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抜刀術

 瞳を細める流浪人。

 するとその場から、忽然と気配だけが消失した。


 そしてシグナは目を疑う。

 確かに今そこに、目の前に人がいるはずなのに、気を抜けば流浪人の姿が景色に溶け込んでしまうような錯覚に。

 またずっとそこにいるはずなのに、まるで急にそこへ、人が現れたかのような違和感に。

 そして流浪人を直視し続けていると、目眩を起こしそうになり、胃の中のものがこみ上げて来ては、その都度唾を飲み込みそれらを抑え込んで行く。


 そんな異常な空間の傍、風に揺られた稲穂たちだけが、さわさわと擦り合う音を変わらず耳元まで届ける。

 そしてそのそよ風に乗るように、敵意も殺意もなく、シャラーン、と乾いた音が奏でられた。

 流浪人の鞘から刀が引き抜かれたのだ。

 一瞬の輝きを見せ、獲物の首筋を切り裂こうと綺麗に直線を引きながら迫るその凶撃を、カザンは大剣を振り下ろし激突させる。

 その衝撃によって弾かれる大剣と刀。


 そして、チンっと乾いた音が一度鳴った。


 流浪人はその弾かれてしまった衝撃を利用し、刀を吸い込むように鞘の中に収めると言う曲芸をやってのけたのだ。

 そしてそこから半歩踏み込むと、体勢を落とし居合切りの構えとなる。

 流浪人は一瞬だけ、今から何処を斬り裂こうかと値踏みするかのように見据えると、動いた。

 再度音が鳴る。

 抜き身の刀身が、夕陽を受け美しく橙色に煌きながらカザンの腹部を目指した。


 カザンは先程大剣で弾いた際に重心が後方へ移動しており、そのまま更に後方へ重心移動させながら腹部を大きく引くように凹ませる。

 と同時にそこを刃が通過。

 カザンはすかさず一度間合いを取り仕切り直すため、重力に任せるように上体を完全に後ろへと倒しながら、前に出ていた右足で強烈な前蹴りを流浪人の土手っ腹にお見舞いした。


 流浪人の体を簡単に地面から引き剥がすその前蹴りで、これを受けた流浪人は背中から地面に落ちるも、さっと後転しながらその勢いで立ち上がる。


 そして二人は今一度、互いの剣の間合いの外で対峙した。

 流浪人は刀をその鞘に収め、また居合切りの構えに戻ると呼吸を整えていく。

 カザンに目をやれば、先程の居合切りが通過した辺り、腹部が血で赤く染まっていた。

 カザンの様子から傷は深くないだろうが、先程の一撃はカザンが身に纏う皮の鎧を裂き、その下にある分厚い筋肉にまで達していたようだ。


 そこでカザンから怒涛の殺気が溢れ出した。

 傷を物ともせず、次は自分の番だと言わんばかりに。

 カザンは左足を半歩前へ進め半身になると、右手一本で持った大剣の切っ先を相手に向けたまま後方に真っ直ぐと引き、左手を刀身の下部に添えるカザンの必殺剣、驀進悪鬼羅刹ばくしんあっきらせつの構えになる。


 互いは必殺の構えで睨み合い、互いの思考を読み合い、互いの隙を伺っていく。


 流浪人からは先程と打って変わり、殺気が断続的に、それでいて不規則に放たれて始めた。

 その気当たりを受け流せなかったパッカラ達が、この場から逃げ出そうと力の限り右往左往するのを、シグナは手綱をしっかりと握りこれを諌める。


 ……。


 …………。



 この状態になって、いったい何十秒、いや何分ぐらい経ったのだろうか?

 見ているこちらの気が狂いそうになるぐらい、両者は睨み合ったまま、動かない。


 そしてシグナの限界を過ぎ、疲労で集中が切れかかりそうになった頃、カザンが動く。

 いや、動こうとした。

 僅かに重心が、前足に乗るか乗らないかの間隙に、流浪人が鞘を握ると同時に隠し持っていた暗器、ビー玉程の大きさの礫が、親指の弾きによってカザンの顔へと向かい放たれた。

 意表を突かれたとはいえ、警戒している真正面からの攻撃に、上体をくの字に曲げる事によりそれを躱すカザン。


 しかし流浪人はそれで良かった。それで十分であった。

 僅かに体勢を崩しているカザンへの首を狙い、抜刀。

  迫りくる凶刀。

 そして後手に回ったカザンは決断を迫られ、そして選ぶ。


 腕を捨てる事を。


 カザンがすぐ次の攻撃に移れるよう、必殺の構えのまま、半歩だけ右に擦れる。

 それにより流浪人の斜め上へと走る横薙ぎは、カザンの首から逸れ代わりにその線上に来たカザンの二の腕部分を通り過ぎた。

 切り口から盛大に横へと迸る鮮血、そしてどうにか落ちずに繋がっている腕を無視するかのように、カザンの巨体は既に突進を開始していた。

 カザンから突き出される大剣。

 そして流浪人の抜き身の刃が頂点まで上り詰めた時、カザンの大剣が流浪人のヘソの上へと差し込まれ、そして体を突き破ったところでその進行を止める。

 流浪人は苦悶の表情に顔を歪めながら、ゴフッと湿った音と共に、上がってきた血を外へと吐き出した。


 こうして二人の男の闘いは、終わりを告げた。



 ◆ ◆ ◆



「綺麗な景色だ」


 地面に正座をする形で腰を落としている流浪人。自身の剣をカザンに見せれた満足感からか、穏やかな表情で遠くを見据えている。


「……出来たらこの夕陽と、お主の姿を重ねて、……焼き付けて、……逝きたい」


 カザンはその返答に静かに頷いて返す。

 それを見た流浪人は、顔中の皺を曲げて笑みを作った。

 そして「大きいな」と一言漏らすと、眼を見開いたまま呼吸をするのを止めた。

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