芋虫
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カザンの糞野郎が逃走を始めたようだ。他の奴等も追っていったため、辺りはやけに静かだ。
カザン。
殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
ーー。
ーーーー。
しかしこの俺が両目と右手を失うだなんて、正直ありえない。
俺はついていたはずなのに。
そうだ、たしかについていた。
表の仕事である仕立て屋で、新しく働く事になったミリーは完全に俺に惚れている。
なんてったって俺と話している時に、恥ずかしさのあまり目を逸らすからな。
あと少し前に仕事を欠勤するようになったが休みの日も含め毎日手紙を渡しているので、意思の疎通に問題はない。
あと一回顔を殴ってしまったが、それからは休まなくなったし、過保護な父親も指導してやったら大人しくなった。
もしかしてこのままゴールインになってしまうのか?
まぁ、こんな体になってしまった今では、仕事なんて無理だろう。一族に貢献するためにも、ミリーには俺の子供を沢山産んで貰おう。
ミリーが泣いて喜ぶ姿が目に浮かぶぜ。
……目が痛えな。
ーー。
ーーーー。
ぶっ殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!
カザンはここで死んじまうから直接手を下せなくなるのが残念で仕方ねぇが、この高ぶりを鎮めるためにも必ず報復してやる。
なんでも子供はいないらしいが、奴の嫁と年老いた両親はミンチ確定だな。
生きたまま解体して食べてやる。
やべっ、考えたら涎が出てきた。
ーー。
ーーーー。
火が静かに燃える音が聞こえる。だいぶ近くまで来ているな、少し離れるか。
『ガサッ!』
草むらに何かが落ちたようだが?
これは人か、カサカサ言わせながらこちらの方へと近づいて来ている。
誰だ?
まあちょうどいい、誰でもいいから俺の手当をさせてやろう。
「うふふふ、うふふうふふふ」
ちっ、この不気味な笑い声はミレディの奴か。なんで皆について行ってないんだよ。
仲間は皆イカれているが、こいつは特に駄目だ。頭の構造がなってない。
普通顔ってもんは正面に一つだけあればそれで事足りる。それがなんだ、何処かの部族から仕入れてきた人形には後頭部にも顔があったらしく、それを偉く気に入ったミレディは人様にも第二の顔を作ろうとする。
しかも自分でやっておいて、毛深い顔とか言って爆笑するなんて、まじありえない。
奴は完全に社会不適合者だ。
耳でミレディの足音を辿っていると、少し離れたところで立ち止まったようだ。
しかしこいつが習得した術は、魔法なんて代物ではない、呪いだ。
いつからかなんて細かいことは知らないが、俺達の一族は昔からレギザイールの汚ない仕事を一手に請け負ってきたらしい。
親兄弟は勿論、叔父や従兄弟、遠い親戚やらと一族全ての奴等は男も女もこの仕事をしている。
そしていつからか特殊な力も手にしている。
前任者が自殺してからは、今はグーニット家の方に降りて来てしまっているが、次に誰が選ばれてしまうのかは神のみぞ知ると言うやつだ。
しかしこれは本当に呪いだな。
俺達の一族か、グーニット家の方にだけ降りてくるとか。しかも噂では、七代先までの前任者達が囚われているそうだ。
そう言った意味でもミレディには長いこと生きていて貰わないと困るんだが、降りてくる前から俺はこいつの事が気に食わない。
降りてきてから態度がデカくなっている事も気に障る。
「手が四本になっちゃった」
不意にミレディの声が聞こえた。さっきからなにをゴリゴリやっているのかと思えば、また人様を玩具にしていたのか。
「誰かと思ったら、ザクトだ。前々から、あんた嫌い」
「あぁぁあ?ごみ虫の分際で俺に話しかけてるんじゃねーよ!」
「うふふふふふふふ、……あんた嫌い」
「なに何回もおんなじ事いってんだ? マジキチなんだよ!」
ぐっ!
四肢に鋭い痛みと衝撃が走った。
「ぬーいつけた」
くそ、手足が動かない。
なんて事しやがる?
「ギィイヤアーーァァアア!」
次の瞬間、悲鳴が聞こえた。その悲鳴は俺の口から出ていた。
「うふふ、大っきい芋虫から、小ちゃな芋虫が沢山出てきた」
馬乗りになったミレディが、俺の腹部を斬り裂いているようだ。
小さな芋虫、俺の腸を切って遊んでいるのか?
「うふふうふふ、……大っきい芋虫がジタバタしてる。大っきい芋虫がジタバタしてる」
奴の上擦った声が何度も聞こえる。
口の中には血が溜まっていく。
ーー。
ーーーー。
クソが、このままやられっぱなしちゅーのは、ぜってー許せねぇ。
ミレディの不気味な声が止まった。どうやら俺が吐いた赤い唾が命中したようだ。
すると冷んやりとした空気に全身が包まれ、感じた悪寒で全身の毛と言う毛が逆立った。
そして遠くに聞こえる鈴の音。
やべっ、この音はミレディの奴が暴走したか?
ぷぷ、まあいいか。ここにいる奴が皆死のうが、俺には関係ない。
そしてミレディの不気味な声がする中、全身が複雑に捻られる感覚に襲われながら、俺の意識は途中で途絶えた。




