第21話 乱暴な彼の……
雑用兵のマイト・テンベッドは〝エスパー能力〟が優れていた。
自分ではその才能に気づいていないらしいが、確かにエスパーとしてよ読心能力はあった。
マイトは、ジャックとすれ違う度に「おはようございます」や「こんにちは」「おつかれさまです」という挨拶をするようになった。
「お前よくやるなァ!」と、ほかの雑用兵や整備兵たちから言われるが、「そんなでもないですよ」と返す。
ジャックは、マイトが挨拶をするたびに目を見て片手を上げて〝返事〟をしていた。
《ベイムさんは、ほんとうは優しい人のように思えるけれど‥‥‥》
ジャックのことを見る度に、仄かにどす黒い何かが彼のことを包んでいるのが見える。
「あの人、挨拶すれば返してくれますし」
挨拶を邪魔だと思う文化は、ジャックにはなかった。
もとより、マイトは作業をしたままで、またほんとうに明るい笑顔を浮かべるものだから、ほんの少し心の小さなところで、ジャックにとっても「清涼剤」として機能していた。
依然として飯を食わないのは、自分にその資格がないと思っているからだが、マイトはそれを良しとは言わないで、しつこく「ご飯、食べてくださいよ!」と誘った。
「無駄だよ、あの人は‥‥‥」
ハイはある日、言ってみせた。
「自分が気になるんですよ。あの人、いつも頑張っておられるのに、あの人ばかり何も食わないで、水だけってのが‥‥‥」
「そう」
こういう善意だけの人だから、ジャックも邪険には扱わないのだろう。
マイトとは違う方の、もう一人の雑用兵のケイト・レインもマイトに釣られて挨拶をするようになった。
ジャックはマイトと同じように挨拶に返事をして、いつものような行動をする。
「ほんとうに返事する!」とケイトが興奮してマイトに自慢をすると、「そうでしょう、そうでしょう」とうれしそうにした。
ジャックの優しいところがみんなに伝わるのは、嬉しかった。
「あっ、ジャックさん、おはようございます」
ある朝、マイトはジャックを見つけると、手に持っていた水筒をジャックに渡した。
「なんだ、これは」
なんとなく、水ではないことがわかった。
「野菜とか、フルーツのスムージーです。作ってみたんです、自分こういうの得意なんで。お食事は、お嫌いなんでしょう?」
「‥‥‥‥‥‥」
「でも、そういうのならみんな許してくれると思いますよ」
ね、とマイトが笑みを浮かべて促す。
ジャックは暫く困ってから、一口飲み込んで、「ありがとう」と小さく頭を下げた。
「どういたしまして」と、マイトもサムズアップをした。
「なんのハンドサインなんだろう」と、ジャックは思いながら、スムージーの水筒を持ってシミュレーションマシンに走っていった。
サムズアップは地球での意味は省略するが、マイトの故郷であるシャマザラという星では、誰よりも頑張って誰よりも耐え忍んだ戦士に与えられる、「どうか良き安息を」という意味を持つサインであった。
マイトはよくこのサインをする。
‥‥‥ので、スキャットピードの中でもブームのようになっていて、事あるごとに、整備兵たちやケイトだけでなく、操縦士たちもサムズアップをするようになっていた。
「ベイムさん、セカイダーにルールブレードを二本装備してみたいんだ」
「二本? バカ言うんじゃないよ、重くなる!」
ジャックがシミュレーションマシンから出て来て、シャワーを終えたタイミングで、ハイは言ったので、ジャックはそれに反論をした。
「重量を軽減する方法を考えているんです。ので、テストパイロットを務めていただきたいんです。ある程度は、平気になるかもしれません」
「対策が、あんの。どんな?」
「タキさんやマグレー社の考えた機械兵器用大型ルールブレードは、『実用可能圏内の出力を出す』と『ブレードの形を保つ』というのに、大粒の宇宙粒子を、高速で往復させるタイプのものを使っていたんですが‥‥‥」
ハイは、説明用の用紙を取ろうとして、うっかりファイルを廊下にぶちまけた。
ジャックは舌打ちをしながらも、宇宙粒子を操って、それをまるで、ここが無重力帯────スキャットピードは基本的にすべての領域において重力発生装置が敷かれている。無重力帯で床に張り付くための「マジックブーツ」という者は充電が必要で、そのコストを考えたとき、重力装置をつけておいたほうがいいのだ────であるように、ふわりと浮かばせてみせた。
「その、赤い付箋の紙です」
「これか」
ハイが考えた新しいブレードは、「U字」のルートを宇宙粒子を走らせるというものだった。
どうやらU字というのは「コの字」型の従来のものより、消費されるぶんの宇宙粒子は少なくて済むしい。
「その分マガジンを工夫することができるんです。今までは箱型で、『取っ付けました』というような感じでしたけど、円筒形にすれば‥‥‥最大六十七回は使えるし、U字にすればコの字ではできなかったハニカム構造の取り入れができます」
「するとどうなる」
「ハニカムのメリットは軽量化です。暴れてください。自分が宇宙の暴れん坊だっていうところを、あなたの嫌いなすべてに見せつけることくらいできるはずだ」
「乱暴は嫌いだな」
ゼロワン装備の強化案が通ったので、ハイはさっそくそれの開発計画をスタートさせた。
Uブレードと名称づけられたそれは二ヶ月程度で完成した。
二本。
機体の総重量は上がらず、Uブレードの威力は、チェーンソーの要領で凶暴性が増している。
「ジャック船長」
整備兵二人組がやって来て、そのひとりが甲板で食費の遣り繰りを考えているジャックに声をかけた。
「ベイムでいい。なんだ」
「やっぱりこの船小さいと思うんです。ぎゅうきゅうですよ、もう少しさあ、大きくしましょうよ! スペースピードがやっていたみたいに、増築ってこと。この船、スペースピードみたいな複雑な改造がされてないような、ベースのままなんでしょう?」
「‥‥‥‥‥‥」
うるせぇなこいつ、とは思うもののジャックも実のところ船の小ささはやはり感じていた。
ジャックは持っていたデバイスの上部にある蓋を空けて、すぐに「用紙」を作成すると、プリントし、それを整備兵に渡した。
「えっと、これは?」
「それに、操縦士および副操縦士の両名、そしてハイ・ムーン‥‥‥これら三名からサインを貰えたら自分たちの思うようにやれ。金は出してやる。誰か一人でも欠けては却下する。また、操縦室の二人や、ハイ・ムーンが文句をつけたらそれに従うこと。理解できたか?」
「やったね!」
聞いていない。
苛立ちながら、自分の仕事を思い出す。
整備兵の二人が去ったあと、ふと、疲れが出てつぶやいた。
「あんたは‥‥‥俺にこんな事をさせたくて‥‥‥家長の真似事をさせたくて‥‥‥死んでしまったんですか、艦長‥‥‥」
疲れてくると、ネガティブになる。
「なんで死んたんだ‥‥‥チクショウ‥‥‥チクショウ、地球人め‥‥‥チクショウ、地球人のせいで‥‥‥ころされて‥‥‥そんなんじゃ‥‥‥宇宙警備隊なんて‥‥‥お、おかざりだ‥‥‥」
デバイスを床に置いて、蹲った。
「まだ俺は、あんたの苗字にもなってなかったのに‥‥‥!」
一度宇宙連邦の基地に寄ることが出来たなら、ジャックは正式に艦長の養子として迎え入れられることになっていた。
「俺もう十八歳だよ、余計な勘ぐりするんでいけない!」と反抗はしたけれど、ジャックには父親がいなかったから、自分を息子として扱おうとしてくれるその優しさに、本当は甘えたかった。
今更吠えるのをやめたら、研いだ牙が痛くって‥‥‥。
ほんとうは‥‥‥
ジャック・ミレニアム、という名前になるのを‥‥‥ほんのすこしだけれど‥‥‥待ち遠しく思っていた自分もいて‥‥‥。
そうして何時間が過ぎたのだろう。
蹲っているうちにねむってしまっていたらしい。
副操縦士のアンナ・ミクロに肩を叩かれる。
ジャックがやたらと吠えるのは、恐怖心と警戒心のダブルパンチと自分ばかり生存してしまう事への罪悪感を紛らわせる為で‥‥‥。
それがなくなったら、この少年はどんな根性を持って生まれるんだろう、とアンナは十歳以上離れた弟──というか、甥ほどの年齢差の彼を思いながら肩を叩いた。
「なんだ‥‥‥おい、なんだよ、船の改造案がそんなにいけないかよ。人がやろうとすることばかり否定しやがって‥‥‥」
「ねえ、違いますよ。こんなところでねていたら、風邪引くっていうんです。宇宙は寒いんだから‥‥‥なんでここにいたんです、仕事なら船の中でもよろしいでしょうに」
「船の中は俺の居場所じゃない」
ジャックは意地になって立ち上がると、デバイスを持ち上げた。
「あなたの船だろ?」
「あいつらの家だ」
「メインブリッジだって、用意されてるのに」
「メインブリッジは怖いから嫌だ」
ジャックは言うと、アンナの続きの言葉を無視して歩き出した。
その日の晩に、スキャットピードのコミュニケーションルームで乗組員たちが飯を食っていると、部屋の隅にあるテレビで「異端児」の特集がやっていた。
「船長呼ぼうか?」
「解釈違いでテレビ局に電話をかけかねん」
「ハハハ」
その番組では、「異端児にて」をはじめとした、異端児についての書籍からの引用や、彼の活躍を研究している学者へのインタビューが添えられていた。
こういう番組では、スペースピードへのインタビューは行われず、「取材を申し込んだが、『断固拒否する』という返答があった」という言葉がひとつ厭味ったらしく挟まれるばかりである。
「最近では、異端児を思わせる活躍をする者も多いですよね! スペースピードの〝黄金児〟とか、最近はスキャットピードの彼も〝風雲児〟なんて呼ばれ始めていましてね」
芸人が言うと、女優が「私、彼に助けられたことがあるんです」と打ち明け、ほかのゲストたちを喜ばせた。
「私が、テロリストに狙われたっていうときで。‥‥‥はい、あのときです! 緊急事態だっていうんで、ファイターのコックピットに‥‥‥膝の上に乗せてもらったんですけど、とても乱暴な物言いで不良青年をイメージしていたんだけど、私に、『舌を噛まないように』って言いながら、ゴムボードを用意してくれたんです」
ゴムボードというのは、戦闘機に乗り慣れていない者が宇宙の独特なGに耐え兼ねて刃を噛み潰してしまう事への対策として取り入れられたアイテムで、非常に融通の利くゴム製の小さな板である。
「ただ、本当に言葉遣いが乱暴で‥‥‥でもね、でも、的確に、コックピットとファイターを切り離していて、わたし、思わず『殺さないんですか』って言っちゃって‥‥‥えっ!! 違います、殺人鬼じゃないです私。ハハハ‥‥‥で、その、風雲児さんは‥‥‥『殺したって悲しい気持ちが深くなるだけだ』って‥‥‥ほんとうに、ほんとうに‥‥‥」
優しい人なんです、と女優チャーミング・キュートガール。
彼女の言葉を聞きながら、テーブルに肘をつき、ハイは「優しい人」という言葉を頭のなかで反芻させた。




