魂の在りどころ 上
レギザイール王国の隣国、ドトール王国で治安維持の手伝いをしていた私とお姉様は、契約期間が終了したため町で買い物を楽しみ、レギザイールへと戻るため街道を歩いていた。
まだ日が沈まない内は暖かいが、日に日に気温が低くなっているため背負うリュックには念のため防寒着を入れている。
因みに買い物はお姉様の趣味でブラックマーケットを中心に回り、ドクロや怪しげな壺など使えない物をずっと見て回っていたのだが、お姉様と一緒に買い物をしている事が嬉しくてあまり気にならなかった。
「今日は楽しかったなー。お姉様、また機会があったら買い物しましょうね」
そう言い終えお姉様に視線を送ろうとした時、一筋の光が目の前を通り過ぎていく。
それはお姉様が射った魔法の矢で、標的であるウサギに見事命中していた。
そしてお姉様は得意気に話す。
「青ウサギの肉、……トロ好き」
「おっ、お姉様、びっくりして寿命が三年縮みましたよ!」
「ト、トロの命、削れた!?」
「……えーと、冗談ですよ?」
「じょうだん? ……意味、わからない」
「わからないですか。うーんと、どう説明したら良いかな?」
お姉様は長い間人とお喋りをしなかったそうで、時々会話の中で知らない言葉が出てくる事がある。そんな時はその都度私が言葉の意味を説明しているのだが、問題点が一つあった。
「冗談とは、ふざけて言う言葉なんだけどーー」
「……ふざける、言葉?」
「うーんと、とにかく『大袈裟でわかりやすい嘘』、とか『驚かせる嘘』が冗談です!」
「わかりやすい嘘、驚かせる嘘。……面白そう」
かく言う説明する私も学校に行って勉強と言うものをした事がないため、説明が百パーセント正しいのかと聞かれると自信がなかったりする。
仕留めた青ウサギを回収した私達は、広がる森林の中に作られたあまり人が通らない街道を話しながらひたすら歩いて行く。
と突然お姉様が足を止めると、森の奥をジッと覗き込んだ。
よく見ると馬車が作った轍が街道から逸れており、それがお姉様の視線の先へと伸びている。
「……音がする」
言われて聞き耳を立てると、確かに森の奥から人の声が微かに聞こえる、そして金属音も。
十中八九、人が襲われているパターンである。
「結構近いかも、行ってみますか?」
お姉様は少し考える様子を見せると、私の顔を見てから呟くように言った。
「……トロ……助けたい?」
お姉様は優しい、しかしその優しさは仲間だけに向けられるものである。お姉様にとって赤の他人の生死は恐らく興味がない。ただ例外があり隊長から請け負った任務は絶対で、その時に限り守るべき相手が赤の他人であっても命を掛けて戦う。
「現場を見ない事にはなんとも言えないですけど、ここで何もしないのは嫌です」
あと私の意見も尊重してくれる。
「わかった」
私とお姉様は轍を道標に森の中を疾走する、すると轍の先から男の悲鳴が聞こえた。そしてさらに進み森の奥へと駆けつけた私達の目に飛び込んだのは、目を覆いたくなるような惨劇であった。
馬車は無惨に破壊され、それを引くべきパッカラは近くの岩場で臓物を吐き出し湯気をあげている。馬車の側にも武装した男が数人、どれもパッカラと同じような状態で地に伏している。
近寄って調べてみるとドトール王国の兵隊のようで、馬車にも兵隊と同じくドトール王国の紋様が刻まれていた。
「ぎゃーー!」
今度はすぐ近くで男の悲鳴が聞こえた。
岩場を駆け上がり目を走らせる。すると片腕を負傷している兵士と、そこから少し離れた所に頭部が破壊されている死体の近くに佇む、剣と盾を手にした青い鎧に身を包む騎士が向かい合う形で対峙しているのが見えた。
負傷兵は他の兵士と同じようにドトール王国の紋様が刻まれた鎧を身につけている事から、彼が騎士に襲われているっぽい。
「大丈夫ですか!?」
弓を握りながら声を掛けると負傷兵はこちらに向かい、「たすけてくれ!」と藁にもすがるように叫んだ。
青い騎士が私達を観察するように視線を送る中、私は負傷兵を守る形で前へと割り込む。すると負傷兵は脱兎の如く後方の木陰へと逃げると、こちらの様子を伺うようにして顔を出した。
なんだかなー、仮にも兵隊が背を向けて逃げるなんて。
「もう大丈夫よ、それであいつは何者なの?」
視線を騎士から外さずに質問していると、気がつく。
この眼前に立つ騎士もまた、装備こそ違えど負傷兵と同じくドトール王国の紋様が刻まれた鎧に身を包んでいる事を。
『ドンッ!』
突然騎士が力強く地を踏み締めたため鈍い音が鳴った。
続けて空気を切り裂く鋭い音も。
「なっ!」
一瞬にして間合いを詰めた騎士の剣が私に迫っている。
『ガキッ』
音と共に騎士の剣が私の頭上で横に大きく弾き飛ばされた。
お姉様が、瞬時に矢を放ち弾いてくれたのだ。
私は矢を番えながら後ろに大きく飛び退き一旦間合いを離そうとするが、騎士はすぐに体勢を戻すと更に地を蹴りこちらに詰め寄ろうとする。
そこへお姉様の矢の雨が降り注いだ。
四本の光の矢の全てが、甲冑越しではあるが右脚へと突き刺さって行く。そのため騎士はバランスを崩して前のめりになり手を着いた。
そこへ私が放った太く鋭い矢、『鎧通し』が鎧と一緒に騎士の心臓に突き刺さる。
騎士は片足をつくと、その動きを止めた。
ふーう。
中々の踏み込みで焦ったけど、私とお姉様の手に掛かればざっとこんなもんでしょう。
「……終わった」
お姉様も水平に構えていた弓を下ろしこちらへと歩み始めている。
とその時、騎士が立ち上がり力任せて手にしていふ剣を横薙に振るった。
そしてその剣筋にはお姉様がいる。
飛び散る鮮血。
そして咄嗟に後ろへ飛んでいたお姉様は、着地と同時に両膝を折ると腹部を空いた手で押さえた。服は見る見るうちに真っ赤に染まっていく。
お姉様が斬られた。
そして心臓を潰された騎士がまだ生きている!
「お姉様大丈夫ですか!?」
「致命傷じゃ、ない」
騎士から目を離さずにお姉様に駆け寄る。
騎士は胸の矢を引き抜くと、胸と脚の矢傷から白い煙を上げながらも、こちらへと歩み始めた。
「なんなのよ、こいつ!」
そこで怪我をした兵士がようやく口を開く。
「気をつけろ、奴は青騎士バーンだ」
「青騎士!?」
たしか青騎士バーンとはドトール王国の騎士で、青の称号の他にソードマスターの異名を持つ男でもある。
また彼は元奴隷の身分でありながら先の戦争で大活躍を収めており、その功績を讃え国では貴族と同等の扱いを受けていると聞いた事がある。
しかし本物なら、なぜこんな所に?
それともう一点。
「なんであなたは青騎士に襲われているの?」
兵士は答えない。
『ドンッ!』
そして傷口からの煙が止まっていた青騎士が、再度地を蹴り間合いをつめて来た。
私とお姉様は左右に分かれて飛び退きながら矢を放つ。しかし警戒された上で素早い動きのため二人の矢は盾に防がれてしまった。
そして青騎士は、負傷しているお姉様の方へと迫りながら呟くように喋る。
「……邪魔をするな」
しかしまさかあの青騎士と戦うことになるなんて。
お姉様を信頼し、心を落ち着かせていく。
そして鎧通しを番え引き絞ると、青騎士の動きを予測しながら、放つ。
鎧通しが青騎士の脇腹に突き刺さり、その威力でよろける。
その隙に間合いを詰められていたお姉様が一定の距離を空ける事に成功する。
「なあ嬢ちゃん、今のうちに逃げよう!」
次の鎧通しを番えていると、後ろの負傷兵があり得ない発言をした。
逃げろって、お姉様を置いて逃げろって言ってるの!?
「さっきのスピード見たでしょ? 私達はともかく、怪我してるあなたは逃げきれないわよ」
怒りを表に出さないようにするが、どうしても語気が強くなってしまう。
「頼む見捨てないでくれ!」
情けない、呆れてものが言えない。
「だったらなんであいつが心臓貫かれても動いているのか、話しを聞かせて!」
「……ちがうのだ、アレは青騎士であって青騎士でないのだ」
兵士は錯乱しているのか、渋々と話し出したが意味がわからない!
「何があったのか、時間無いから要点だけ話して!」
苛立ちが募る。
いくら魔弾のお姉様とはいえ、あの青騎士と接近戦なんて分が悪すぎる。
「おっ、俺は青騎士の部下だった。だが、英雄だった青騎士はいつしか姫と恋仲になってしまい、そしてある日……俺達に青騎士の暗殺命令が命じられたんだ」
元奴隷とお姫様の恋。
ドトール王国は13年前の大戦後、奴隷兵士だった青騎士の活躍をたたえるために奴隷制度を廃止している
しかし、いくら英雄の騎士とはいえ元奴隷の者が王族と恋仲になるなど、あってはならない事であろう。
「俺達は任務と偽り、青騎士を発掘中の遺跡へと連れ出した。そして奴が油断した隙に俺が背後から刺したんだ!あれは、致命傷だった。死ぬのは時間の問題だったんだ。抵抗されたためトドメは刺さなくてその場を離れたが……」
「仲間を裏切るなんて、あんた最低よ」
「仕方なかったんだ! 命令には背けない!」
「……わかった」
本当なら、命令されたらなんでもするの! と叫びたかったが、今はこの兵士を叱咤している場合ではない。
でも青騎士がその時殺されたのなら、あれは一体なんなの? しかも先程心臓を破壊している。
仮にあれがゾンビならば、腐敗した身体に寄生ムカデ達が侵入しており次の宿主を探し求めているか、スケルトン系の類いならば誰かが魔力で操っている事になる。
しかしどちらにも言える事だが動きが遅いうえ喋れないはずなのだが、青騎士はそのどちらにも当てはまらない。まして死んだ者が生き返るなんてことも有り得ない。
それならあいつは何者なの?




