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兄からの贈り物

 どのタイミングで考えた呼称を伝えようかと足を進めていると、立ち並ぶ家々から離れた闇に、薄っすらと光が一つ浮かんで見え出した。

 あそこは町外れにあるシグナ達の仮宿、そしてその光は窓から漏れている暖炉の明かりである。


「おっともう着くな。リル、あれが俺達の宿だ」


 少年を連れ仮宿の戸を開くと、暖炉の温和な明かりの下、カザンがロッキングチェアに腰掛けていた。


「買ってきたよ」


 声を掛けると、カザンは読書用の眼鏡を下に擦らし、手にしている本を膝上でパタンと閉じ、こちらに顔を向ける。


「すまない、あとで食べるから、そこに置いておいてくれないか」


 そこでカザンは、シグナの後ろに隠れるようにして立っている少年の存在に気付く。


「シグナ、その子は?」


 買ってきた物をテーブルに置きながら、カザンに出会いの経緯を簡単に説明する。


「それで一晩だけこの子を泊めてあげたいんだけど、いいだろ?」

「あぁ、もちろん」


 眼鏡と本をテーブルに置き、立ち上がった大男は、「私はカザンだ」と自己紹介をしながら少年に手を差し伸べる。


「ドの町のリルです!」


 少年は緊張しながらも声を張って自己紹介をすると、カザンと握手を交わした。

 そしてこちらに向き直った少年が、はしゃぐのを抑えるようにして小声でシグナに報告をしてくる。


「握手、して貰いました!」

「よかったな、ドリル」


 ……。


 ……。


 沈黙の流れる部屋。

 暖炉から薪を燃やす音だけが微かに耳へと届く。


「えっと、お兄ちゃん? ドリルって」


 沈黙に耐え兼ねた少年が、言葉の意味を尋ねるようにシグナへと声を掛ける。


 分かりづらかったかな。

 サプライズの意味を込めて突然呼んでみたのだが、どうやら失敗に終わってしまったようだ。

 てへっ。


「こっちの方がこうなんと言うか、力強い感じがしないか?」

「もしかして、……ドリルって僕のこと?」

「あぁ、格好良いだろ、ドリルって」


 口をポカンと開けている少年。

 あれっ? もしかしてお気に召さなかったのかな?

 そんな顔を目の前でされると、自信という名の鎧が次から次へと剥がれ落ちていってしまっています。

 そして残るのは、不安という名の裸。

 寒い。


「その、今のは無かった事にーー」

「お兄ちゃん! 凄く格好良いです! 僕、気に入りました!」


 正面に立った少年は、俯きかけていたシグナの両手を握ると、強く握りしめて瞳の奥を覗き込んでくる。

 その輝きにあてられたのか、少しづつ自信が回復していく。そして少年の「ありがとうございます」の言葉を機に、完全に息を吹き返す自信。

 そしてこうなってしまうと、もう口は止まりません。


「本当によかった! 何か良いニックネームはないかと一生懸命考えて、そして閃いた会心の名前だったんだ。もしかしてはた迷惑だったのではと勘違いするところだったよ。そうそう、あと頭に残るよな、ドリルって」

「わざわざ僕なんかのために、素晴らしい呼び名を、ありがとうございます」


 そんな調子で話しながら食事の用意をしていると、いつの間にかドリルも一緒になってテーブルの上でパンに切れ目を入れたり、それにハムを挟んだり、木製の皿やコップを並べてくれたりと色々手伝ってくれたため、あっという間に用意が整った。


「それじゃ、ドリルは先に食べててくれ。俺はパッカラ達の世話をしてくるから」


 するとドリルも手伝うと言い出し、何度も断ったが、結局二人でパッカラの食事等の世話をすることになった。

 おかげでそちらの作業もすぐに終わったのだが、ドリルは意外と頑固者である事実が判明した。

 そして部屋に戻る前についでにやっておいてしまおうと井戸まで行くと、入浴の代用である身体を拭くために必要な水を人数分の鉄製のバケツの中へ汲み、それを少しでも温めるために暖炉の火の近くまで運んだのち、二人は食事を始めた。

 もちろんドリルの食べ物はパン一つだけではなく、シグナの分であったパンとハムを既に皿へと分けてある。


 さて遅くなってしまったけど食べるか。

 瞼を閉じ胸の前で手を握る、所謂神への祈りのポーズをしたのち、ドリルは皿の上に置かれたパンを口へと運び始めた。

 先程からうつらうつらとしていたがロッキングチェアに座るカザンへ視線を移すと、完全に目を閉じ寝入ってしまっているようだ。

 シグナは食事を中断すると、カザンに毛布を掛け食事に戻る。

 そして一人分の食べ物の量が少なかった事もあり、あっという間に食事の時間は終わりを告げた。

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