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暗晦の古城

 古城は昼間来た時とはまったく別の顔を覗かせた。

 随所に設置されている窓がまるで奈落の底の入り口のように、ぽっかりと晦冥の口を開いている。また反響のせいなのか、歌声は同じ方向からは聴こえず、歌い手が移動しているかのように古城の右や左から聴こえてくる。

 シャルルだけでなくローザさんも生唾ごっくんしているし、これはやばい感が半端ない。なんか視線のようなものも感じるし、これで窓から突然人の顔が見えたりしようものなら絶叫ものである。


 今からこの古城の中に入るわけだが、ここからはシグナとカザンが先陣を切る事になっている。ガレリンはローザさんを守るように陣取り、そこにシャルルも加わる。クロムはというと臨機応変にこのどちらかへ加勢する予定になっており、その自由な立ち位置に本人もいたって満足のようである。


 なんでもクロム達が三人で行動していた時、仮にも一国の王子であるクロムに危険がないようにと前衛をガレリンが担当しクロムを後衛にしようとしたらしいのだが、自身が斬り込むと譲らなく揉めたらしい。

 この王子様は自身が魔法使いよりの剣士であるとちゃんと自覚している、それならそれで大人しく後ろにいろって話であるが。ちなみにゼルガルドでは必ずしも男性が王位を継がないといけないわけではないらしく、第一王位継承権はクロムの姉にあるため最悪の事態が起こっても大丈夫らしい。そう説明してくれたローザさんの口調はかなりドライであった。


 しかしこの歌声、何度も言いますがとっても気持ち悪いです。見えないけど、私はそこにいますよ、とわざわざ知らせてくれているようなもの。

 とそこで松明を手にしたカザンから声が掛かる。


「シグナ、行くぞ」

「オッ、オッケー」


 歌声を頭の中から排除し神経を研ぎ澄ませるイメージを行ってから、身を隠していた樹木からそっと抜け出る。

 暗闇の中、さわさわさわと葉が擦れる音で耳を刺激する。そして松明に照らされその影を揺らす生い茂る雑草達。

 二人はそこから一言も話さず各々の獲物を正面に構え、周囲を警戒しながら古城へと進んで行く。入り口近くまで行くと足下の瓦礫を踏み締める音がやけに響いた。そして入り口まで辿り着きそこから城内の気配を探ってみるが、漆黒の中歌声は聞こえるが昼間と同じように他の気配は感じられない。

 ここまでの安全を確認したためシャルル達を手招きで呼び寄せ、続けて警戒しながらカザンと共に城内へと進んで行く。


 暗闇のホールを松明が照らし出す。


 カザンが歌の聞こえる方に松明を使い光を当てようとするが、そこには何もいない。歌の発生場所はこんなにも移動しているのに。

 実際に城内の気温は外より低いのかもしれないが、全身を襲う悪寒は凄まじいものになっている。


 遅れて城内に入って来たシャルル達もこの異様な空間に身を竦ませている。

 話にあった銀髪の女がいつ顔を覗かせるのかわからない恐怖に駆られながらも、何か昼とは違った手掛かりがないかと松明で照らされていない箇所も注視する。


 不意に明かりが増えた。


 カザンが城内の所々に設置されている燭台の一つに炎を灯したのだ。


「シグナ」


 カザンが燭台の一つを手渡してくる。

 そう、シグナとカザンはこれから左右に分かれて一部屋一部屋の探索に入るのだ。

 後ろを見ればシャルルとローザさんが身を寄せ合って城内を見渡している。

 やるしかないか。

 燭台の明かりを道標に左側の通路を進む。


 と影が動いた!


 いや、これは照らされた物の影がシグナの歩きによって角度が変わり動いたように見えただけか。しかし確実に心臓の鼓動は加速していっている。

 不意に右側の壁の隙間から、光が漏れている事に気付く。

 どう言う事だ。

 覗き込んでみると、……どうやら反対側から進んでいるカザンの、松明の明かりがこちらに届いていたようだ。昼間は気付かなかったが老朽化はかなり進んでいるようだ。


「うおっ」


 一気に鳥肌が立つ。

 移動していた声が前から後ろへと、すぐ横をすれ違うかのように通り過ぎたのだ。

 その瞬間呼吸が出来なくなってしまった。

 呼吸が回復してからも、心臓のばくばくが止まらない。

 くそっ、手も震えてしまっている。

 あと取り敢えずこちら側はあと一部屋で終わるんだ。頼むから驚かしっこなしで姿を現してくれ、まだ例え悍ましい姿であったとしても見えた方が心の整理がつく。

 深呼吸を行い心臓を落ち着かせようとしていると、あろうことか1階最後の部屋から歌声が聞こえ出した。


 まじですか。


 心臓の鼓動はもうどうにもならない。

 脚がガクガクと震えてしまっている。


 ……情けない。

 何をやっているんだ。

 シグナがやらなくて誰がやるんだ!

 いつか、カザンのような男になるんだろうが!

 太腿に力の限りの喝をいれると、歩みを再開する。

 そして覗き込むとようにして最後の部屋へと入る。

 ほら、何もないじゃないか。

 一度入ってしまえばもう怖い物はない。

 さっさと確認を終わらせて戻るとするか。


 ん?


 その時、燭台に照らされ瓦礫の下に何かがあるのを見つけてしまう。

 なっ、何だろう? これは何かの生地?

 引っ張り出すと、子供が遊ぶような小さな女の子の人形であった。手にとって見てみるが、お腹から綿が出ているくらいで別段異常はみられない。


 問題なしだ、戻るか。


 しかしどう言うことだろう? ここまでは歌声が聞こえるだけで後は昼間と何も変わらない。歌が聴こえる方へと進んでも、次の瞬間には別な所から聴こえ始める。

 セスカの悪夢の時のように眠らないと別の世界に行けないのか? いや、それだと先に神隠しにあった兵士や町の人達が、この場所で同時に眠った事になる。それでは時間とかが関係しているのか? それともなにか鍵となる物が他にあるのか?

 とにかく次は二階を調べてみるか。


 ホールへ戻り、入り口から伸びる石段を一歩一歩注意しながら上がっていく。そして階段の中腹当たりで、真横である壁のほうから視線を感じる気がした。

 そして振り向くと、壁に人が!


「うわっ!」


 驚きのあまり声を出してしまう。

 そして一時の後それが鏡に映る自身である事がわかった。


「どうかしたのか!?」


 ホールへ戻って来ていたカザンに平静を装いながら片手を挙げなんでもない事を伝えると、改めて自身が映った大きな鏡に視線を戻す。

 あれっ、周りは埃やすすを被っているのにこの鏡は埃どころか汚れてもいなければ曇ってすらいない、逆に艶々している。いやまてよ、昼間こんなところに大鏡なんてあったか?


 不審に思って覗き込んだり軽くノックしたりしてみる。なにも起こらない。

 勘違いかと思い調べる対象を別に変えようとした時、その大鏡が薄っすらとした光りに包まれていた。

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