我輩はゴーレム使いである!
太陽がもっとも高い位置に昇る時刻。
「よっ、はっ、とっ」
私は立ち込める砂埃の中、左手に弓を、右手に矢を握り締め、動かなくなったストーンゴーレム達の残骸を掛け声と共に駆け上がる。
そして私の胸の辺りにまで伸びている髪が風で靡く中、眼下の何処からどう見ても魔道士といった格好をしている男を睨むように見下ろし爪立った。
この世界には大陸が一つだけ存在し、『別れの山脈』がその巨大な大陸を南北に分断するように走っている。そしてその山脈の南方側の麓には、レギザイール人が暮らす土地の中で最北部に位置する町ジャジャリスがある。
ジャジャリスは小さな田舎町で、時折別れの山脈を越えて来てしまうモンスターを追い返すため、多くのレギザイール兵が駐在する町々の一つでもあった。
私はそんなジャジャリスの町の広場で今、弓矢を手にしているのだが……。
目の前の魔道士の服装、本当にあり得ないな〜と思うのですが、今回敢えて説明させて頂きます!
このオヤジ、口ひげの両端を上へと跳ね上げるようにして固定させ、目立つ事この上なしの真っ赤なマントでその身を纏っているんです。しかもドヤ顔で。
はい、仕事で無ければ百パーセント話しかけられても無視をして、全力をもって視界から外す努力をする対象でございます。
このオヤジは何をしているのかと言うと、先程から大の大人が見上げるほどの大きさがある数体のストーンゴーレムを操っていたりします。
しかもその理由とは、この世界を恐怖に落とし入れるため。
自身は魔王気取りなんですよね。
こんな小さな町でそんな事を宣言されましても、はぁ〜。
一応その事に対してツッコミを入れてみたのですが、小さな事からコツコツと、らしいです。
その心意気は素晴らしいけど、動機とミスマッチしすぎであります。
はぁ〜、さっきからため息しか出ませんよ。
兎に角残りのストーンゴーレムは四体。位置的には、私とおっさんの間に全ています。
広場に通り風が吹き抜け、私が服に付いている砂埃を指先でササッと払っていると、オヤジが偉そうに話し掛けて来ました。
「娘、やるではないか」
私はいつものように、ゆるい口調で返します。
「いや、それほどでも」
「いやいや大したものだ。天才である私が編み出した、魔法の分類で言えば新たに5番目に位置づけされるであろう『アーティファクト魔法』。これをものの見事に退けるとは。この魔法は人形の核に魔力を注ぎ仮初めの命を与え意のままに動かす物であるが、誕生に莫大な魔力を消費する代わりに一度生まれてさえしまえば後は微々たる魔力で操作が出来て素晴らしい魔法なのだ」
なんか聞いてもいないのに、勝手に説明が始まっています。
と言うか、この魔法って。
「零れの魔具に似てーー」
「だぁまれぇ!」
突然激昂するオヤジ。
「これはあれとは似て非なる物、理論が全くの別物だ! よってこれは完全なオリジナル魔法である!」
オヤジは肩で息をしながら猛抗議をすると、少し落ち着いたのか平静を装おうとしている。
と言うか激怒した時点で自身でも似てますよって認めているようなものじゃないですかね?
「しかーし、このアーティファクトの弱点に瞬時に気づき、刻まれた文字を削り動かなくするとはビックリしたぞ!」
えっ、そうだったんですか?
それで急に動かなくなったんだ。
と言うか、その弱点が堂々と胸に刻まれている時点でどうかと思いますけど。
「してものは相談だが、我輩の仲間にならないか?」
「無理!」
私の即答が何気にショックだったのか、オヤジの髭面が引き攣り沈黙が流れる。
ややあって、オヤジが持ち直す。
「そうか、では仕方ないな! ハァヴァァーァァ!」
しょ、正気なの!?
目の前のオヤジは両手で握りこぶしを作ると両膝を思い切り曲げる、所謂うんちんぐスタイルになりやがりました。そして辺り構わず奇声をあげだしたのです。そしてーー。
「最終奥義、ゴーレムべーつべつ同時2体動かし!」
オヤジが叫ぶように、違う動きをしながら私に迫ってくるニ体のストーンゴーレム。
それに対して私は、心を落ち着かせ素早く矢を連射すると、その二体とついでに後方で棒立ちであったストーンゴーレムの胸の文字を次々と傷つけてみせた。
するとゴーレムという名の操り人形達が、その場で次々と倒れ完全に機能を停止させる。
「なっ、卑怯な!?」
待機モード中であったストーンゴーレムを見やり、わなわなと怒りに震えるオヤジの抗議を、私は右から左へと聞き流す。
「で、どうするの~?」
オヤジは質問には答えず、ただ冷や汗を流すのみであったが、ついに観念したのか両手を上げて降参のポーズをとる。
その姿を見てほっと胸を撫で下していると、男は『また会おう』と叫び残り一体となっていたストーンゴーレムを盾になる様に移動させ逃走を図ろうとした。
そこで私は、針の穴を通すようにストーンゴーレムの脇の先に僅かに見えるオヤジ目掛けて矢を放つ。
「くぅっっ!」
その矢はオヤジのお尻に命中。オヤジは情けない声を上げながらお尻を押さえると、ズッコケながらも必死の思いでなんとかジャジャリスの町を後にするのであった。
「二度と来るな〜!」
私の懇願がジャジャリスの広場に木霊した。
それを合図にこの一部始終を隠れて見ていた町の人達が、わたしの元へとドッと押し寄せた。
「やったー」
「見ていてスカッとしたぞ!」
「ミケさんの弓は百発百中ですね!」
町の人達は私に対して、口々に賞賛の言葉を贈った。
私は営業スマイルを作ると、皆の声に応えるため片手を上げて言う。
「お安い御用ですよ」
そして私は、滅多なことがない限りしない一対一での勝負から無事開放された事により、安堵の息を吐いた。
しかし本当なら身を隠したまま仕留める予定だったのですが、町の人達から『ミケさんこっちです』、と無理やり広場に放り出されたことを思い出す。
そんな私の胸の内を知らない町の人達は、気分が最高潮に盛り上がってしまったのでしょう、気持ち良さそうにレギザイール国家を歌い始めています。
あ〜眠い。
私は早く宿に帰って休みたいな〜と考えていると、先ほどの戦闘を行っていた辺りに向かって小走りで駆ける少女の姿が目に入る。
少女は倒れたゴーレムの近くにある長く伸びた草むらの辺りまで来ると、そこに向かって声をかける。
「マリモン、大丈夫!?」
「……うっさい!」
どこからか声がしたかと思うと草むらの中に少年がいるのが見えた。
あの少年は。
少女が手を差し伸べると、少年はその手を払いのけ、自身の力だけで立ち上がりムスッとしてみせる。
私は大盛り上がりの町の人達の輪から上手く抜け出すと、二人に歩み寄り優しく声を掛ける。
「え〜と、マリモンっだっけ? 君もよく頑張ったと思うよ」
しかしマリモンは私の顔をチラッと見ると俯いた。
「……こんなんじゃダメなんだ、俺は親父のような……」
『ニャーニャー』
言葉を遮るように、子猫がマリモンの上着からニョキッと顔を出す。
先ほどの私とオヤジとの戦闘中、マリモンは足がすくんで動けないでいる子猫を救い出すべく丸腰でとっさに飛び出していた。しかし子猫を拾い上げるもゴーレムに行く手を阻まれてしまい、そこで私に助けられたのであった。
『ニャーニャー♪』
子猫がマリモンに向かって甘えている。
「ほらっ、子猫ちゃんもお礼を言ってるよ!それと~」
私は子猫の目を真正面からジッと見つめ続ける。
「ーーおなか空いたって言ってるわね」
「こ、言葉がわかるのですか?」
私の発言にビックリする少女。
「フフッ、猫とは目で語り合えるの。ん? 背中が痒いのね」
『ニャ、ニャニャニャー!(か、かゆくなんかないよー!)』
「お姉さんすごーい! しかも強くて綺麗だし」
活躍した私にごく当然の成り行きで、少女が尊敬のまなざしを向けてくる。
「まあ接近を許してたら、こうも簡単には終わってなかったんだけどね」
すると真剣な眼差しでで私の目を見つめるマリモン。
「わざわざ危険を冒して敵の前に出たのは、注意を引くため……、俺のせいか?」
私はそんなマリモンを見て首を横に振ると笑顔を作る。
「まぁ~正面きってのタイマンなんて普段はしないんだけど、……まあ結果オーライってやつよ」
町の人に押し出された事を言わないのは、大人の優しさです。
取り敢えず話題を変えますか。
「それより王都は大変な騒ぎになってるようね」
「あっ、はい。黒騎士団、ですよね?」
「そう、今回の件も元を辿れば黒騎士達が蒔いた種。会う機会があれば、文句の一つでも言ってあげるわ!」
私とマリモン達が出会ったこの日から遡ること三日前、レギザイール王国から秘宝『星の魔法石』を盗み出そうとする一団が現れた。
レギザイール城には大賢者が張る感知魔法や結界が張り巡らされているそうですが、賊達はそれ等を突破し星の魔法石が保管されている部屋にまで辿り着く。しかし魔法石に施された封印は解除出来なかったそうで、何も盗らずにそのまま逃走。そしてその賊達が、黒の鎧とマントに黒剣を巧みに操った事から、以後黒騎士団と呼ばれることとなる。
しかし普通城に不法侵入だけでも重罪になるのだが、未遂とはいえ秘宝強奪なんぞ前代未聞の大事件。
そのため城からの逃走に成功した黒騎士団を、レギザイール軍は躍起になって追跡しています。
黒騎士達の足取りから逃走先を別れの山脈であると絞ったレギザイール軍は、挟み撃ちにするべくジャジャリスのような別れの山脈周辺の町々に駐屯中の全レギザイール兵を緊急招集。
と言うことでジャジャリス周辺の町々には、守るべき人達が誰もいない状況が出来上がってしまっちゃいました。
そして火事場泥棒というのはいつの時代にもいるもので……。
先ほどのように常人とは違い多少人より魔法が上手く扱え小さな野心を秘めている自称魔王君達は、十数年前の戦争時と同じように今がチャンスとばかりに出てきてしまっているのです。
そこで事前にそんな魔王君が来たとしても返り討ちにするべく、ジャジャリスの人々はたまたま町に立ち寄っていた、レギザの何でも屋さんと言われる『バレヘル連合』に所属している私に依頼をし、急遽用心棒として雇ったのだ。
そして今日の昼過ぎ、今回のゴーレム使いが突然現れ暴れだしたため、お昼寝中だった私が町の人に叩き起こされることになったのです。




