はかりごと
パッカラ達のセリフ、脳内で字幕のように想像して貰えると助かります ♪
『さぁー、先頭集団が続々と深い森へと突入して行きます。さて、この木々が生い茂る森林地帯を追走するのは危険なため、中継用のパッカラはここまでとなります。
続きはこの森を抜け出した所からとなりますので、必要な方は今のうちにトイレ休憩を済ませておいて下さい』
木々の湿った香りが鼻腔に充満する。
こちらが風下であるため、逃げ遅れた森の住人達がわしらの姿を見て咄嗟に姿を隠していく。
レースはまばらに生えた木々を躱しながらのため、高原を駆けた時より更にスピードを落とす事を余儀無くされていた。すると後方に続く巻貝角が抗議の声を掛けて来る。
「部吹吹、悲悲井井印」
わしはそんな巻貝角に後方も見ず冷淡に言い放つ。
「部吹吹吹吹?」
「部吹部吹吹吹《コウゲン デノ ペース》、吹吹悲悲井井印?」
中々に鋭い奴である。伊達に長い間このレースに参加しているだけの事はあるようだ。
黒石竜の奴はパッカラをゴミだと思っている。ワシらの生き死になんぞどうでも良く、邪魔な存在だと。それを利用しようと考えたわけだ。
大きくスピードを落とす我らと違い、邪魔な木は薙ぎ倒してでもスピードを落とさず進む奴にとって、森は格好の狩場へと変わる。手が届くところに獲物がいれば必ず食いついてくる。そう、上手くいけばライバルを減らす事が出来るのだ。
「部吹吹」
口角を少しだけ上げ返答した。
ワシは引退すれば種馬としての人生が待っている。しかしそんなものにはなんの興味も示さない自分がいた。いつからだろう? ワシの目に勝利しか映らなくなったのは。
ワシの親父はパッカラレースを何度も制した事のある優秀なパッカラであった。そんな優秀なパッカラは、多くの子孫を残すことを義務付けられる。そのため顔を見たこともない兄弟が山程いたが、ワシほど成功したものはいなかった。皆期待された中で生まれ、それを裏切る形で姿を消していった。
そうしたことからだろう、自身の子孫を残したくないと思うようになったのは。子孫がいない孤独よりも、過酷な運命を背負わせたくない気持ちが勝ってしまったのだ。
そして子孫を残さないと決めたワシには、このパッカラレースしか生きる道がなくなった。走れる内は、何をしてでも勝利を目指し、走れなくなればそれまで。
そう、ワシの存在意義は、勝つことしかなく又勝利の美酒を飲む事だけがワシを幸福にするのだ。
……それが出来なくなれば、ワシがワシでは無くなってしまう事が容易に想像出来る。
地鳴りと木々が倒れる音と共に、黒石竜が強引にこちらへ突っ込んでくる。
蜘蛛の子を散らすように各々、横にステップしてその場から離れる。
黒石竜はそんなパッカラ達の一頭に狙いを定めたようで、咆哮と共に更に加速をした。
黒石竜が猛然と進む先、その先にいるサーベルユニコーンは、追いつかれると判断したか脚を緩め反転する。
その額から前方に伸びる、名前の由来となっている鋭いサーベルのような角を、頭を落とす事により地面を指すように向け迎え撃つ形を取って。
あの鋭いサーベルを向けられては、いくら黒石竜でも迂闊に突進など出来ない。
しかし黒石竜は勢いを落とす事なく突進を続け、丁度サーベルユニコーンと自身の間に適当な木があるように調整すると、四本の足で強く地面を蹴った。その黒い塊は地面から離れると、そのまま木の幹にまるで着地するかのように、全ての足で横から踏み付ける。木は黒石竜の体重を支えきれずにその部分から綺麗に折れ、そのままサーベルユニコーンに向かい凄まじいスピードで倒れていった。木の上部にある細かい枝という枝がサーベルユニコーンを襲い、その白い身体と翼に無数の切り傷を与えていく。
そこに黒石竜が詰め寄る、がサーベルユニコーンが次に取った行動でその熱くなった頭を冷やす事となった。
サーベルユニコーンは、力を振り絞りある方向に駆け出したのだ、その方向はヒナイールがあるスタート方面、つまり逆走である。
考えたな、あれでは追いかけ回していると先頭とドンドン離されてしまう。サーベルユニコーンはタイムロスをする代わりに、リタイアの危険性を排除したのだ。まぁどちらにしろ、あいつが上位に食い込むのが困難になったことには変わりないがな。
蜘蛛の子を散らしていたパッカラ達は、今のうちにと森の中を疾走するのであった。




