闇の世界
◆ ◆ ◆
振り切れないか。
先程から常に囲まれた状態で戦闘を行っている。
私への警戒を更に強めたこの者達は、無理には倒しに掛かろうとはせずにジワジワと体力を奪って行くことを選んだようだ。
こちらは何度もリミッターを外している事から、体は見た目以上にボロボロ。
まだ10人ぐらい残っているが、谷底まで行けるだろうか。
苦しい表情は表に出していないが、汗がダラダラと出てしまっている。
それは突然だった。
足下が冷気に包まれたかと思うと空が一瞬にして暗くなった。
いや、空だけではなく全てが黒いカーテンに遮られたように急に視界が悪くなった。近くにいる周りの者達の姿は見えるのだが、その先にある草木が殆ど見えない。
『チリーーン』
何処からともなく一定の感覚で音が聞こえ始める、鈴の音か?
色んな所からするその音は、この者達に何かの合図を送っているのだろうか?
いや、私の周りを取り囲んでいる者達も、辺りをキョロキョロと見回している。
この者達にとっても予想外の事が起こっているようだ。
この何かしらの変化を利用出来れば、突破する糸口が見出せるかもしれない。
そして変化はすぐに訪れた。
私を取り囲んでいた者達が、一人また一人とその足を止める事により、私との距離が離れそして私の方を全く見なくなっていたのだ。
「お前ら何をやっている? 敵前逃亡するんじゃないだろうな?」
「いや、でもこれって、ミレディの奴の仕業では?」
指揮官の叱咤に構わず反論をする者。
『チリーーン』
『チリーーン』
「やばいっすよ、これ」
鈴の音に異常に怯えた様子の別の者が、指揮官に抗議をおこなう。
そして指揮官を含めた全ての者達が言葉を失った。皆は一様に、ある一点を見つめ固まってしまっている。
私も視線をそちらへと向けた。
少し離れたところに現れた暗闇に浮かぶ人間。それを見て背筋が凍り、地獄に迷い込んだような錯覚に陥った。
『チリーーン』
手にした鈴を鳴らすたびに一歩歩くその者の姿は、まるで死者が当てもなく彷徨っているようにも見える。
頭からスッポリと被せられた布は首の辺りで縛られており、一糸も纏わぬ身体中には、薔薇のような棘がある枯れ果てた植物が余すことなく食い込んでいる。
それが一歩一歩、こちらに歩み寄って来ている。
『チリーーン』
そして大木でその姿が見えなくなった次の瞬間、すぐ近くで鈴の音が聞こえ振り返ると、そこにその死者の姿があった。
たまたま死者の一番近くにいた者が、咄嗟に手で口を抑え出す。
そして胃の中にあった物を、地面へ一気に吐き出した。
それを合図に周りにいた者達は、蜘蛛の子を散らすように悲鳴をあげて逃げ始める。
私は蛇に睨まれた蛙のようにただじっとその光景を見つめていた。
死者の前で四つん這いになっている者は、よく見れば肌に水膨れのような水疱がいくつも出来ており、地面に夥しい血反吐を撒き散らし始めた。
周りの草木も溶けるように形を歪めていく中、私も不意に胃から込み上げる感覚に襲われてしまう。
そして次の鈴の音と同時に一気に食べた物を吐き出してしまった。
このままここにいてはいけない。
私も急いで死者から距離をとるように掛けた。




