少年・男 ~謎~
~午後11時00分~
自殺しようとしている少年。
見ている一人の男。
とあるビルの屋上 ちょうど11時00分になった。
少年は止める男に反応もせず表情一つ変えず飛び降りた。
見ていた男は焦り柵からほぼ身を乗り出して下を見る。
「なぜだ…」
下を見ても飛び降りたはずの少年がいないのだ。
人がここから飛び降りたはずなのだ。なのに騒ぎ一つ起きない。
意味がわからない。理解できない。
その男は唖然としたまま朝までその場に立ち尽くしていた。
その後、何かを決意したようにその場を足早に去った。
~謎の場所~
自分は死んだはずなのに。あのビルの屋上から飛び降りたはずなのに。
自分の体がある。
だけど、周りは真っ暗で見えない。でも、自分の体だけはっきりと見える。
「ここは”あの世”といわれる場所なのか?」
だが、なんとなくそれは違う気がする。
自分は生きているような気がするのだ。
遠くにぼんやりと光が見える。実際には本当にそこに光があるのかわからない。
とても不気味だったが。ここにいても仕方がない。だから、僕は歩きだした。
何が起こるか分からない。そのスリルが僕を歩かせたわけではない。僕は一度死のうとした。
だけど、死ねなかった。だから自分の身に何が起こってもどうでもいいと思っただけだ。
ただ、じっとしていたらいつまでも暗闇の中で彷徨うだけで死ぬことができない気がしたからだ。
ゆっくりと光る場所へ歩んだ。
~あの晩~
あれから何日たったのだろうか。いや、何週間なんだろうか。不可解なあの現象を見てから俺は、生気を吸い取られたように体が重い。
飛び降りたはずの少年がいないのだ。なのに、その少年についてのニュースなど見たことがない。
行方不明者としての記事も見たことがない。あの日から俺はいつも見ないニュース番組や新聞をこまめに読んでいるのだ。
少年の名前は知らないが、顔ははっきりと覚えている。月明かりに照らされ一瞬だけ見えた顔。
心が死んでしまっているような、または心がないような。そんな何一つ感じることがないような表情だった。
「君は死にたいのか?」
「生きる意味ってあると思います?」
「君は自分がだれにも認めてもらえないとでも甘えたことをいう気か?笑わせるな。」
俺は、うまく自立できなかった者のただの甘えからきている行動だと思った。
自分のことを誰も理解してくれない。だれも自分の努力を認めてくれない。自分は世界から必要とせれていない。などと、無意味にわめき人に訴えようとしているのだと思っていた。
だが、少年はそんなくだらないことではなかった。
「本気で死ぬ気なのか?自分を認めてもらえないからといって死ぬのはどれだけばからしいことなのかわからんのか?」
少年は無表情の奥に怒りまたは憎しみともどちらともとらえられない表情を浮かべ口を開いた。
「人とは確かにあなたの言った通り馬鹿馬鹿しいことで死のうとします。生きてる意味がないなどとほざいて。ですが、人とはいずれ死ぬものです。そこで自殺しようがしまいが、死期が早まるかどうかのことだけです……よく人は[人は生きていることに意味がある]と言います。ですが、それは本当でしょうか?本当に人は生きているだけで意味があるでしょうか?確かに、あるんだと思います。ですが、その[人]には僕も含まれているのでしょうか。全ての人間が含まれていると言えるのでしょうか。言えないのではないのでしょうか…もし、自信を持って含まれていると言える方に問いたい。あなた方の言う[人]の中に僕たちが含まれているのなら、なぜあなた達はまともに生きていけない、まともに生きたいのに不可抗力によってまともに生きることの出来なくなった人たちを、あんなにも冷たい目で見ることができるのですか?その[人]の中には最低限まともに生きている人しか入っていないのではないでしょうか。違うと言えるならば、家のない人、仕事のない人、家族のいない人たちのことをそんなにも、虫けらを扱うようにするのですか。」
そこまで、一気に言うとまた少年の表情は無に戻ってしまった。
その後少年が口を開くことはなかった。