第24話 笑い者
八十八年、九月六日生まれ。
父レイン・ベイムと母のアンブリィ・ベイムの間に生まれる。
姉のクラウディ・ベイムはとても陽気な女の子で、弟のジャック・サン・ベイムはその姉をみならったので、とても陽気な少年だった。
将来は服飾の大学にはいるんだと意気込んでいて、子供のうちから勉強をしていて、「文系だけじゃままならない」と、数学やら工学やらも学んでいた。
とても優しい少年だ、と周囲でも好印象を抱かれている。
周囲の男子が喧嘩っ早くて血の気の多いれんじゅうしか無い分、花や動物が好きで、いろいろな知識を持っているジャックは女子に好かれていた。
それに嫉妬する男子もいればこそ、嫌う奴はいなかった。
困った時に率先して助けてくれるジャックという男は、小学校の時代も担任教師に「いつか大物になりますよ」と言われるほどだった。
常に笑っていた。
ジャックは「笑顔には特別な力がある」という心を持っていて、辛いときも悲しいときも笑っていれば幸せが来ると考えていた。
そんな彼が変わったのは、一〇一年・九月四日。
ジャックが幼馴染の家に遊びに行っていた日のことだった。
幼馴染の家の近くでなにやら騒がしいのか聞こえてきた。
幼馴染は、「港だから、傭兵が喧嘩でもしてんだろ」というが、やけに胸騒ぎがする。
窓から身を乗り出して、それを見た。
「人? 違う。違う違う。違うよ、火星移民だろ。地球に住めなかった低俗な血の人間だ。人間じゃない」
今朝、寝癖を教えてくれた母。
「人だ」
無くした靴下の片方を見つけてくれた姉。
「猿性愛者か?」
頭だけ。
なんかのドッキリか?
‥‥‥悪の感情が湧き上がる前に、冷静になろうとしたけれど、ジャックの人より優れてしまったエスパー能力が、それを「本物だ」と告げてしまうから、目を背けようにも、「二人から目を背けるな」と彼の生来の優しさが言ってしまうから、幼馴染が自分を窓辺から引き剥がして、瞼を無理矢理おろしてくれるまで、ずっと見続けた。
ほんものの頭。
周囲の目が気になった。
ジャックは周囲に溢れ出した黒い宇宙粒子を無意識のうちに操って、幕のようにしていた。
誰も、母と姉の死に顔を見るな、と。
父が大昔に死んでから、母と姉だけが家族だった。
冷静になりたくないのに、頭が冷めていくと、「天涯孤独」だということだけが響いてくる。
ジャックは笑顔を頑張って作ろうとしたが、無理だった。
中等学校は通わなくなった。
姉が趣味で持っていた四人乗りの小さな宇宙船があったので、荷物をまとめて、火星を出た。
今思えば、どうして火星を出たのかわからないが、当時は火星が恐ろしいものに思えたに違いない。
幼馴染はいまでも毎日ジャックの家に通って、二人の写真立ての前に花をさしてくれているらしい。
ジャックは訳もわからなくなっていたるところをふらふらと飛んでいた。その道中で、子供なのでよく問題に巻き込まれたという。
道中で、奴隷として連れて行かれそうになる子供の集団を見つけたので、介抱してやって、ひとりひとり親もとに返す手伝いをしたり。
そうしていると、自分に帰るところがないのを思い出して、泣いたこともあった。
「毟り合い」の年代になると、戦死くらいはできると思ってミレニアム艦に勝手に乗り込んだ。
そこで艦長と知り合い、艦長の優しさを知った。
自分はこんな人のように優しくも強くもないと思い知る。
ふと、その時ミレニアム艦を狙う二十機が見えた。
だから、戦闘機に勝手に乗り込んで、落とした。
すぐ近くで異端児の輝きを見た。
身体から力が抜けるようになって、その光に見惚れていた。
異端児‥‥‥サブロー・タキが命の恩人であるのは、わかっていた。
地球人なのに火星人が殺されたのを、本気で怒ってくれた、本物の善良な人間であるというのを知っていた。
「こんな輝きを出せる人が‥‥‥なんで宇宙に出てきたんだ‥‥‥」
毟り合いが終わると、ジャックは宇宙警備隊に入隊し、ミレニアム艦の隊員になった。
異端児が消息を絶った頃で、ジャックは「次の異端児が現れるまでこの宇宙をせめて守ってみせよう」と思い立ったのだ。
異端児に魅せられた男のうちの一人として、次の彼が現れるまで。
ジャックは一心不乱になって、そのせいか分からなくなってしまった戦闘機の操縦をイチから覚えなおし、どんどんと成果をあげていった。
研ぎ澄まされて、苛立ちが前に来るようになってしまった感情の処理能力も、そのまま据え置きで‥‥‥。
ジャックはただ、次の彼が現れるまでの時間稼ぎを。
尋常維持機構はまだ潰れていないというから。
尋常維持機構のようなクズの組織を壊すために。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
スウッ‥‥‥フゥ‥‥‥。
‥‥‥。
とりあえずの呼吸を終えると、ジャックはコックピットのシートに座り落ちて、監督役のレベリアス・テーテテテテが「通信の回線はなにがあっても切ってはならないぞ」と言うのを無視して、回線を切断すると、空に上がった。
どうやら、イプシロンがはじまって最初の仕事は、「動き合わせ」であるらしい。
ジャックは「しろうとがうるせぇ」と思った。
ある程度現場は現場で動きが生まれるので、「合わせ」をしようというのは、まったくの素人の言葉だった。
《どうせ、地球から出たことのない空軍生まれの言うことだ‥‥‥宇宙はいつだってアドリブが求められるというのも分からないで‥‥‥》
合わせの練習が終わって、イプシロン基地、ドッキングベイ・マシンデッキに降りると、レベリアスが欠けてきた。
「バッキャロォ! 回線を切るなと言ったろう!」
「は、申し訳ございませんでしたあ」
適当に返すと、レベリアスは、グ・グ・グ‥‥‥と肩を竦めて、首を亀のように伸ばして、言う。
「貴様のその傲慢さは『立場』がいわせるのだろうが‥‥‥い、異端児が帰ってくりゃあ‥‥‥貴様のようなのは、有象無象とおんなじだ、そ!を理解しているんなら、その態度も称賛ものだ‥‥‥」
「お空屋さんはこれだから。才能がないから空軍を追い出されて宇宙に追放されたアホウドリの言葉なんて言うのさ‥‥‥俺、ピヨピヨにしか聞こえんのですよ」
「な、ん、だ、と‥‥‥!」
「怒らんでくださいよ。マ、それが仕事だものね」
後半とはいえ、まだ十代の若造が組織の上に立つのを容認できない輩は多かった。
しかし、のちのちになって、ジャックはレベリアスにたいしてこういったバカにするような言動をとることはなくなっていった。
「火星のくせに」という言葉があがっていたのは、この頃で、火星生まれではないマイト──マイトの出身はシャマザラという星──にまでそれが飛び火し、軽いいじめのようなことがあると、ジャックは怒った。
暴力沙汰にまでなろうか、骨董品の刀を持ってきて、斬りつけようとするとジャックに対して、レベリアスはきつく叱りつけ、反省室に軟禁することがあった。
レベリアスは、ジャックのいないうちに、ジャックの部下をバカにするようなことをしたれんじゅうに対してきつい仕置きをしていたらしい。
「ただの嫉妬で暴力をするのは、それは頭の悪い奴のやることだ」というのがレベリアスの論で、文句が返ってくれば、「実力で見返せ、それができんのならば黙ったままでいろ」と叱り返した。
ジャックはマイトからそのことを聞くと、自分の子供な態度を反省して、陰で直接頭を下げた。
「ジャック・ベイム! 回線を切るなぁ!」
「回線繋いでちゃあ有事の際に敵にバレますでしょう!?」
「そのための宇宙粒子だろ! アップルフレームは飾りじゃない!」
「そんなやかましいことをいちいちしていられる暇があるか! だいいち、アップルフレーム頼りにしているんじゃあ、アップルフレームが壊れたときに行動の選択肢が狭まるだけだ!」
言い合いは相変わらずだが。
「船長もよくやるよ、宇宙警備隊の時もこうだったのか?」
「そうだよ、毎度上と喧嘩してるんだ」
あの人は、人の上に立つような人ではない。
ハイはそう言いながら、ハッチが開けっ放しになったゼロワンに向かって行った。
「しかし、最近コックピット壊さなくなりましたよ」
「当たり前だあ、そんなものお!」
「怒らんでくださいよ、カントク。そのサルはちゃーんとファイター乗るのも苦手なおバカさんなんですよ」
バベルがジャックをクッソバカにするような声色で言った。
「こいつう!」
「図星だから怒るんだよ!」
「幼稚園児じゃねぇんだから騒ぐなあ、ガキどもお!」
「この金ピカうんこが悪くないのかよ」
「警告色うんこがよ!」
「それ異端児もだろ! アニキ泣いてんぞ!」
「アニキ泣かねぇよ!」
「泣くだろ生きてんだから!」
きゃいきゃいと暴れまわりながら、火星生まれのバカ犬どもはレベリアスを中心に旋回する。
「飼い主!」
ビリーとハイがジャックとバベルを捕まえる。
「自分より小さい女の子に抑えられててダサい」
「真似します。ウッキーウキキキ! ウキウキキッキー!」
「真似します。アハンアハンアハンアハンアハンアハンアハン!」
「なんで喘いでんだよ! 笑い袋か!?」
「笑い袋喘がねぇんだよ、二十世紀履修してこい!」
ジャックはこういう戦闘員としての仕事の他にも、生憎にもバベルにはできない頭仕事を請け負うこともあった。
宇宙連邦政府が仲介してきた他組織とのやり取りも、現時点でのトップということで請け負うこともある。
若干十九歳の若者なのでなめられがちだが、その為に宇宙連邦政府から贈呈された特権勲章を提示し、強制的に「平等な立場」を形成することができるので、ジャックはこの特権勲章が大好きだった。
「やることいっぱいあるけどやりたいことなんもないから暇だな‥‥‥」
「今の発言録音するのでもう一回言ってください」
「この世界を愛しているので激務こそ幸せだな」
「原始的な捏造」
しかし、本当にやりたいことがひとつもないので、片手間でやりたいことをやってみる。
「異端児探すか‥‥‥」
疲れからか噛み付いてくることもなくなった。
《この人はいい具合に疲れさせておくのが良いのか》
なんだか可哀想な性分だな、と思いながらハイはデバイスを動かして、ある画面を出してそれを見せた。
「これは?」
「全宇宙の‥‥‥といっても、文明がある程度進んだ星にあるほとんどの監視カメラの映像を傍受しています。ある程度そこで目ぼしい人を見つけられるかもしれませんよ」
「こんなものがあるのか」
「いまつくりました」
「仕事がおはやい」
ジャックはサムズアップをかけて、ひとつ大きく深い呼吸をつく。
「さて、何処だ‥‥‥クールガイ‥‥‥?」




