに間合いを詰めさせないようにするのが大切なのと一緒で、戦士は相手を倒す事より守る力、生き残ることのほうが大切だからな」
「たしかにあんたは突っ込んでいくタイプだからね」
「否定はしねぇが、そんな事より俺がいつまでここに居られるかわからないもんだから、教えるにしても中途半端になっちまうかもしれねぇって事だよ」
小バカにした感じの私の茶茶を、余裕で躱すプルツフォ。
つまんないな〜。
そこへエミリアが意を決したかのように、私達の会話に入って来る。
「あの、パラディン隊長って、あのパラディンさんですよね?」
「あっ、そぉ~よね」
そのエミリアの質問に、私は納得顔へと変わった。
そう、バレヘル連合で隊長を務めるパラディンと言う人は、どこにいる時も山吹色の鎧に山吹色の樽兜、と言う完全武装で目立つ格好でいるがため、レギザイールの二大有名人の一人とされている。
しかももう一人の有名人は、英雄カザン亡き後颯爽と現れた義賊で国民的人気があるのに対し、パラディンは人々から変わり者といった捉え方をされている。
「会えば誤解なんてすぐ解けるんだろ~けど、……ま~悪い人でない事は確かよ」
そんな私達のやり取りを、プルツフォはグラスを傾けながら眺めている。
私はマリモンに優しい微笑みながら語りかける。
「とにかくどうするかを決めるのはマリモン、あなたよ」
マリモンは何かを言おうとしているようだが、それが言葉にならないようで口を閉ざし、エミリアはそんなマリモンを見ることなく俯いている。
そしてーー。
「俺は、……バレヘル連合に行くっす!」
マリモンのその言葉に、エミリアは彼を直視した。
しかしマリモンはその視線を返す事はなく、言葉を続ける。
「今回のような、……二度と自分の非力さに、後悔したくないっす!」
ふ〜ん、マリモンの決意は固いようであります。
私はプルツフォの肩をポンポン叩きながら提案する。
「じゃ、このオジサンの任務が終わって帰る時に、一緒に連れていって貰えばイ~よ」
「あーミケ、その話なんだが、俺はもしかしたら当分の間本部に戻れないかもしれないんだ」
「どゆこと?」
「ここに来る時に初めて列車を利用してみたんだがーー」
列車とは蒸気機関車の事である。
二年前、レギザイール王国の隣国であるドトール王国内から古代文明の遺跡が発見された。
その文明とは年代不明であるのだが、魔法が生まれるよりも前の時代のものではないのかと噂されている。
そしてその遺跡の発掘が進み、この文明に名が付いていた、蒸気文明と。
そしてプルツフォは、研究が進み実用化されたばかりである、その古代の力、蒸気で動く乗り物に乗って来たそうだ。
そしてプルツフォは続ける。
レギザイールの城下町から北の終点まで乗車した際、黒騎士団を追って同じく乗車していたレギザイール兵達の多さと伝わってくる兵士達の緊張感を。
「ありゃ、たかが賊の一団に動かす戦力じゃないぜ。そしてここからは勘になるんだが、この件、大罪人シグナが絡んでいるのではと俺は踏んでいる」
『ブゥフーー』
ミルクを盛大に吹いてしまいますた。
「汚いな」
心底嫌そうな顔をこちらに向けるプルツフォ。
しかしシグナか〜。シグナが犯人ならクロムもいるわけで、そうなればゼルガルドの人達も行動を共にしている。
そうなると最悪、国同士の戦いにまで発展しそうである。
いくらシグナが復讐に燃えてて馬鹿でも、流石にそんな選択はしないでしょ。
「そう言えばミケ、お前さんはシグナと面識があるらしいな? 何か知らないか?」
シグナやクロムとの事は隊長以外には話していない。ここは何も知らないフリをしておきましょう。
「知り合いって言ってもね〜、昔に少し仕事を頼んだぐらいよ〜」
「そうか」
納得してくれたかな?
眉間に皺を寄せ俯いていたプルツフォが、スッと顔を上げる。
「そうそう、これはまだ公になっていないんだが、英雄の墓所の件は聞いているか?」
英雄の墓所?
「なにも」
英雄の墓所、そこは多くの英雄達が死しても生前の姿のままで眠る場所で、四年前にあのカザンも加わっている。
因みに遺体はかなりの損傷を受けていたそうなんだけど、保管するにあたって修復がされたそうです。
それより何かあったのかな?
「確かな筋の情報なんだが、星の魔法石騒動の直前、ここも襲撃にあったそうなんだ。そして生存者の証言で明らかになったんだが、襲撃した者とはあの魔女イザネアらしい」
魔女イザネア、死を撒き散らしその名と共に不死伝説が付いて回る、謎の多い魔法使い。
「その魔女さんは、何のために墓荒らしなんて?」
「それは流石にわからんな。ただ眉唾もんの情報ならあるぞ。何でも保管されていた英雄達が、自らの脚で歩き、魔女の後に続いたそうだ」
「しっ、死人が歩いた!?」
「なっ、笑っちまうだろ? それよりミケ、魔女と大罪人シグナの接点、あると思うか?」
「う〜ん、どうだろう? 兎に角レギザイール兵達は大変で、すぐに戻って来ないかも、と言う事は理解出来たわ」
まぁ灼熱赤竜の件もあったし、これ以上の失態は国としても避けたいのかも。
私は腕組みをすると、聞き耳を立てているマリモンの方へと向く。
「と言う訳で、レギザイールに行くのは当分先になりそうだね」
私のその言葉に、不安そうな、どこか苦しそうにしていたエミリアの表情が明るいものへと変わって行く。
とそこにプルツフォが口を挟む。
「そうそうミケ、話は変わるがお前さん、本部に帰還命令が出ているぞ」
「……なんで!?」
今まで人様に迷惑を欠けた覚えがないし、まして任務でクレームを受けた事がない私は、なぜ自身にそのような命令が出ているのか見当もつかずにいます。
「なんでもお前さん宛に直で依頼が届いたらしく、本部で直接依頼内容を話すそうだ。極秘任務ってヤツだな。ーーと言う事で、お前がマリモンを送るって選択肢も出来たわけだが」
直接依頼か、初めてだな〜。
ーーそれより。
「マリモン、急な展開だけど、私は予定通り今日の昼過ぎにはこの町を出るわ。それまでに準備出来る?」
マリモンは大きく唾を飲み込んだあと、『了解っす』っと返事の後に意思の堅い表情を見せた。
「なら私はここにいるから、十三時までに旅の支度と別れの挨拶を済ませて来なさい」
黙って頷くと店を飛び出るマリモン、とその後を追うエミリア。
店内には静かな空気が流れ出す。
私はグラスに入っているミルクを口には付けず、ただ見つめる。
私は正直どうしようか迷っている。
ああは言ってみたが、まだ十二、三の少年を故郷の町から引き剥がし、遠く離れた地へと連れて行く事に対して。
先程の言葉で数時間の猶予しか与えず決断を迫ったのは、マリモンの決心が少しでも揺らげばそれを口実に連れていかないつもりでいたのだ。
……いっそのこと約束を破って、先に一人で旅立つべきか。
そんな沈黙を、グラスに注がれていた酒を飲み干したプルツフォが崩す。
「そうだミケ、あのゴーレム使いなんだがついでだ。レギザまでの護送頼む」
「えっ、えぇー!!」
突然でしかもまさかの願い出に、私の整った顔が汚く歪む。
「しょうがねぇだろ。俺は町の警備で手一杯になるだろうし、犯罪者はレギザイール軍にさっさと引き渡したほうが町の人達も安心ってもんだ」
「で、でも」
あのオヤジの顔をまだ見ないといけないのかと思うと、私は落胆の息を盛大に吐いた。
◆ ◆ ◆
マリモンは走る。
すでに両親共に亡くしていた彼は、お世話になっているエミリアの両親と近所に住む友人達にそれぞれ別れの挨拶を済ませると、その脚で独りミケ達がいる酒場へと向かった。
そしてミケとの言葉少なめの会食が終わり、店から出る二人。
するとどこから聞きつけたのか、ミケが旅立つことを知った多くの町の人達が見送るために酒場の前へと集まって来ていた。
そして町中の人達が盛大に見送る中、ミケはレギザイールへと伸びる街道に向かって一人歩き出す。
マリモンはと言うと、人だかりから少し外れた場所にエミリアといた。
エミリアは薄っすらと涙ぐんでおり、無言のまま時間だけが過ぎていく。
その長い沈黙に耐えられなくなったマリモンは、『行ってくる』と素っ気無い言葉だけを残しエミリアに背を向けると、先に行くミケの後を追って歩き出した。
「ーーマリモン!」
エミリアの叫びに、マリモンは背を向けたまま立ち止まる。
そして再度自身の名を、今度は掠れ声で呼ぶエミリアの方へと振り返ると、顔を赤らめた少女から涙が溢れ出しているのが眼に飛び込んだ。
「……強くなって、早く帰ってきてね」
マリモンは、『あぁ』と素っ気なく返事をして背を向けると、なにかを振り払うかのように走り出した。
ジャジャリスの町を背に、駆けるマリモン。
そんないつ帰郷するかわからない小さな騎士の無事を、エミリアはずっと祈るのであった。
◆ ◆ ◆
私はマリモンのずっと先の街道を足早に進んでいた。
そんな私にやっとの思いで追いついたマリモンは、肩で息をしている。
しかし私は速度を緩めない。
その時、後方からの叫び声が微かに聞こえてくる。
「ミケー! 忘れ物だぞー!」
「わっ、我輩はモノではないぞ!」
プルツフォに引かれてくる、縄でグルグル巻きにされたゴーレム使い。
私はそれを見て、小さく舌打ちをした。




