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涙目の道化師

 街道もそうであったが、レギザイールの城下町に着くと、大きな通りは勿論、路地裏にまで人が溢れかえっていた。

 大国民記念祭は明日で終わるのだが、祭り期間中をわざと外して訪れる人も多いため、あと数ヶ月の間は街がいつも以上に賑わう。


 そして流石カタスベル財閥。キャラバンの荷馬車が城下町へ着くと門兵に誘導され、まるで海が割れたかのように人が避けていき街の中心部までスムーズに進んで行く。


 さてと、着いたらシャルルとドコユキフを探すか。水晶がないため彼らがいるであろう、パッカラレースの選手達が利用する選手村を訪れないとな。

 そんな事を考えながら開け放たれている荷馬車の後方部から、露店や行き交う人達を眺めていると、一人のドワーフの姿が目に入る。

 あれはーー。


「ここまでありがとうございました」


 礼を述べ荷馬車から飛び降りると、人混みに消えそうになっていたドワーフの手を取る。


「よっ、ドコユキフ」

「なんじゃお主は?」

「あれっ? ーードワちゃん違い?」


 正面から見ればドコユキフのようにつるりとはしておらず、びっしりと生やした顎髭を蓄えていた。


「ワシの名はネゴットじゃ!」

「しっ、失礼しました」


 名乗りを上げたドワーフは、こめかみに青筋を立て一喝するとそのまま人混みにかき消えた。

 なんか必要以上に怒鳴られた気もしないでもないが、そもそもこちらが悪いので仕方が無い。

 気を取り直して、予定通り選手村に行くか。


 シグナは人混みを掻き分け、パッカラ小屋を常備しておりこの時期だけパッカラレースの関係者を宿泊させる宿屋地帯を訪れていた。

 するとすぐに、スライムのサーニャルに餌となるコロキノとドブ鼠を与えているドコユキフの姿を見つける事が出来た。


「ドコさん、久しぶり」

「おおっ、シグナか!」


 二人は再会の握手を交わす。


「パッカラレース、どうだった?」


 なんてったってスライムである。例え入賞しなくても、会場は大盛り上がりしたはずだ。


「ーーなんだ、聞いてないのか?」


 あれっ、この溜めってもしかして、本レースも優勝とかした感じ?

 いや、サーニャルは出来るスライムである。あり得ない話ではない。


「てっきり知っておるもんとばかり思っていたのだが。シャルルはレギザ兵に連れて行かれて、レースはジョッキー不在で棄権となったぞ」


 ドコユキフの言葉が一瞬では理解出来ず、脳が言葉を理解するためにもう一度ドコユキフの言葉を再生させる。


「その代わり違約金として50万G貰う事になっているんだがな」


 どういうことだ?

 パッカラレースを出場辞退?

 それよりシャルルが連れて行かれただと?


「シャルルはどこに?」

「すまん、そこまではわからん。突然だったんだ。ーー詳しくはレギザ兵の本部とかに行けばわかるんじゃ無いのか?」


 気がつけば走っていた。

 大きな建物が正面に現れ、このまま行けば迂回しないと行けなかったが、風を解放して建物を飛び越す。

 なんだか胸騒ぎがする。


 レギザイール軍の敷地に入り、他には目もくれずに軍本部の建物を目指す。

 そして一番大きな石造りの建物に入ると、行き交う兵士をぬって総合受付で空いている職員を見つけそこへ駆け込む。


「突然ですまない! 特務部隊所属シャルル=ゴールドの所在を、確かめたい!」

「ーーその者なら丁度、王国審問会の席で取り調べを受けているはずだが」


 王国審問会だと!?


「ありがとう」

「って、あんたは!」


 本部を出ると、敷地内で一番豪奢な作りの建物へ一直線に進む。


 王国審問会、これは主に不正や軍法違反を犯した兵から真偽を確かめるために行われる軍事法廷である。

 その不正や違反が軽微な場合、王国審問会は開かれずに、師団長決裁という手続きで減給や奉仕命令が直接言い渡される。

 つまり王国審問会が開かれる時点でただ事ではなく、またこの審問会が開かれるにあたっては入念な下調べが行われており、被告人の言い分は殆ど通らない。そして罪が該当すると判断されると、引き続き軍法会議が行われる。

 軍法会議では犯した罪の度合いにより降格や除隊、最悪極刑もありえる。


 シャルルが何をしたと言うのだ!

 彼女は警備兵になってからも腐れる事なく、街のために身を削って働いていた。特務部隊に来てからも、多くの人を救ってみせた。

 なにがなんでも彼女の無実を証明してみせる!


 建物の両脇には直立不動でハルバートを持つ兵士の姿が。

 走り来るシグナを確認した兵士達が、制止させようとハルバートを交差させ壁を作るが、スライディングでその隙間を潜り抜けその先にある扉を開く。

 すると前方に見える観音開きの扉から漏れる、老いた男の声が冷んやりとしたホールに響いていた。


「奴がカザンジャックミノーを殺害した証拠は出ておる。シャルルゴールドも殺害に加担しておるのであろう?」


 そして真の通った高い男の声も聞こえる。


「ですから、カザン連隊長からシャルルゴールドを守るようにと直接連絡を受けました。その可能性は低いと思われます」

「ではシグナアースがどこに行ったのかを答えろ!」


 自身の名前が聞こえた辺りで観音開きの扉を開くと、裁判関係者の前に置かれた中央の被告席に座るシャルルとその隣に立つ男、たしかシャールストンとか言う隊長職の姿も確認出来た。


「シャルル!」


 シグナの登場で辺りが騒然となる。

 振り返ったシャルルはこちらを確認すると立ち上がり、その瞳に薄っすらと涙を溜めていく。


「馬鹿が、わざわざ捕まりに来たか!」


 傍聴席に着いていたレギザの兵隊達があっという間にシグナの周りを取り囲んで行く。

 皆剣を抜いており、殺気を隠そうとしない。


「シグナアース、お前をカザン殺しの罪で拘束する」


 その内の一人が剣を突きつけ一歩前に出た。


 どういうことだ?

 カザンを殺した?

 そしてそれを行ったのが自分自身で、……カザンが死んだだと!?


 兵士に掴まれそうになったため、風を解放しシャルルの隣にまで一気に移動する。


「シグ!」


 シャルルが目からポロポロと涙を流しながら抱きついてきた。


「おっちゃんが死んだって本当?」


 こちらを悲しそうな表情で見上げるシャルル。

 頭が燃えるように熱くなると同時に、体は相反するように震えが来るほど冷めていく。

 頭を、状況を把握するために頭をフル回転させるんだ!


「シャルルゴールド、お前にも同様の容疑がかけられている。しらばくれるな!」


 もしかして……いやこれは、……嵌められたのだ。

 カザンが何者かに殺され、それをシグナ達のせいにしようとしている奴がいる。

 カザンが何かを知りすぎたから?

 ストームの件か!?

 そしてこんなに段取りが良いのは、軍の上層部にシグナ達を嵌めた奴がいるから。


 どうする?


 こんな不利な状態で正論なんて言っても無駄だ。

 冒険物にある感動話に、冤罪で死刑になった人が、最後に実は良い人だったとわかり涙を誘うと言うものが多く存在するが、結局の所その良い人はどの物語でも死んでしまっている。

 今ここで無実を証明出来なければ、シグナ達もすぐに死刑台送りにされるだろう。

 後から無罪がわかっても遅すぎるのだ。


 周りを見やれば、何人か隊長職の姿も見える。シャルルを連れての逃走、途中で捕縛もしくは殺されるのがオチである。

 幸いシャルルにはたくさんのアリバイがあるはず。それらを利用すれば彼女だけでも罪を免れるかもしれない。しかしそれだけでは弱い気がする。


 ……シグナが全ての罪を背負う。

 そうだ、完全に罪がこちらに向けば、シャルルだけでも助けられるかも。


 それに一人だけなら風で逃げられるかも知れない。そうだ、これしかない。悪人を演じるのだ。

 きっと一人なら、逃げ切れるはずだ。


「黙っていないで答えろ!」


 シャルルのために、ピエロになってやる!

 大きく息を吸う。そして残忍な、いかにも悪者のような冷めた笑みを見せびらかすのだ!


「くっくっくっくっ、何故俺が殺したと思う?」


 シグナの言葉に辺りが静まり返る。


「鑑識魔法でお前の反応が出たそうだ」

「……何もかもお見通しというわけか」

「観念するんだな?」


 数名の兵士が駆け寄ろうとする。

 不味い、急いで腕をシャルルの背後から首に回し、そして締める。


「……シ……グ?」


 苦しそうにシグナの名を口にするシャルル。シグナはそんなシャルルを見下ろしながら吐き捨てる。


「貴様がいなければ、全て上手くいったものを!」


 シャルルを盾にしたうえで兵士に剣の切っ先を向け威嚇すると、誰に言うでもなく声を張り語り始める。


「お前等にわかるか? ずっと隙を伺っていたのに、邪魔者が入ってきてくれたおかげでその機会が遠のいてしまった。いざ行動をおこして見ればこんなクソッタレな状況だ!」


 シャルルの首筋に斬撃面を押し当てる。そして目を怒りの色に染め上げ、周りの兵隊達に向かって怒鳴り散らす。


「動くとこいつの命は無いぞ!」


 シャルルは何も話さない。

 既に首に回した腕は弱めているが、ただずっと、この腕を抱き締めるように握っているだけである。


 不味い、気を抜くと涙が出そうな自分がいる。

 演じきるのだ、心が凍りついた殺人鬼を。

 そして食いついて来てくれ。ここで冷静に対応されたらシャルルの疑いが完全には晴れない。


「待つんだ、早まるなシグナ!」


 声を掛けたのはエクセルサ、カザンを慕う目つきと口が悪い隊長職の男。

 そして続ける。


「これ以上罪を重ねてどうするんだ? そんな事をしてもここからは逃げ出せないぞ」


 そして別の男の声が近くで上がる。


「ふざけるな、外道が!」


 その男はチャールストン。シグナが苦手とする黒縁眼鏡のいけすかない奴。

 そして二人が羽織るマントの留め具には、イールの騎士であることを証明する燃え盛る剣をモチーフとした装飾が施されていた。


「その子に少しでも傷をつければ、即……死が待っていると思え」


 チャールストンは冷淡に言い放つと剣を構える。

 この二人のおかげで風向きが、犯人がシグナだけである事が印象づけられてきた。

 これであと一押しすれば成功だ!

 その時他の隊員が後ろから近づこうとしているのに気づき、そちらへ刃を突きつけたシャルルを見せ牽制する。

 とそのシグナの隙を突き、チャールストンが突きを放つために重心を落とし剣を僅かに引いた。


 今だ!


 チャールストンが繰り出そうとしている突きから身を守るために、そう思わせるためにシャルルを押し出す。この男なら寸前でも止める事が出来るはず!

 そしてシグナの期待通りに突きをなんとか途中で止め、シャルルを受け止めるチャールストン。


「貴様!」


 そしてシグナが胸元から魔宝石を取り出そうとする瞬間にエクセルサが斬り込んで来た。

 空いた手で魔竜長剣を引き上げる事により縦に構え、それを受け止めると後方にステップする。そして魔宝石を握りしめた。魔宝石が振動する中、エクセルサからビリビリと痺れるような凄い殺気が溢れ出す。

 必殺剣、それもかなりの大技のようであるが、ーーこちらの方が早い。

 魔宝石の力が風となり全身を包み込む。そして次の瞬間には上方にあるステンドグラスに体ごと突っ込み外へと飛び出していた。


 とにかくここから、王都から逃げ出さないと。

 何度も魔宝石の力を解き放ち、レギザイールの城下町の上空を高速で移動を続ける。

 そしてやはりと言うべきか、魔宝石の力は更に弱まっていた。


 そして城壁を越えた辺りで気がつく。

 妹のセレナに多大な迷惑がかかるかも知れない事に。

 あいつは多くの実績を残し、国には目に見える形で貢献している。

 死刑はないよな、……とにかく頭脳明晰なあいつの事だ。シグナの事をボロクソに言ってでも何とかしてやり過ごしてくれるはず。

 ……身勝手な所は最後まで治らなかったよ。迷惑ばっかかけてごめん。


 ……風が目に染みるな。

 何をしみったれている? 作戦は大成功したではないか。


 そう言えばあのイールの騎士の二人、こちらの考えを読んで動いてくれていたのでは? あまりにも事が上手く流れすぎた。

 シグナが知るシャールストンなら、難癖つける前に問答無用で斬りかかって来ていたはずだし、最後のエクセルサの攻撃と大技にしても、あの凄まじい気迫に当てられて他に斬りかかろうとしていた兵士達が動けないでいた。


 それとシャルル。

 もう会うことが出来ないかもな。


 大粒の涙が止まらない。


 自分で決めた事じゃないか。

 ただ無事でいてくれればいいと。


 シャルル、……今まで、ありがとう。

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