第23話 大して
過去の功績もあって。
特権勲章も持っているから、宇宙警備隊は手を出せない。
だからこそ飛び出したんだろうが。
ジャックはアップルフレームの輝きに目をやられ、養生ゴーグルをつけていた。
養生ゴーグルは去年開発され、軽度の視覚障害であれば二時間程度で治るものである。
ゴーグル越しにビリーによってバベルが殴られるのを見る。
「いや、ほんとうに‥‥‥ありがとうございます、うちのクソバカが過ちを犯す前に」
「人を殺すだけが過ちじゃないでしょ。そいつ俺にも殴らせろよ、俺のゼロワンバカにしやがったんだ‥‥‥」
ガラーキーが止める間もなく、ジャックはビリーを背後から蹴り倒し、バベルに殴りかかった。
「ゼロワンは本物のセカイダーだ‥‥‥パチモンじゃない!!」
「ウ、ウウ‥‥‥!?」
ハイ・ムーンは「止めたほうがいいですよ、うちの人はあえて止まらない人なので」とビリーに言う。
整備兵も手伝ってジャックを止めた頃、バベルはズタボロになっていた。
「ゼロワンはセカイダーだぞ! 宇宙を飛べてしかもお前に勝てるんだ、誰が作ったと思ってんだ! 誰が整備したと思ってる!! お前、次ナメたような口きいたらそのいらねぇ舌チョン切ってデブリ帯に投げ出すぞ!」
「やれるもんならやってみろよ‥‥‥」
「あぁ?」
ごっちーん!
バベルの頭突きがぶつかった。
ジャックはすぐさま左側頭部を殴りつけた。
「バッキャロォ! ようやくおさまったのに!」
「火星生まれってどうしてこう‥‥‥」
ドコ! バキ! ボコッ!
‥‥‥素行の悪い二人が集まった結果のこれは、四時間続いた。
見物人が集まるほどの大喧嘩で、噛みつきもアリだった。
その喧嘩が収まる要因になったマイトは鎖でぐるぐる巻きにされたジャックにスムージーを渡しながら「自分の船がバカにされた感じで気に入らなかったんですねぇ」となだめていた。
「コリャ接近禁止だな‥‥‥火星生まれっての、みんなこうなのか? ファッションの中心地じゃねぇのかよ、火星って」
「うちの人が暴力的なのがいけないんですよ」
「お前らも殴られたりする?」
「彼が無尽蔵に人を殴る人に見えますか。そうですか。生憎と、そんな人じゃないんです。そんな人じゃ」
どうにも我慢ならん、というのが〝黄金児〟と〝風雲児〟の出会いだった。
後年になり、黄金児はインタビューで〈今だから言えるけれど、あの時のことは恩だと思っている。ニュースになったよね、宇宙警備隊の腐ったのを暴いたって。いまじゃ俺もテレビに出られる立場だけど、あの時あそこであの男が止めてくれなければ、俺は処刑されてたさ。今になって感謝言ったって遅いんだけどね。あの男のこと、今の私なら、アニキの‥‥‥サブさんとおんなじくらいに想えるかもしれないね〉と語っている。
一〇七年・五月二日、宇宙連邦政府からスペースピードとスキャットピードに対しての、「義務的な提携」が呼びかけられた。
ビリーからしてみれば、顔を合わせれば互いに噛みつき合う狂犬ふたりを突き合わせるのは、バカだと思った。
「同じ人を信奉してたって、相性が合うとは限らんのになぁ!」
「そうは言っても、あの二人は中心的な人物だ」
「え?」
宇宙警備隊が一度解散になるらしい。
どうやら過去の不正が暴かれたので、みんな何処かへ逃げてしまったらしいというんで、いっそのこと、新しい組織を作るのはどうかとなったと言う。
「タキさんな、彼が帰ってきた時に迎え入れる態勢を整えておくにも、新しい組織というのは必要になると思うな」
「サブローを盾に使うのは趣味がいいと言えないな‥‥‥」
「いいじゃないですか。うちの人が一番上に立てば、きっとみんなも丸く収まると思います」
ハイの言葉に、ビリーは目を細めた。
「お前、だいぶあの男に惚れ込んでいるみたいだなぁ‥‥‥」
「二つの意味で、ですね」
「ほお。そういうふうには見えないが」
ハイは「命の恩人に惚れることくらい、あります」と小さく返した。
こういう一幕を挟んで──当人のことを気にもせず、黄金児と風雲児を上層に置いた新設組織「イプシロン」の創設がおこなわれた。
「どうして俺になんにも言わないで話を進めるんだ?」
「貴方はいろいろと文句をつけそうなので。やってみてからいろいろ変えていくのが手っ取り早く、貴方の性分にも合うでしょうと思いました。失礼ながら、貴方は後先を考えられる性格ではない」
「‥‥‥‥‥‥ほんとうに失礼を言うやつがあるか!」
ジャックは文句を言おうとしたが、疲れのような感覚に襲われて言うのをやめた。
「スペースピードのバベルは何かをウダウダと言っているらしいが」
「おおかた、あなたとの上下関係が気に食わんのでしょう」
「じつは、それに関してみれば俺も納得がいかんよ。体裁でもバベル滝を上にしておいたほうが宇宙連邦にしても、『宇宙警備隊の後継組織』にしても、あいつのほうが立場が上っていうんなら都合がいいだろ? シン・ナッシュ伍長の顔が利かんぜ?」
「先のやらかしもあるでしょう」
「いい感じに曲げることもできるはずだろ」
「曲げたところで、『たまらんよ』って人はいます。だいぶ妥協したところなんですよ。良いので、はい、これ」
ハイは紙袋をジャックに渡した。
「これなんだ?」
「イプシロンの制服ですよ、僕も着ます」
実際に着てみる。
ネイビーカラーの作業着のようなもので、あまり格好良さはないが、動きやすい。
「こういう服は嬉しくないな‥‥‥」
「軍服で慣れてるでしょ。ネクタイしてくださとよ。苦手ですか」
「‥‥‥うるさいなあ」
「僕がやってあげるので、一発で覚えてくださいよ。火星の人はネクタイ得意だと思ってましたけど」
人の気も知らんで、とジャックは表情を表に出さないように宇宙粒子で隠しつつ、背伸びをしてネクタイを巻こうとするハイを宇宙粒子で持ち上げた。
「驚いた。腕、動かなさくても宇宙粒子って操れるんですね」
「これで姿勢が楽だろ」
「助かります。いつもそのくらい優しいと良いのに」
「いつもと変わらんよ」
頭の片隅で、これからの色々を考えていたらしい。
「できました」
「どうも。‥‥‥なあ、ゼロワンどうか?」
「いつでも構いませんよ」
「技術屋の意見を聞きたいんだ」
紙を持ってきて、宇宙粒子でインクをつける。
それはどうやら設計図やいろいろな計算式のようなもので、ハイにそれを見せると、「クライムジェネレーターに似ていますね」と言った。
「クライムジェネレーターの小型化ですか」
「異端児のセカイダーや俺のゼロワンは、クライムジェネレーターが大きくてアップルフレームの光がコックピットに漏れてくるんだろ。それって養生ゴーグルがあったって、目がいつかもたなくなってくる。‥‥‥ならさ、アップルフレームも小型化できるところはするとして、クライムジェネレーターを小さくしてしまえばいいってならないか?」
「小型化の為の二層式ですか。でもこれでは、ブラディ・オンの際の余剰エネルギーでいらん事故が起きてしまうかもしれませんよ」
「機体に電飾でもつけて、余計に光らせておけばいいじゃないか。いらんエネルギーはそのイルミネーションに向かうわけだ」
「出来はするでしょうけど、ゼロワン一度バラバラにしないといけませんよ。‥‥‥ならいっそ、機体を大型にしてしまえばいいじゃないかってことになるんです。なりました。大型にします。そうですね、スキャットピードのマシンデッキも広くなったし、いっそ人型時の頭頂高から考えて、十八メートル級のものにします。二週間貰います」
「やれるならやってほしい」
「わかりました。やりましょう」
ハイは細腕を頭の後ろに回して、髪を絞り出した。
うなじが見えたところで、視線をそらしてから、歩き出す。
「何処へ?」
「スペースピード。あのバカを見に行くんだよ」
「おやめなさいよ、どうせ喧嘩になるんだから」
「勝つさ」
制止も聞かずにジャックはスペースピードに向かって行ってしまった。
《しかし‥‥‥驚いたな、あの人‥‥‥そういうタイプに見えないけど‥‥‥意外と、利口なところがあるんだ‥‥‥ほとんど計算も間違えていないし‥‥‥技術部になんでいかなかったんだ?》
うなじを見せて誘惑するというバカな中学生のような作戦が失敗したのも忘れて、ハイはその紙を見ていた。
少しだけ、ジャック・ベイムという男の過去が気になった。
調べてみたら案外簡単に出てきてくれるかな、と思ったが、いままでなんの経歴も持たない人間の過去というのは調べても出てこないものだった。
本人に聞いてみれば、きっと嫌な顔されるだろうし。
「あのロチャンカ人‥‥‥ガラーキーとかいったかな‥‥‥」
あの記者の謎の調査力があればわかるだろうか。
「やめておこう」
過去をあさられていい気分をする人間などというのは、いない。
もしどうしても気になるのであれば、この際本人に直接ド直球に「お前どんなんなの」と聞いてみたほうがよっぽどきれいだ。
人の過去というのは‥‥‥気になるもので‥‥‥。
それが、自分の性分なのだと言われると、ハイ・ムーンというのは、「そうなのか」と頷くしかなかった。
けれど、今はなんだか違う気分で‥‥‥。
君じゃないと意味がない、とでも言いたくなってしまうような‥‥‥そんな背中を彼がするものだから。
要するに、太陽すらも、木星すらも、冥王星すら驚き腰を抜かすくらい、ジャック・ベイムに惚れている。




