魂の在りどころ 下
……兎に角、なんで青騎士が生きているかは知らないけど、暴走しているなら止めてあげないと!
すでにお姉様達は微かに姿が見える位置にまで離れてしまっている。
私は座り込む兵士に素早く手を差し出すと問いかける。
「私は行くけどあなたはどうするの?」
兵士は弱音を吐きながら両手で顔を覆うと首を横に振った。
「……俺はどうすればいいんだ。奴の暗殺に失敗した事がばれれば俺の命も……。ただ奴は死なないんだ。……死なないんだよ」
この時の私は、自分でもわかるぐらい心底うんざりとした表情をしていたと思う。
そして動こうとしない兵士を無視し、私はその場を離れた。
森の中を2つの影が並び、凄まじい速さで駆け抜けている。
青騎士が手にするのは剣と盾、対するお姉様は弓矢。
お姉様から放たれる、まるで意思を持ったかのように曲がり青騎士を射抜こうとする光の筋が見ていて綺麗だが、現状はそんな事を言っていられない。
何度も青騎士に肉迫されそうになるところを、お姉様が弓での攻撃と地形を上手く使いなんとか間合いを保っている状態だ。
私は脚を止めると深呼吸をし、ギチギチと弓を引き絞ると青騎士に標準を合わせようとする。しかし樹木が邪魔して中々弓の射線上に捕らえる事が出来ない。
苛立ちが積み重なって行く。
……もしかしてこちらを警戒してそう立ち回っているのでは!?
それなら相手が油断をするぐらいの遠距離で、かつ狙撃に適した場所へと標的自らに移動して貰うまで。
私は移動を再開し、駆けながらも辺りを見回す。
そして絶好の狙撃ポイントに着くと、そこから何度も普通の矢を番えては矢を疎らに放って行く。それらの矢は青騎士、そしてお姉様の近くの樹々に満遍なく刺さって行く。
するとお姉様の動きが変わる。青騎士に悟られないよう徐々にではあるが、ある方向に向かって進み出したのだ。
その方向とは私が作った目印である樹々に刺さった矢であり、お姉様はそれを追って行けば地面に矢が刺さっている目標地点まで行ける仕組みとなっているのだ。
そこはここから距離がかなり離れてしまうがその分相手が警戒を緩め、しかも樹木四本分もの間が確保された絶好の地点。
私は鎧通しを番え引き絞ると、そこから呼吸を整え青騎士が来るのをただひたすらじっと待ち続ける。
ここからは気力と体力の勝負である。
とその時、お姉様が青騎士の盾で押し飛ばされてしまった。
それは青騎士がお姉様の魔法の矢を受けながらも強引に突撃し、体当たりを行ったからだ。
「……っ」
お姉様はその先の樹木にぶつかり一瞬動きが止まってしまう。
そこに青騎士が剣を突き出した。
串刺しにしようとするその剣を、お姉様は咄嗟にベルトからナイフを抜き取り両手で支え剣を右へと受け流す。
すると剣は火花を上げながらお姉様の後ろにある樹木に突き刺さった。
そして青騎士が深く突き刺さった剣を抜こうとする僅かな隙に、お姉様が右手1本でナイフを逆手に持ち変える。そしてそのナイフを左から右にと振り青騎士の首筋へ叩き込んだ。
その衝撃で身体を揺らす青騎士であったが、しかし動きは止まらない。
刺さったナイフをお姉様の手ごと掴もうとしたのだ。
お姉様は咄嗟にナイフを手放し腕を引っ込めたため掴まれなかったが、青騎士が繰り出した強烈な前蹴りを脇腹に受けうけてしまう。
お姉様はまるで石ころのように後方へと吹き飛ばされ地面を転がっていく。
しかしお姉様は転がる勢いを利用して咄嗟に立ち上がると青騎士を見据える。
「……強い、……ぅっ」
お姉様が地面に血を吐いた。
見た限り今の攻防でかなりのダメージを受けてしまったようだ。
そして青騎士が樹木に刺さる自身の剣を抜き、次に首筋に刺さったナイフを乱暴に引き抜く。
すると首の傷口からまた不明瞭な煙が上がり出した。
「クックックッ、素晴らしい。お前は他の者と違いなかなかの強者のようだ。我の一撃をかわし、こんなモノを叩き込むとは……、賞賛に価するぞ」
「けっこう……喋るんだ」
お姉様は皮肉を言いながら弓を構える。
青騎士が首にナイフを刺されても平気な事は気にならないようだ。
そしてお姉様から魔法の矢が放たれ戦いは再開した。
距離を離そうとするお姉様と、させまいと詰め寄る青騎士。2人は再度移動しながらも激しい攻防を繰り広げ始めた。
しかし突如、お姉様の脚が止まる。
背後にはお姉様の身長程の段差があり、そこを登るには一度背を向け両手を使わないと難しそうである。
しかしお姉様は諦めない、一筋の光を手に弓を引くと狙いを定める。
追い詰めた形となった青騎士も脚を止めると、不敵な笑い声を上げた。
「クックックッ、その弓矢で私の盾を貫かない限り勝ちはないぞ?」
青騎士は半身で盾を正面に、そして剣を引いて構える。
頑丈な盾で矢を弾き、カウンターを狙うつもりのようだ。
そしてピリピリとした空気の中、対峙した2人はピクリとも動かなくなる。
互いに相手の隙をうかがっているようだ。
そして青騎士が摺り足で間合いを詰め出した。
そして身を削るような静寂を破ったのはお姉様のナイフ、を手にしていた青騎士。
青騎士は盾で隠していたナイフを投げつけると距離を一気に詰め出した。
風を切り迫るナイフ。
それに対抗するべくお姉様の弓に番えてある魔法の矢の数が1本から増えた。
その数はお姉様のMAXである4本!
そしてそれ等は瞬時に放たれる。
その光の筋の1本がナイフを射抜き空中で弾け、残りの3本が青騎士に襲いかかる。
しかしその全ての矢が、一瞬にして剣の間合いへと入るまで距離を詰めていた青騎士の盾に弾かれていく。
矢を全て防ぎ勝利を確信した青騎士が剣を振り下ろそうとする。
しかし勝負は既に決まっていた。
快音と共に放たれていた私の矢が、遠距離である事を物ともせずにグングンとその距離を縮めて行く。
そして予測射ちしていた私の矢、鎧通しが丁度前進して来た青騎士の元へと滑り込むようにして吸い込まれて行く。
そして果物が砕けたような音と共に、青騎士の兜に鎧通しが突き刺さた。
私のヘッドショットを受けた青騎士は、その衝撃で大きく態勢を崩し頭を奥へと倒しながら勢いそのまま倒れ、それを確認したお姉様が崩れるようにして地面に両手を着いた。
そして私はお姉様の元へと大急ぎで駆け寄った。
「お、お、お姉様ー!」
「……ギ、……ギリちょんセーフ」
駆けつけた私の腕の中で、お姉様が仰向けに倒れこむ。
お姉様の手当てをするべく上着を捲ると、青騎士に斬られた腹部より先程蹴り上げられた脇腹の方が変色しておりまた腫れ上がり始めており深刻そうである。
そして私が涙目になりながらリュックから薬草を取り出し手当てをしていると、森の奥から気配を感じたため視線を移した。
『パキッ、パキッ』
そこには先程の負傷兵が枯れ木を踏む乾いた音をたてながら、こちらへと忍び寄るようにして歩み寄って来ていた。
負傷兵は近くまで来ると樹々の陰からこちらの様子を伺い、青騎士が倒れて動かないのを確認すると、ゆっくりと姿を現した。
「……お、終わった……のか?」
私が黙っていると、代わりにお姉様が答える。
「……青騎士は、……倒した」
その言葉を聞いた負傷兵は更に近寄り恐る恐る青騎士を確認すると、安心したのか口角を吊り上げ笑みを浮かべる。
「へへへ、例を言うぜ」
「ちょっ、まだ近づいたら危ない!」
私の制止を無視し負傷兵はニヤニヤと笑いながら青騎士へ近付くと、おもむろに剣を抜いた。
『ザシュッ!』
そして負傷兵が動かない青騎士の首へと剣を差し込んだ。
「ハハッ、ハァ~ッハハッハ!」
負傷兵は別人のように下卑た笑いをあげ始める。
「まったく手を焼かせやがって、お前のせいで俺の信用はガタ落ちだ。
だがこれでようやく国へ帰れるぜ、
しかもお前を倒した英雄としてだぁ、ハァ~ッハハッハ!」
そして負傷兵は青騎士の体を蹴りつける。
「俺は貴族だからな、お前の愛しの姫様も俺がヨロシクしてやるぜぇ、
安心してくたばりな!ハァ~ッハッハッァ~」
ザザーッと風がざわめく、そしてそれは突然だった。
煌めく剣筋。
そして負傷兵の片足が斬り飛ばされた、青騎士が手にしている剣によって。
「なぁっ? ーー俺の足がぁ!」
尻餅を着いた形の負傷兵は、流血する足を押さえなが驚きと痛みで言葉を詰まらせる。そしてその瞳が一点に釘付けとなった。
青騎士がヨロヨロと立ち上がると、脚を引き摺り負傷兵へと歩みを始めたのだ。
負傷兵は思わず両手を上げ、降伏のポーズをとる。
『ヒヒュー、ヒヒュー』
青騎士の喉から空気が漏れる音が何度か聞こえた。
喋ろうとしているようだが、喉を裂かれているため声が出ないのだろう。
しかしその呼吸音は煙が上がり治まる頃には言葉へと変わっていた。
「かっーー彼は我を暗闇と孤独から解き放ち、自由と体をくれた恩人でな……その行為は少々癇に障る」
「……暗闇……自由」
お姉様が青騎士の言葉の一部分を切り取り復唱する中、負傷兵は情けない声を上げ始め手をつき立ち上がると、片脚でこの場から逃げ出そうとする。
その時、青騎士がバランスを崩して転倒してしまった。
それを見た負傷兵が上擦った歓喜の声を漏らしながら、その距離を少しずつ離して行く。
しかし負傷兵は突然襲った痛みに顔を歪めると、そのまま地面に突っ伏した。
振り返る負傷兵の視線の先、彼の脚には一本の光の矢が無情にも刺さっていた。
「なっ、なにしやがるんだ!この糞あま!」
そこから悲鳴のように喚き散らしながら這い蹲るようにして逃げようとする負傷兵に、青騎士が少しずつ距離を詰めて行く。
そして喚き声が命乞いに変わった負傷兵の叫びを、青騎士の剣が黙らせるのであった。
青騎士は静かにこちらへ向く。
すると「礼は言わぬぞ」と言い力無くその場に倒れこんだ。
そして仰向けになり大の字になる青騎士。
「短かったが、外の空気は美味しいな」
そう言うと、青騎士の胸部から青い液体が染み出し夥しい煙が昇り始める。
「ちょっ、何やっているのよ!?」
「……ずっと孤独だった我は、彼に恩がある。このような姿になっても歩き続けるのは彼への侮辱だろうからな」
「どうするつもり!」
「……我は宿主無しでは生きられぬように作られている。……我は一度外に出てみたかった、そして夢は叶った。あとは思い残す事などない」
青騎士はそこで口を動かすのを止めると、身体中から一気に液体が染み出し、それが一箇所に集まり拳程の大きさとなった。
私は駆け寄ると、迷わずその青い奴を両手で掬い取る。
「 ーー 何をする ーー 」
この青スライムの声なのであろうか? 頭の中に声が響いた。
そして私はその問いに答える。
「このままだと死んじゃうんでしょ!?」
そして煙を上げる青スライムを胸に当てる。
「トロ!?」
お姉様の心配する声が聞こえた。
押しやった青スライムは服を通り抜け肌に到達すると、触れた部分が痺れた感覚に襲われ思わず咳き込んでしまう。
「ゴホッ、……早く!」
手の平から逃げようとする青スライムを、それでも構わずに押し当てる。
そして暫く続いた咳が治まった頃には煙は消えており、青スライムも手の平から姿を消していた。
「ーー よかったのか? ーー」
再び青スライムの声が聞こえる。
「なんかほっとけなかったんだよ。それより乗っ取ろうとかは無しだからね?」
「ーー それは大丈夫だ、お前の意識に私は勝てない ーー」
「ふーん」
「ーー しかしそんな大事な事を今更聞くのだな ーー」
「うっさいな、早くしないとあんた死んでたんでしょ」
「トロ、独り言、大丈夫?」
お姉様が心配そうに覗き込んでいた。
「あっはい、大丈夫です!」
……そうか、お姉様にはこの声が聞こえていないのだ。でもなんて説明しようかな?
ふとお姉様に視線を移すと、お姉様は考える素振りを見せた後に納得した表情へと変え、恐る恐る聞いてくる。
「……もしかして、驚かせる嘘、冗談?」
「えっ、そ、そう、冗談です!」
うっ、しまった。説明するのが難しそうなので適当に答えてしまった。
……ま、いっか。
わざわざ心配させる必要はないしね。
それから20日後、レギザイールまで歩いて一日と言うところまで戻って来ていた私達は、ある街の弓矢専門店を訪れていた。
そこは職人の街で有名なカジワライール。あの勇者カザンも愛用したと言う鍛冶屋さんがあり、またより良い出来を求めて他国からも多く者達が素材を持ち込む、活気と煙に満ちた街でもある。
そして私達が訪れているお店は、門外不出とされる合成弓の製造方法を会得している唯一のお店であり、少し割高ではあるが高性能の弓が手に入る名店でもある。
そこへ私達はウインドウショッピングに来ていたりする。
店内には様々な形状の弓が並び、値段はピンキリで装飾が凝った物に400万Gもの値段が付いているのを発見した。
「あっ、お姉様、新作らしいですよ」
私はそこそこの強さの弓を使用しているのだが、堅く丈夫そうでいかにも張力が強そうな弓を見つけ手にしてみる。
そして軽く引いてみるといけそうだったため、短弓の要領で弦を引いてみると、そこまで力を入れずに最大まで引くことが出来た。
「あれっ? 以外に軽い弓だ」
「いらっしゃい!」
それを見た厳つい顔をした店主が私達に営業スマイルで近寄ってきた。
「おっ、嬢ちゃんは左利きなんだな。しかしそれを引けるとは凄い力の持ち主さんだ」
「これ強いの? 軽く引けたんですけど」
「えっ?」
なんか疑われたっぽいので、もう一度短弓を引く要領で最大まで引いて見せると、店主が絶句した。
そしてややあって我を取り戻す店主。
「ちょっと、そこで待っててくれ!」
そう言うと奥へと引っ込んでいく店主。
なんなんだろ?
そしてふと今引いた弓の説明文が書かれたプレートを見てみると、引きの強さに40kgと記載されている。
あれっ、今使っている弓の強さと一緒だ。
そして戻って来た店主の手には、紫色に漆黒の斑点が散りばめられた長弓が握られていた。
「これを引いて貰えねぇか!?」
「は、はい」
店主の厳つい顔の迫力に押され、その弓を受け取る。そして試しに引いてみようとするが、強くて引けない。
かなりの強弓のようだ。
「くそっ、引けねぇか。……まぁ脳筋の力自慢達が挑戦しても駄目だったからな」
残念そうに話し始める店主。
私はと言うと、本気で弓を引くため腰に吊るしていたグローブを左手に装着すると、親指を弦に引っ掛け身体全体で引くため弓と弦を持つ両手を真上に掲げた。
「それはあの大罪人シグナが倒した魔竜の部位から作った合成弓なんだが、素材に見合った張力を出そうと作ったのはいいが誰も引けない弓となっちまったんだよ。それを作るときも大の男4人で引いてなんとか魔竜の腱を引っ掛けたしーー」
私はそこから右腕を突っ張り弦を持つ左手を後方に曲げながら一気に両腕を目線の位置まで下ろす。
やった、引けた!
弓使いとして強い弓を引く事は、ただ単純に嬉しいんだよね。
「じょ、嬢ちゃん!」
店主が驚きの声を上げる中、弦を離すと強烈な風を切る音と共に一陣の風が吹いた。
その風に吹かれたお姉様が、気持ち良さそうに目を細める。
うわぁーこの弓、めちゃくちゃ欲しいんだけど。……でも高いんだろうなー。
あと矢もこれ専用の重い奴を用意しないといけないだろうし。
チラリと店主に目を配り、遠慮がちに聞いてみる。
「この弓っていくらぐらいするのですか?」
目を丸くしていた店主が私の声で我を取り戻す。
「600万G……いや、あんたなら300万でいい!」
うわっちゃ、まけて貰っても手が出せる代物じゃなかった。
でも欲しいなー。
……ギルマスは金持ちだし給料の前借り出来ないか相談してみようかな?
「その、今はお金ないんですけど、お金溜まったらその値段で売ってくれませんか?」
「勿論! 嬢ちゃんのために取って置くよ!」
「そしたら手付金として少ないですけど、手持ちの5万Gをーー」
「いや、いいよいいよ! 嬢ちゃん達はそのバッチ、バレヘル連合の人間なんだろ? ギルマスのメメちゃんにゃ日頃から色々と世話になっててな。仮に他に引ける奴が現れても一声掛けるから」
「あっ、ありがとうございます」
「そうそう、一応サインだけ貰っとくか」
そして紙に書いた私のサインを見た店主さんが、再度驚きの声を上げる。
「嬢ちゃん、カタスベル財閥の人間なのか?」
「あっ、いえ、まったく関係ないです」
私は手をパタパタと振る。
しかしなんで強弓を簡単に引けるようになったのかな?
「ーー それは我が、お前に溶け込んだからだ ーー」
「うおっ、びっくりした!」
「あぅ……」
お姉様も私の叫びにびっくりしている。
「あああ、お姉様、独り言なので」
私はお姉様から顔を隠すようにして小声で呟く。
「(いきなり話しかけたら心臓に悪いでしょ?)」
「ーー 心配するな、我はこれより長い眠りに入る ーー」
「(それはまた急な話、だね。……それなら、なんだろ?……おやすみ、であってる?)」
「ーー クックックッ、そうだな。……では、おやすみだ。しかしお前の中はあたたかいな ーー」
こうして力強い青い同居人が出来た私は、ギルマスから利息なしで給料を前借りしてこの弓、魔竜合成弓を手に入れるのであった。




