指揮官の魔法
先程矢を射った男が次矢を番えながら旋回する。それに併せて目前まで迫っていた指揮官もぬらりと旋回を始めた。
その時、左手の中にある水晶が、限界まで輝きを強めた後、柔らかな光へと変わった。
書き換えが終わった!
私は早速、王都にいるはずの後輩、シャールストンの姿を強くイメージする。
あとは向こうが水晶を触れてくれれば!
早く気付いてくれ!
そして願いが通じたのか、すぐにシャールストンの姿が水晶に浮かび上がた。
『トォヒュン』
意識が水晶に傾きすぎたため、近距離から射られた矢を左肩に受けてしまう。
「カザーー」
突然の連絡に、シャールストンは驚きの色を含んだ声で私の名を述べようとしているところを、私はそれに被さるようにして声を張りあげる。
「シャルル君を頼む!」
『トォヒュン』
次の矢が左の薬指を裂きながら手にしている水晶に突き刺さり、ビシッと控え目な音と共に水晶が真っ二つに割れた。
そして指揮官が間合いに入る。剣を振りかぶり、強烈な殺気と共に攻撃を仕掛けて来た。かと思ったが、指揮官は途中で剣を止める。
そう、先程私が行った殺気を混ぜたフェイントを、この男も行ったのだ。
この両手でしっかりと剣を持つ構えは、完全に防御である。という事はこの男、引きつけ役か?
指揮官に向かい大剣を振りながらも、先程から雷魔法を唱えている者と近距離から矢を射る者、上方の不気味な者、そして他の者達全ての気配を一度把握し直す。
『キィーーン』
衝突する大剣と指揮官の剣。しっかりと衝撃を受け止めた指揮官は、その衝突の威力でヨロヨロと後退する。
この軽すぎる感触、ーーこの男は魔力が満ちていない!
そして指揮官は左手を翳す。すると手の平には炎が生まれ、空気を取り込み急速に大きな炎塊へと成長する。
無詠唱で上級魔法を作り上げた。魔具ではこのような強力な魔法は使えない。
この者は解除魔法使い!
そう思った時には、吸い寄せられるようにして手が届く位置にまで炎が迫っていた。
そこで時間の流れる感覚が狂う。そしてこの感覚は、今まで何度も経験した事がある。
時間が引き伸ばされたようなその感覚は、視界に映る全ての動きがとてもゆっくりに感じられる。
どういう理屈かわからないが、脳のリミッターを外せるようになってからは、目に見えて多くなっているこの現象。
そして私は毎回、この感覚が訪れる度に利用する。無駄な動きは一切行わず最短距離で事を成すために。
炎を防ぐため右手を動かし大剣を身体と炎の間に滑り込ませる。
なんとか間に合ったのは、指揮官に違和感を感じ無意識に体が引いていたためだ。
そして大剣に炎の塊が着弾、弾け飛び横殴りの炎の雨として、後方の草木に降り注いでいく。
私も魔法を受け止めた衝撃で後方へ吹き飛ばされてしまい、衣服に炎が燃え移ってしまっていたため上衣に手を掛け破り捨て、まだ燃えていた箇所を地面に転がる事により完全に消しさる。
「あれを防ぐのか?」
指揮官は炎の中に立ち上がる私を見ながら、舌打ちをしたのちボヤくように漏らした。
『ヒヒヒーーン』
悲痛な嘶き。
声がしたパッカラの方へ見やると、前脚を失い倒れるところであった。そしてパッカラの隣に立つ男の手の内には、パッカラが背負っていた荷物の中から奪った水晶が。
「よし、破壊しろ!」
それを確認した指揮官は命令を下し、それに従い男は地面に水晶を叩きつけた。水晶は一溜まりもなく地面で四散する。
しかしその水晶を破壊する行動は私の頭を冷静にさせる。
こちらは完全とは言えないが通信に成功しているのだ。
相手はその事と、シグナがここにいない事を仲間に知らせなければならない。また連絡方法は水晶しか考えられない。
つまり相手はまだ、水晶を持っているのだ。




