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宇宙最高ブラディ・オン  作者: 蟹谷梅次
第2章 クールガイは堕ちない
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第9話 宝を乗せて

 火星移民の三世という身分を引っ提げて兄のシンが宇宙警備隊に入隊した八月七日、バベルは月にあるダブル・ペッパーという街にやってきていた。


 この街で流しとして金を稼ごうという魂胆であった。


 かつては「若いのスター」として宇宙競艇の名レーサーで、彼のマシンが残した宇宙粒子の轍は「ゴールドライン」と呼ばれる程の人気を持っていたが、地球人の女性レーサーに無理矢理つよい酒を飲ませようとするスポンサーを殴ってしまったことがある。


 それを期に、報復としてレーサーとしての命を絶たれ、人を殴ったとして「シン兄さんの邪魔をするな」「じゃあ間違いを黙って見ていろってのかよ」と、家族と大喧嘩した。


 慰めにシンは飯に誘ってくれたが、レストランで地球人の客が火星人の給仕に暴力を振るわれているのを黙って見ているのが頭にきて、バベルは兄とその給仕を殴った。


 それが母親の堪忍袋の緒をブチ切り、バベルは家族から絶縁の宣言をされ、こういう事をして生きていかなくてはならなかった。


 レーサーとして貯めていた金を持って家を出ようとすると、どうやら母はそれを勝手に使って、シンに高級な船を購入しており、口座には幾らもなかった。


 つまり、バベルはとても不幸な過去を持っていた。


 酒場と酒場を点々とする「流しの芸人」として過ごしながら何とかほそぼそ生きていた。


「そんなヘタクソなギターなんて聞かせんじゃない!」


 バベルは、傭兵に言われ、顔面を殴られた。


 立ち上がろうと蠢いていると、背中を踏みつけられ、頭を何度も蹴られてしまう。


 自分が怒ると決まって自分ばかりが損をする。


 バベルは我慢することを覚えていたので、唇をかみしめて、暴力が止むのをなんとかこらえていた。


 そこに、口笛。


 すると、傭兵は浮き上がり、天井に頭を打ち付けて気絶した。


「いいトシこいて大人やってる人間が十八かそこらの少年いじめちゃいけないな。‥‥‥君、大丈夫か?」


 顔をあげて、驚いた。


 《い、異端児だ! クールガイだ!》


 黒いシャツ、白いスーツに黄色のスカーフと、銀色の回転発光式光線銃か腰に! そして、胸にあるのは、パパパリア侯爵家特権勲章!


「ほん、もの‥‥‥」

「まさしく」

「なんだてめぇ!」


 酒に酔った先ほどの傭兵の仲間が異端児サブロー・タキに殴りかかった。サブローはその拳を受けるまでもなく、躱して顔面を殴り返した。


「な、んだこいつ‥‥‥!」

「異端児だ! まずいよ、こいつ異端児だ」

「異端児だァ〜!? 偽物ならいくらでもいらぁ!」

「本物かもしれんぜ‥‥‥!?」


 サブローはあっというまに大男たちを伸ばしてしまった。


「マスター、すまないね。安酒四本買いに来たんだが‥‥‥売ってくれるか?」

「いまお持ちします」


 渡された酒を見ながら「地球産本物のロマネ・コンティが安酒とは大した店だな」と口角を上げている。


「ありがとう、うちのバカが喜ぶよ」


 冊の束を出して、「酒は正規の金で帰っての、相棒からの教えよ」と言って、マスターに渡した。


「懐にいらないなら、奥さんに香水でも買ってやりなよ」

「こ、こりゃあ‥‥‥ありがたい‥‥‥」


 サブローは今度はバベルを向いた。


「大丈夫か?」

「あんた、本当に強いんだな‥‥‥俺、あんたのこと知ってるよ」

「俺のことを知らないのは植物くらいだぜ。君も見たことあるな。バベル・ビタだな? 黄金児だな。宇宙競艇のレーサーだ」

「もとだよ‥‥‥俺、スポンサー殴ったんだ」

「理由があったと見えるな。まぁいい、君は稼業に誇りがあるのか? どうしても流しがいい?」

「え? いや、そうでも‥‥‥でも金がいるんだよ」

「じゃあいい稼ぎ場がある」

「どこだい?」

「俺の船さ」


 スペースピードまでの道で、バベルは信じられないような思いをした。


 だって隣にあの異端児がいるんだもの!


「雑誌で見るような服装じゃないね、アニキ」

「今日は宇宙警備隊の入隊式でね、うちも一応そういう船になっちまったんだ。警備隊員を船に乗せた途端こうだよ。『宇宙連邦政府』と『宇宙警備隊』が尻にいるんだ。面倒くさいよ」

「宇宙警備隊‥‥‥」

「いい思い出がなさそうだな、シン・ナッシュか?」

「知ってるなら言うなよ‥‥‥そうだよ、血の繋がった兄が、二等兵になったんです。いけない?」

「悪くなんてないさ。俺もつい最近まで『兄』と大喧嘩さ」

「どうなったの?」

「死なせてしまったよ」


 船に着くと、サブローはバベルにスペースピードの操縦を教えた。


 バベルは「これがあの!」と興奮していたが、いまのこのスペースピードというのは継ぎ足すように改造を重ねて四十メートル級になってしまっているので、「あの」ではない。


「それじゃ、俺は予備操縦士ってわけかい?」

「そうだ。できるな?」

「まかせろい! 俺、船なら何でもできちまうんだよ」


 バベルの応えに、サブローは笑みを浮かべた。


「アニキって好きな女はいるのかい?」

「〝死相〟って知ってるか?」

「知ってるよ、最近はなんか全然殺さないらしいね」

「ハハハ」

「死相なの‥‥‥?」

「俺は恋を操縦技術のぶつかりあいだと理解している。となると俺はシコーム・ダンを愛していると言っても過言ではない」

「やば」


 そういうことがあって、バベルは宇宙連邦政府の支部所に行き、戸籍を「滝」に変えた。 


 バベル・タキというのが、彼の新しい名だ。


 ビリーは「なんであいつだ?」と訊ねた。


「俺と似ていた。ビリー、君わかるかい?」

「似てるかね」

「似てんのさ」

「いまのうちにお前を知ったらあの小僧、前途多難だぜ。火星移民の三世だろ、世間のつらさを認知できなくなっちまう」

「もう知ってる方よ。それに、そんなつらさなら、俺が破壊する」


 地球人と火星人は随分と嫌い合っている。


 火星人が地球にいれば乱暴に遭うし、地球人が火星にいれば乱暴に合う。


「いいのかねぇ、お前みたいなのに付き合わせて」

「なんだい、彼は黄金児と呼ばれた男だよ」

「黄金児?」


 わきからガラーキーが現れる。


「宇宙競艇の雑誌がつけたあだ名ですよ。彼の出るレースは彼が必ず勝つもんで、大金が動くんです」

「八百長か?」

「レースの映像を見たが、どうやら彼は本物だよ」


 たまに、と言葉の間をつなげる。


「たまにね、いるよな。なんでもかんでも自分の手足のように操れてしまう人間。まるで全部が分かってるみたいなんだ」

「たしかに、たまにいるな」

「シコーム・ダンもそうなんだ。シコーム・ダンといえば最近人を殺していないみたいなんだ、なんらかの心境の変化だと思うが、もし俺が『死相をやめろ』というような事を言ったのが原因だとしたら、彼はまだ俺に未練を持っているということだろうか」

「手も繋いでねぇのに恋人ヅラとはたまげた」

「恋人? なに? ちがう、バカターレ。風情のない野郎だな君も。一時的にとはいえ雇ったろ」

「金出してあいつを買う奴なんて、そんなもん千人以上はいるんだぜ。なんでお前の優先順位が一番上なんだよ」


 痛いところを突かれたので、頬をふくらませると、それを突いて割るつもりのビリー。


「そもそもファーリピア星人の性別はわかりにくいな。声もちょうど中間あたりで。よしんばあいつがお前を想ったところで、そもそもあいつが男だったらお前どうするんだ」

「俺が言ってるのは情事(こい)じゃない。そんなものではない。俺はシコーム・ダンというパイロットに勝ちたいんだ。この感情が恋だと言うんなら、『愛』と仮称できるねという話をしてんだな、話が飛躍しては困る!」

「ホントーデスカ?」

「なんて?」

「母国語を忘れるな」


 宇宙にいる間は共通語を使っているため、いきなり日本語を使われると困るし、そもそも片言だからわかりにくい。


 摺りガラスの裏でベールをかぶっている花嫁の顔を似顔絵に描けと言われて描ける人間が何人いるか。


 そこに、バベルがやってきた。


「そういえば、この船って何処に向かってらっしゃるんで?」

「アレンデっていう星だよ」

「王様直々のご指名でね」

「王様直々!? 凄いなぁ、よくあるの?」

「生まれて初めてだよ。もう名を上げる意味も無いんだがね」

「国宝の『アレンデの瞳』っていう宝石を金庫島に届けてほしいってんだ」


 金庫島というのは、入星が厳しく制限された星であり、強力なバリアーで守られており、侵入はできないようになっている。


 年に一度の祭を終え、「アレンデの瞳」を金庫島にしまい直すので、「どうせならあの異端児とかっていうの使ってみよう」というらしい。


「暇なこともあるもんだよね」

「異端児に肖ろうってんでしょ、国宝任せにいいのかね」

「ある意味では一番安全でしょう? 自分の船が壊されるのが分かっていて、誰が狙うんだってお話ですもの」

「だそうだ」

「初陣がこれかぁ!」

「まぁそう勢い込まさんな。肩の筋肉張ってたって吹くのは粒子のジェットなんだぜ。気楽にやればいいのよ、気楽にね」


 そうして、アレンデに到着すると、城からの使者がスペースピードのサブローたちを迎えた。


「滝さんは、酒は飲みますか」


 女衛兵が言った。


「酒なら隣の金髪さんならお飲みになるね。俺は煙草を二杯貰おうかね」

「え、えっ!! えっへへ‥‥‥」

「ねぇアニキ」


 バベルは煙草を咥えるサブローに寄っていった。


「なんだい、ケムの男は嫌いか?」

「アニキが煙草二杯って言った途端喜んだけれど、ありゃなんだ‥‥‥?」

「ハハ。バカ。子どもの気にすることじゃねぇよ」

「そちらのボウヤもどう?」


 バベルはただならない事だと分かり、「エンリョします」と下がっていった。


 ビリーは笑いながら、「カードでも教えてやるよ」とバベルの背中を叩いてみた。


「アニキのやろう、なんだってごまかすんです?」

「ハハハ」

「そうだ、モアの改造を行うそうですが、滝さんはどうなさいます?」

「モアの?」

「視界トレースを組み込むので、人型になる際の視界の悪さが軽減されます」

「どのくらいになる?」

「モアⅡほどにはなるかと」

「ほう」


 モアⅡと比べ、モアの視界というのは狭い。


 というのも、モアの人型変形は瓦礫撤去などの作業用でしかなく、必要になる視界も最低限のものである。


 モアⅡは、「作業用にしたって視界はあったほうがいいだろ、常識的に考えて」という、モアの発明者セブルス・モアの孫であるジョージ・デン・モアの言葉が起点となっているため、視界改善が行われている。


 視界トレースは特殊ゴーグルによるメインカメラの視覚接続である。


「ですが」

「なにか?」

「定期的に眼科には通ってくださいね」

「目に悪いのか」

「無理矢理の改造ですから、やはり」

「視界トレースシステムはだから廃れた」

「はい」

「構わない、やってくれ」

「了解しました」


 翌日になると、モアの改造も終わり、視界トレースシステムのパイプを隠す赤い装甲が追加されていた。


 その装甲を黄色に塗り直して、スペースピードはアレンデの瞳を伴って金庫島へ旅立った。

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