名もなき禁呪
その極太の光の束は、けたたましい音と共に赤ドレスがいる闇へと突き進む。そして闇に到達した光の束は、屈折してほうぼうに飛び散っていき赤ドレスの後方付近の壁に到達する。
「そう言えばそうだったわね」
苛立ちの色を表情を見せるエリーさん……いや、魔女。
「面倒臭い、……吹き飛ばしてあげるわ。姫を守りし白銀の騎士よ、汝の天地を揺るがす憎悪の力をーー」
この詠唱で始まるのは！？
たしか使用者達が残した記録で明るみになった禁呪。発動には消費魔力がトータル200ぐらい必要でそれに達する魔道士達の協力が必要不可欠な魔法。この禁呪は詠唱の冒頭部分が世間に漏れてしまったが、その後の詠唱と呪文名は今だ伏せられている星の魔法。
あとわかっているのは発動者も含めて広範囲の全てのものを焼き尽くすと言う爆裂系魔法である……が、まさか本当に使わないよな？ 文献通りの魔法であれば、術者は勿論ここにいる皆が死んでしまう。そうだ、違う魔法である可能性も十分にある。
……ぁぁああががああああ
カザンとガレリンの雄叫びがした。
「この私の世界で動けるなんて」
冷めた調子で声を吐き捨てる魔女。
カザンが駆けその後に続いてガレリンも呪縛の中を力任せに動くように駆けている。身体中の血管を浮き上がらせ、その身体中の血管から血を吹き上げながら。
上へ向けた魔女の手の平上に小さな炎の塊が十数個、突如空間から現れる。
無詠唱で炎を出しただと！ 魔具などの装飾品は見当たらないが？
そこにカザンはさらにスピードを上げ斬り込む。下から上に斬り上げたカザンの大剣が魔女の左腰から反対側の肩口までを深々と斬り裂いていった。
しかしカザンを見据える魔女の眼は、冷やかなままカザンを捉え続ける。そして炎の塊の一つがカザンに向かい至近距離で発射されカザンに命中した。それを受けたカザンの体が爆発の威力で後方に吹き飛んで行く。
あの威力は！
あれは単なる火炎系の魔法ではない、その上位である爆炎系の魔法のようでしかもそれがあと十発程残っている。
不味い！
そこへ槍のリーチを最大限に活かしたガレリンの斬り上げが、魔女の腕を捉えそれを上空に舞い上げた。それにより回転しながら舞う腕から爆炎の炎の塊が虚空に放たれ出し、そのうちの２発がガレリンの腹部と胸部に降り注いだ。
地面に叩きつけられたガレリンに、魔女は残った左手で魔法を放つような素振りを見せるが、何も起こらない。
「まぁいいわ、……さようなら。フフフフフフフフッ」
魔女の姿が、霧となり空間に溶けていく。
そこで身体を縛る呪縛が解け、静けさが終わると共に爆音が辺りに木霊した。その爆音の元である光輝表裏王者《シャイニング
レザーリバース》によって破壊された壁が崩れ落ちる中、歌声の代わりに耳をさす悲鳴のような強烈な金切り声が辺りを支配する。そして闇が赤ドレスの姿が見えない程に広がり、そこから幾多の腕が手当たり次第に伸び下で演奏しているトランプ達を掴み上げると握りしめ床に夥しい鮮血をぶちまけていく。
カザンは血塗れになりながら大剣を杖代わりに立ち上がるが、ガレリンはその場に伏したまま動かない。
そして襲いくるトランプ兵達はガレリンの横を素通りしてカザンに向かっていく。
……まさか。いや、諦めるな！
ガレリンに向かい駆けるローザさん。
そして彼女を守りシャルルとクロムが道を開くように応戦していくが、ガレリンまで距離がある。体から血を流しているカザンも、トランプ兵にズラリと取り囲まれてしまっておりなかなかガレリンの方へ進めない。
この最悪の状況を打破出来るのはシグナだけだ、やるしかない！
恐るな、ここで芋を引けば死人が出てしまう。
周りに迫る闇の手から身を躱しながら、胸から白銀の魔宝石を取り出すとそのまま汗ばんだ手で握りしめる。闇で赤ドレスの姿は見えないが、おおよその位置は記憶している。ジジジジッと振動と共に音がする中、蠢く腕の切れ間に狙いを定め、そして封じられている暴風を解き放った。
高速移動による抵抗力で身体中が悲鳴を上げる中、腕の間をすり抜け闇の中に身を置く赤ドレスを確認し、風を微調整。そして予め振り切る動作に入っていた腕に力を乗せ、闇の中にいた赤ドレスの首から上を殴打面で粉々に吹き飛ばした。
赤ドレスの飛び散ったドス黒い血がパイプオルガンを伝い下に落ちる中、ツートンカラーの景色が歪み、視界が揺らめく。
そして次の瞬間には元いた古城の階段に戻ってきていた。
周りにはシャルル達のほかに途中で確認した町の人達や第二師団の死体もあり、鏡があった場所の前には赤ドレスの魔宝石であろう、真っ黒な宝石が一つ転がっていた。
そしてローザさんの必死の回復魔法も虚しく、胸に致命傷を負っていたガレリンの死亡が確認された。
