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可愛い弟が出来ちゃいました!

 肌寒いな。

 町は完全に陽が落ちていたが上弦の月であったため、そこそこの明かりは確保されている。

 とはいえ、時刻が時刻なだけに、早く必要な物を揃えないと店が閉まってしまう。


 そう考えた矢先、目の前の装飾屋の看板が、出てきた店主の手により『Open』から『close』へと変わった。


 不味い、傷の回復には食料も大切であるが、傷口が化膿しないための薬草やカザンの腕に巻く清潔な包帯は絶対に必要だ。

 しかしどちらに進めば薬屋なのか、雑貨屋なのか、検討もつかない。


「すまない、ちょっといいか?」


 焦る気持ちから、気付いたら通りすがりの少年に声を掛けていた。

 その少年は小さな背中で大きな籠を背負っており、その中には大量のじゃがいもが入っている事からお仕事中のようである。


「えっ、僕ですか!?」


 足を止めた少年は声を掛けられた事に酷く驚いているようで、人違いではないのかと一度周りをキョロキョロと確認したのち、こちらへ向き直った。


「忙しいところにすまない。包帯と薬草を買いたいのだが、お店がどこにあるのか教えて貰えないか?」

「あの、僕もよそ者なのであまり詳しくはないですが、確か両方ともこちらの方にお店があったと思います」


 指差すは、少年が歩いて来た方角。そして少年は、その指し示した方向へと歩き始めていた。


「あっ、いや、場所を教えてくれるだけで構わないのだが」

「いえ、すぐそこなので。それに早くしないと閉まってしまいますから」

「あぁ、ありがとう」


 なんていい子なんだ!

 言外に「そうする事は当たり前ですよ」と言われた気がするほどの清々しさが、彼からは滲み出ている。


「重いだろ? それ、俺が持つよ」


 しかし少年は首を横に振る。


「慣れてますから」


 それから少年のお陰で、薬草と包帯、そして「まだ空いている所知っています」と少年に案内されて、ハムやパンといった晩飯分の食料も買うことも出来た。


 シグナはチリンチリンっと、扉に備え付けられた鈴の音を鳴らしながらパン屋から出ると、外で待つように言っていた少年に歩みよる。


「ほら、これはお前の分だ」


 色々と親切にして貰ったお礼に、一つ多めに買っておいたパンを袋から取り出すと少年に差し出す。


「あわわわわ、そんな、気にしないで下さい」


 想像していた通りの返答であったが、シグナは少年の腕を掴むとパンを押し付けて無理矢理受け取らせる。


「すっ、すみません。……後で、いただきます」


 深々と頭を下げる少年。そして顔を上げた時にシグナの表情に気づき頭を傾げる。


「いや、すまない。しかしえらく鍛えているんだなと思って」


 少年の腕は細いのだが、つい今しがた握った際、その腕が硬く、そして見た目以上に重い事からかなりの筋肉が付いている事がわかり、ついつい感心してしまっていた。

 少年は恥ずかしそうに、そして少し嬉しそうな面持ちになると、謙遜しながら話してくれる。


「僕はただ、畑仕事をして収穫した野菜をこうして売りに来ているだけですので」


 ひたすら真面目に、何事にも手を抜かずにやればここまでになるのか、と再度感心させられた。


「そうなのか。しかし武術を習えば、結構いい線行くと思うんだがな」

「ほ、本当ですか!?」


 シグナの言葉に目を輝かせる少年。

 それは当然の事だろう。シグナもそうであったように、いつの時代も少年達は強さに憧れるものなのだから。

 褒められて嬉しくない子供はいない。


「あぁ、お前なら間違いない!」


 そこでシグナは気が付く。


「今、野菜を売りに来たと言ったよな? どうしてこんなに売れ残っているんだ?」

「あぁ……その、ちょっと道草くっちゃって、それから急いでここまで来たんですけど入荷に間に合わなくて。なので明日の朝に出直しです」

「そうか、それは残念だったな。それじゃ、いつまでも立ち話もなんだから、宿まで歩きながら話すか。んで、どこに宿をとっているんだ?」

「えっ、いや……その」


 ん? なにかあったのかな?


「どうした?」


 その問いに、苦笑いを浮かべる少年。


「その、お金がないので宿は……。でもいい木を見つけてて、今日はその木の上で寝るので」


 なに、この可哀想な子。

 そして思った、連れて帰ろうと!


「俺がいる宿に来い、部屋なら余っている。無用な心配はするな」


 謙虚な少年に反論させぬよう、先にこちらに負担がない事を述べると、その手を少しだけ強く握り引くようにして歩き始める。

 少年は「えっ?」と声をあげ、その後も思い出したかのように何度か声に出したのち、観念したのか途中から大人しく手を引かれ始めた。

 シグナがチラリと少年を確認すると、少し俯きながら恥ずかしそうについて来ている。


 んー、この調子だと手を離した時点で、「やっぱり」などと言い出しそうな雰囲気である。

 そこで握る手を強め、追い打ちのように言葉を投げ掛ける。


「俺の事は、兄だと思って甘えてくれ」


 この子はこれくらい強く言わないと、すぐ遠慮してしまうかもしれないからな。


「おっ、お兄……ちゃん?」


 俯いている顔が、湯気でも出そうなくらいに真っ赤になっている。

 どうやら人に甘える事に慣れていないようだな。

 しかし先程からの少年の仕草、変な趣味の人間なら一撃でノックアウトされてしまうだろう。

 シグナにはそんな趣味、これっぽっちもないため大丈夫であるが。


「そう言えば、まだ自己紹介していなかったな。俺はシグナ=アース、レギザイール特務部隊、隊長補佐をやっている」


 少年は驚いたのか、目をパチクリさせている。


「お兄……ちゃん、凄い。あっ、えっと、僕はリル、ドの町のリル」


 ドの町のリルーーそうか! 確かそうだったな。


 ドトール王国は、領土を幾つもの地域に分類している。

 その内の一つ、『ド』、『リト』、『リス』と三つの町からなるこのドリトリス地方に住む人達は、ファミリーネームが存在しない代わりに、住んでいる町の名を最初に持って来て、その次に名前を持ってくるのがフルネームとなっている。

 よってこの町の顔役であるヤードさんのフルネームは、リトの町のヤード、になるはずだ。


「リル……か」


 華奢ではないが、ほっそりとした身体に長めの頭髪。そして何処か中性的な雰囲気を醸し出している綺麗な顔で、そんな可愛いらしい名前では、周りから馬鹿にされてしまうかもしれない。


 兄は心配だ。

 そして閃く、この少年が周りから馬鹿にされない、強そうな立派な名前を!


 これは久々の、会心の出来である。

 きっとこの少年も気に入ってくれるはずだ。

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