こうして会うのは今年限りにしてもらえませんでしょうか
一日草という植物を知っているだろうか?
一年に一日だけ、ユリに似た花を一斉に咲かせる草本だ。
一日草の咲く日だけ、ある二つの世界の一部が重なることが知られている。
だから今年も二人は出会う。
届くのか、儚い思いは。
◇
――――――――――世界『ウタカタノユメ』の王女シズカ視点。
「こんにちは。今年もお会いできましたね」
「ああ、一年ぶりだね。君もお元気そうで」
幼き頃、王家の保護区域に指定されている一日草の群落の見学をした時に、彼の方がいらっしゃいました。
一日草の花が咲く日に異世界と繋がるという伝承は存じていましたから、すぐに異世界の住人だとわかりました。
だって彼の方の一行は見慣れない装いでしたし、ここは立ち入り禁止区域ですものね。
向こうの方々も驚いていましたし。
初めて会った時、彼の方はわたくしと同じくらいの歳の少年でした。
話をしていると、やはり異世界の住人だとわかりました。
一日草の花を見にきたのだと。
世界が違っても考えることは同じなのだなあと、笑ってしまいました。
向こうの世界でも一日草の群落には厳重な監視がされているそうです。
こっちの世界に迷い込んで帰れなくなったら大変ですものね。
そんな一日草の群落を見学できる少年は、身分の高い方なのだろうと察しました。
従者が幾人もいますから当然ですけれども。
お互い名乗ることはありませんでした。
所詮異なる世界の住人ですものね。
一年に一回世界が交わることがあっても、人生が交わることはあり得ないと思いましたから。
運命を感じたのですが……いいえ、気のせいでしょう。
『また君に会いたいな』
『では来年の一日草の咲く日に』
約束通り次の年も彼の方と会い、話をしました。
ええ、それから毎年です。
一日草の咲く日に彼の方とお会いすることができました。
彼の方は聡明でとても多くのことを知っていて。
年々凛々しくなられるんですよ。
段々惹かれていくのを意識しておりました。
でも彼の方とは生きる世界が違います。
一緒にはなれません。
初めて彼の方と会ってから一〇年。
わたくしも婚約者を定めねばならぬ年齢です。
残念ですけれど、彼の方に伝えなくてはなりません。
「あのう、あなたに聞いてもらいたいことがあるのです」
「何だろう?」
「こうして会うのは今年限りにしてもらえませんでしょうか?」
◇
――――――――――世界『アワキウツツ』の王子ヨシツネ視点。
毎年一日草の花咲く時期を楽しみにしている。
今年も一日草の姫に会うことができた。
嬉しい。
君は何と美しく、淑やかなことか。
異世界の住人でさえなかったら、妃とすることもかなったかもしれないのに。
一日草の姫が支配者階級の令嬢であることは間違いない。
となると彼女も政略的な婚約の話があるだろう。
第一王子である僕も同様だが。
ああ、いつまで君と出会うことができるのだろう?
悩ましいことだ。
憂いの表情を見せる君が言う。
「あのう、あなたに聞いてもらいたいことがあるのです」
「何だろう?」
「こうして会うのは今年限りにしてもらえませんでしょうか?」
君の言葉に一瞬世界から色彩が失われたような気がした。
ついにか。
いつかこの日が来るとは思っていた。
君に言わせてしまったのは卑怯だったろうか?
いや、君に会いたいという心に従ったまでだ。
心にウソは吐けない。
「……君の言いたいことは理解しているつもりだ。君はいい家のお嬢なのだろう?」
「……はい」
「政略的な婚約を求められる?」
「年齢も年齢でございますれば。国の安定が何より重要でございます」
国の安定、となると一日草の姫は王女と考えるのが妥当か。
僕も同じだ。
将来の王として、民を安んじることをまず考えねばならない。
自分の心の奥底の思いよりも……。
「すまなかった」
「えっ? もし、頭を上げてくださいませ」
「もう会えないことは僕もわかっていたんだ。言いにくいことを君に言わせてしまった。男として恥ずかしい」
一日草の姫も淑女として、男と逢瀬を楽しんでいるなどと噂されてもよろしくないだろうから。
実際には年に一度、こうして話をしているだけなのに。
いや、楽しんでいることは間違いじゃないな。
心が躍ることは否めない。
「いえ、違うのです」
「何がだろう?」
「あなた様に別れを切り出されるのがつらくて……。ついわたくしのほうから話してしまいました。はしたないです」
目を伏せる一日草の姫。
ああ、何と可憐な。
やはり彼女も僕と似た状況なのは間違いないだろう。
国の事情に殉じなければならない。
何故なら我らは人の上に立つ者だから。
「……お互い、思うようにならぬものだな」
「まったくです」
薄い笑顔が切ない。
公私のけじめをつけねばならぬ。
一日草の姫も同様に考えているのだろう。
こんな時まで心が通じ合うのが皮肉だ。
「今年も一日草の花は奇麗だな」
「はい」
「一〇年にもなるか。君に会う日は楽しかった。毎年心待ちにしていたものだ」
「わたくしもです」
「僕は今日の日を一生忘れない」
「あなた様……」
ああ、泣かないでおくれ。
君の顔に涙は似合わない。
同じセリフを繰り返すのは芸がないが……。
「今年も一日草の花は奇麗だな」
「そうですね」
「君も奇麗だ」
最後に見ることのできた君の笑顔が愛おしい。
その笑顔を僕は忘れない。
◇
――――――――――王女シズカ視点。
「シズカの婚約が決まった」
「はい」
ウタカタノユメ国王であるお父様に呼び出されました。
ええ、わかっていますとも。
わたくしももう一五歳ですものね。
覚悟はできています。
「お相手はどなたでしょうか?」
「うむ、ためらわぬか。意気は良し」
「わたくしも王族でありますから。世界の平和と安定の礎になる決意はありますので」
「その世界の平和と安定だ。問題は」
は?
父が眉を顰めるほどの問題がありましたでしょうか?
突発事態が発生しましたか?
「シズカは知っておるだろう? 一年に一度、一日草の花が咲く日に異世界と繋がるということを」
「もちろん存じております」
「今から話すことは極秘で、現在情報統制の対象となっておる。よいな?」
「はい」
「今年は例年と異なり、異世界と繋がったままになっているのだ」
「えっ?」
どうした理由でなのでしょう?
いえ、影響を考えることが先ですか。
異なる二つの勢力がぶつかれば、単純に戦争の危険があります。
向こうの世界の住人が皆、彼の方と同じように穏やかで聡明であればいいのですが。
「急ぎ異世界の王と連絡を取った」
「ああ、話ができているのであれば、最悪の事態は避けられそうですね」
「うむ。双方の魔道士に調査させると、世界が双方向に行き来できる状態は安定しているとのことだ」
「ということはつまり、当面二つの世界は連結したままであると?」
「そうなる」
何と何と。
安心するのは早いです。
向こうも性根のわからぬこちらを警戒しているでしょうね。
お互いわかり合うには時間がかかりそうです。
大変なことになりました。
「シズカには申し訳ないことだが、異世界『アワキウツツ』の第一王子ヨシツネ殿下の婚約者に決まった。世界の安定と相互理解のためと堪えてくれい」
「えっ?」
わたくしが異世界に嫁ぐ?
理解はできます。
婚約という慶事で互いの世界の印象をよくしておくということですね。
身分や年齢からすると、どう考えてもわたくしが適任です。
おそらくは『アワキウツツ』の次代の王であろう、第一王子ヨシツネ殿下ですか。
ひょっとしてわたくしは彼の方の元に?
ああ、彼の方のお名前を存じていれば……。
彼の方がヨシツネ殿下でありますように。
「どう考えても、『アワキウツツ』と婚姻で結ばれるのが当座の両世界の平和に寄与するのだ。仔細の知れぬ異世界へそなたを遣るなど断腸の思いではある。しかし曲げて受けてくれ」
「もちろんお受けいたします」
「おお、天晴れな心構え。シズカは王族の鑑だの!」
「ところでお相手のヨシツネ殿下とは、どのようなお方だかわかりませんでしょうか?」
ヒントでもあればいいのですが。
お父様が首をかしげます。
「『アワキウツツ』の者は総じて理性的で、野蛮とは感じなかった。予も件の王子に会ってはいないから、人物はわからぬな。シズカと同い年の一五歳であることだけだ。予の知ることは」
「一五歳、そうでしたか……」
彼の方と歳は近いと思います。
彼の方が上流階級に属することは間違いないですが、王子かどうかは?
「ああ、そういえば婚約者となるそなたに伝えてくれという言付けが、『アワキウツツ』の者からあった。何のことやらわからなかったから忘れていたが」
「言付けですか?」
「『一日草の花は奇麗』と」
彼の方です!
間違いありません!
思わず涙がこぼれます。
「ど、どうしたのだシズカ。今頃になって悲しくなってしまったか?」
「違うのです、お父様。ただ嬉しくて……」
一〇年も思い続けた彼の方の婚約者になれるなんて。
しかも皆に求められて。
何と幸せなことでしょう!
「お父様、わたくしは立派に使命を果たしてみせます!」
◇
――――――――――その後。王子ヨシツネ視点。
僕の婚約者となったシズカは、異世界『ウタカタノユメ』の一日草の姫だった。
そうであったらいいなと考えてはいた。
何と喜べることだろう!
普段の心掛けがいいせいかと、埒もないことを考えた。
「ヨシツネ様、今日はわたくし達の世界の果物を持ってまいりました」
「うむ、美味そうだな。いただこう」
果物も美味いが、喜びを弾けさせたようなシズカの笑顔が最高だ。
シズカも僕の婚約者ということに満足し、喜んでくれているのだ。
僕はこの笑顔を守らなくてはならない。
「わたくし、覚えなければいけないことが多いです。努力いたしますね」
シズカは毎日のようにこちらの王宮にやって来て、お妃教育に励んでいるのだ。
こちらの世界に早く馴染もうとしてくれているのだろう。
僕達の婚約こそが両世界の平穏をもたらすということをよく理解しているのだ。
頭が下がる。
従者の中には顔なじみの者もいるし、何せシズカはあの愛らしさで腰も低いので大変評判がいい。
僕もシズカが認められると嬉しいからな。
二つの世界が繋がるという一大事にも拘らず、今のところ順調なのは、足繫く通うシズカの功績が大きい。
「シズカは知っているかな? 今年の一日草の花は萎れず、咲き続けているんだそうな」
「聞きました。ビックリしますよね」
そう、例年一日しか咲かない一日草が咲き続けているのだ。
僕とシズカが気兼ねなく会えるようになったこととリンクする。
象徴的な出来事だなと思うけど、そんなこともない。
魔道士達の調査によると、一日草の開花には『アワキウツツ』と『ウタカタノユメ』両方の空気の成分やら魔力条件やらが必要なようで。
二つの世界の一部が重なりっぱなしになったため、開花するための条件が継続するのだろうと思う。
「となると一日草の名は都合が悪いな。毎日草に改名しないといけないと思う」
「うふふ。『ウタカタノユメ』には花言葉というものがあるのですよ。植物にある特定の意味を持たせるというもので」
「うむ、『アワキウツツ』にもあるよ」
「『ウタカタノユメ』で一日草の花言葉は、『とりとめのない空想』なのです」
「『アワキウツツ』では『愛の忘却』だな」
どうして花言葉なんか知ってるんだって?
僕はシズカを喜ばせるための話題を仕入れるのを怠らないからな。
「……一日草の花言葉としてはよかったかもしれません。むしろ他にないという感じがしたものですが……」
「うむ、今こうなってみると的外れな感が否めないな」
「ではヨシツネ様。二人で毎日草の花言葉を考えませんか?」
「面白いね」
可愛らしい提案だ。
こういうひと時は楽しいな。
一日草からはすぐ花が枯れるということから、儚さのようなものを感じた。
しかし常に入れ替わり立ち替わり花を咲かせるとなると、全く印象が異なるな。
強さや不変性が感じられる。
まさに僕とシズカに相応しい気もする。
これに相応しい花言葉は……。
「「『永遠の愛』」」
奇しくもシズカと声が重なった。
同じ思いでいることが確認できて、何だか面はゆい感じがする。
囁くようにシズカが言う。
「……嬉しいです」
「僕もだ」
僕達はいずれ結婚し、二つの世界の友好の象徴となるだろう。
争いなど無用だ。
ただ波風を立てないだけでなく、二つの世界の繁栄を導かねばならない。
シズカとなら可能なはずだ。
ふとシズカと視線が合う。
思わず抱きしめたくなったが、『ウタカタノユメ』では失礼に当たらないだろうか?
まだまだ理解が足りないものだ。
学ばねばならない。
知らねばならない。
いつまでも、いつまでも。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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