木箱の中身
ドアノブをゆっくり回すと鍵は掛かっておらず、軋む音を極力立てないよう少しだけ扉を開き中の様子を伺う。薄暗く長い通路、突き当たりにある木製の扉の隙間から、微かに明かりが漏れている。
シャルルに目で合図を送ると明かりに向かって通路を進み、木製の扉の隙間から中を覗きみた。すると部屋一杯の大きな水槽があり、その前に置かれた棚や机の上には水晶やグラス、試験管等の怪しいが煩雑に置かれていた。
どうやらここは魔道の研究部屋のようであるが、あのドワーフはどこに行った?
辺りを警戒しながら部屋へ足を踏み入れると、隅から気配がすると同時に怒鳴り声が!
「誰だお前ら!」
先程のドワーフが物陰に隠れていたようで凄い剣幕でこちらを睨んでいる。
びっくりしたけど、平静を装います。
「私はレギザイール特務部隊所属、シグナ=アース隊長補佐、とシャルル=ゴールドである!」
隊長補佐。あぁ、なんていい響きなんでしょう。
しかし大人しくなると思ったドワーフが、突然「仕方ない!」と吐き捨て、床を一度踏みしめた。すると入って来た扉が一人でに閉まり出す。
カラクリスイッチか!?
そしてドワーフがその太い腕を白衣の中へと突っ込んだ。
武器を取り出す気か!?
「シャルル!」
「ほい来た」
シャルルの盾から射出された二つの黒球。
黒球は一瞬でドワーフに接近すると、懐に伸びていたドワーフの腕と後頭部を襲い、両方とも直撃したドワーフはその場にぶっ倒れた。……動かない、気を失ってしまったようでだ。
シグナはドワーフを拘束するため紐を手に近寄っていく。
ん? このドワーフ。
ドワーフ症候群の人間は皆、背が低い代わりに筋肉質である。そして皆一様に毛深い。
しかしこのドワーフ、髪の毛以外の毛、髭や腕毛がなくスベスベである。
シグナもあまりドワーフ症候群の人を見たことがないが、こんなに毛がない人は初めてである。
まっ、どうでもいいか。
シグナは縄で縛り上げたのち、懐に伸びている手を確認する。
するとその手には武器ではなく鍵束が握られていた。
あれ? 武器の類ではない、という事は攻撃しようとしていてわけではない!? しかしそうなると扉を閉めたりあの言動はどういうことだったのだ? そうだ、大事そうに運んでいた木箱の中身を見れば何かわかるかもしれない!
拘束したドワーフと扉の外の様子をシャルルに任せ、この部屋の探索を始めてみる。
幾つもの水晶が置かれており、またグラスや試験管の中には色の付いた液体が注がれていた。そして部屋の半分を占めるこの巨大な水槽。これの中にも色の付いた液体しか入っていない。じっと見ていると、それが時折うねっているようでなんだか気持ち悪い。
おっ、見つけたぞ。
ドワーフが運んでいた木箱を開けようと持ち上げてみると、箱には鎖が巻かれており鍵を開けないと開きそうにない。
「シグー」
シャルルに呼ばれ見てみれば、ドワーフが目を醒ましたところであった。
「おい! この箱の中には何が入っている? 答えるんだ!」
「誰が強盗風情なんかに話すか、レギザイール兵だと騙しおって」
えっ? 騙す?
「我々は強盗ではない、怪しいお前の身辺を洗っていただけだ!」
「強盗ではないだと? 無抵抗な善良な市民をいきなり気絶させたのにか!」
「それはお前が、見られたからには生きて帰さないみたいな事を言ったからだ」
「そんな事は一言も言っておらん。ワシはただ不法侵入者だと思った者がレギザ兵だったもんだから、勘違いだったのかと思い許す意味を込めて、それなら『仕方がない』と言ったのだ!」
えっ、そういう意味だったの?
「まっ、紛らわしいんだよ」
こちとら生き死にする世界に片足突っ込んでいるんですから、さっきのは正当防衛……だと思います。
「いたたたたた」
縄を解くと、ドワーフは声を出して手首を押さえ出した。
それを見たシャルルが慌てて、薬草と包帯を取り出し傷の手当てを始める。
「それより本当にあんさんらはレギザ兵か?」
「もちろん」
「証拠は?」
参ったな、実はレギザイール王国の特使である事が刻まれている七色に輝くクリスタル製のカードを借りていたりするのだが、盗難の危険や要らぬ騒動に巻き込まれないようにするため、無闇矢鱈に出さないようにしている。
階級章は一等兵のままなので、見せたら違うぞと指摘を受けてしまうだろうし。
うーん、他に証明出来るものは……!
「これで信じて貰えないかな?」
おずおずとドワーフの前に魔竜長剣を差し出してみる。
「ほぉー、魔竜殺しか」
よかった、知っていてくれたか。
勇者カザンのお供として魔竜殺しがいることが最近になってやっと知れ渡りつつある。今回それを利用したのだが、どうやら上手く行ったみたいである。
「それでこの中身が見たいのだな?」
ドワーフは手当てが終わると、木箱の解錠を行い開けてみせた。
「ほれ、中身はキノコだ」
中にはコロキノが山ほど入っていた。
えーと、そしたらどうしてキノコが入った箱に鍵をかけていたのだ?
「しかしなぜ、こんなにも厳重にして運んでいたのだ?」
「コロキノは格安のうえ栄養価が高いのが魅力だが、時期を過ぎたら猛毒キノコになるため知識のない奴らはこれを毛嫌いするんだ。そのための処置だよ。ちなみに木箱の中のキノコはこの水槽の中にいるペットの餌」
そう言うとコロキノを水槽の中にトプトプと投げ入れる。
すると水槽に浮かぶコロキノが、突然水中に引き摺り込まれたかと思うとあっという間に溶けて無くなってしまった。
この水槽の中には、何かがいる。




