脳内解放
まだ視界には入ってはいないが、徐々に気配が近付いて来ている。
そしてザクトの方もそれに気付いたようで、首を動かして辺りを見回す。
「やべっ、もう皆来たか」
ザクトの表情から笑みが消える。
「……さっさと始めるか」
それこそ刃物を磨ぐように研ぎ澄まされた殺気が放たれ出した。そして腰に帯びていたもう一本の剣を抜くと、最初から手にしていたもう一本とで二刀流の構えとなる。
剣はどちらも長い。それを自在に操れるというなら、かなりの膂力の持ち主なのだろう。
ザクトは体に抱き締めるように両腕を巻きつけ、切っ先を後ろにして構える。そして肺に溜まる空気をゆっくりと吐き出していくと、地を踏みしめ這うようにして間合いを詰め出した。
正眼に構えていた私は、ザクトが間合いに入ると同時に大剣を振り下ろす。
ザクトはそれを左右から挟むようにして横薙ぎに振り、私の大剣と二刀とが交差、辺りに激しい金属音が鳴り響く。
互いに力は五分五分。ただし剣を引き次手に移ろうとする速度は僅差でザクトが上であった。
しかしザクトは互いの間合いの中で体重を落とすと、二刀を腰まで引き寄せその姿勢でピタリと止まる。
こちらの出方を伺う、カウンターの構え。
よかろう、敢えてそこに打ち込もう。
私は全身を覆う魔力を脳に集中させる。そして流れる魔力で脳を支配し、普段脳が抑制していたリミッターを外していく。
脳内解放!
私の瞳が青白く輝き、手にした大剣が右から左と横薙ぎに放たれる。
ザクトはこれを防ぐために左の剣を立てると同時に、右の剣を私に突き出した。
しかし私の大剣はザクトの剣を押し退け、軌道が上に逸れたがその先にあったザクトの両の目を真一文字に斬り裂く。
と同時にザクトのもう一方の剣が、溢れ出る闘気に押されて若干軌道が擦れたが私の腹部に突き刺さった。
ザクトは天を仰ぎ絶叫をあげるも両手は剣を離していないため、私はザクトの右手首を斬り落とし腹部の剣を引き抜くと、トドメを刺すために剣を構えた。
そこで殺気と共に雷が走った。
それを後方に飛んでなんとか躱す。
走り抜けた雷は私とザクトの間を通り抜け、先の大木に衝突をしその表皮を焦がす。
雷が飛んできた方向と、そして周りを見やれば、ザクトと同じようにパッと見どこの街道でも見かけるような服装の男達が姿を現していた。
服装はてんで均一ではないが、歩く姿一つとってもその体運びから、この者達がかなりの使い手である事が伺える。
「だっせ! ザクト先輩、先走った挙句負けてやんの」
「ほんとあの人は。……てゆーか、魔竜殺しがいないぞ」
「はぁー、何もかも台無しですね」
シグナと恐らく同年代の若者達が、遠巻きにこちらを見て騒ぎたてている。
そしてその若者達を制するように一人の男が前に出た。
「お前ら、私語は慎め」
その言葉を受けて、へぃへぃと言った感じで黙る男達。
見た感じ、三十代ぐらいのその男はこちらに向き直ると口を開く。
「カザン、質問は二つだ。誰の差し金で動いている?」
そう言った男は、手の平を握りしめる事によりその都度指を鳴らし続ける。
「それと連れはどこに行った? 正直に話せば、早く楽にしてやる」
どうやらこの男がこの部隊を取り仕切っている者のようだが。
私が取るべき行動は、この者達との戦いではなく、この場から生きて帰る事である。
パッカラを駆るにしても、このままではかなりの確率で阻止されてしまう。
何処かに突破口を、穴を開かねばならない。
『カサッ、カサッ』
その時、音が聞こえた。
そして上を見上げれば、空へと伸びるようにして聳え立つ大樹の枝から枝へ、何者かがこちらに向かって移動して来ている。
その者は近くの枝まで来ると移動を止めた。
そしてその者の姿は、一言で言うなら異様であった。
この場にいる事から男達の仲間である事は明白なのだが、他の者と違い己の根幹を隠す事はせず、一目見て異常と思われるその姿を外へと曝け出していたのだ。
身体を包む黒のローブ。そこから生える四肢には例外なく巻かれた包帯。女性なのだろうか? 頭のフードからは長い黒髪がバラバラと飛び出しており、顔中に巻かれた包帯の間からは、虹彩が欠けてしまっている瞳がこちらをジッと見下ろしていた。




