第20話 馬鹿
今更ですけれどもネ
「」←じっさいに言っているコト
《》←心の中で言っているコト
でお読みくだされ
「整備兵でも、宇宙警備隊の人間ですので‥‥‥僕から言えることは、その怒りの力を、殺すために使わないでいただきたいです」
「地球人が、簡単に言う‥‥‥!」
宇宙海賊があの艦を狙ったのは、艦長が火星人だったからである。
ファッションの中心地と言ったって、所詮は移民だ。
ポリティカル・コレクトネスのファッションショーなど、意味がないとでもいいたげに、火星人は‥‥‥おもちゃ!
人は、生まれてくるべきではなかった。
「言うのは、簡単ですので」
「もう、黙ってくれ。黙って、そして‥‥‥‥‥‥」
ジャックはアルマジロの真似事をして、泣き出してしまった。
あの時──母と姉が殺されたあの時のことを思い出してしまった。
異端児は、地球人だった。
──『頭を冷やせ、ガナム。その怒りは人を思う優しさのはずだ』
地球人なのに、本気で怒ってくれた。火星人の為に。
だからこそジャックは異端児という男が好きで‥‥‥。
火星では異端児のことを好きな人は多かった。
「俺は、異端児になれないよ‥‥‥」
異端児が神経衰弱を患ったと聞いた時、次の異端児のような時代のリーダーが現れるまで、頑張らなくてはならないと思った。
例えば異端児が復活をするとしても、時代を引っ張る者は必要で‥‥‥ジャックはそれを待つつもりで。
頑張らなくちゃ、ならないよ。
「待っちゃ‥‥‥くれないんだ‥‥‥時代は‥‥‥リーダーが生まれるまで‥‥‥俺が頑張るんだ‥‥‥」
「リーダー?」
「異端児は逃げられたんだ、ようやく時代から。‥‥‥次の異端児が‥‥‥この時代を先頭きって歩いていける人間が、必要なんだ‥‥‥きっと、それは‥‥‥黄金児じゃない‥‥‥やつは足が早すぎるから‥‥‥弱者の心を、理解しきれない‥‥‥たくさん努力して、たくさん苦労して、たくさん頑張ったやつが、引っ張らなくちゃならないんだ‥‥‥」
「そうなんですね」
「異端児は時代の土台を作った‥‥‥明日を作るのは黄金児のような天才でも俺のような出来損ないでもない」
ジャックが立ち直る理由は、「次のリーダーが現れるまでせめて持ちこたえる」というものだけだった。
母と姉が殺されて、メッキリポッキリ身寄りがなくなったあの日から、異端児に感謝しながら地球人を憎んだあの日から、異端児に惚れ込んだあの瞬間から、ジャックにとって、擬似液体で満ちたこの宇宙という空間は、泳ぐ為の海ではなく、沈む為の水槽でしかない。
「乗ってやる。ゼロワンは何処か!」
「カモフラージュ用の、二十メートル級宇宙船に乗せています」
「宇宙船に?」
「買ったんですよ。僕の方は金があるので」
「また、無駄な金の工面をする‥‥‥!」
「では、せまいコックピットに僕を膝の上に乗せて、行こうっていうんですか。ずいぶんとアベックじみたことをするんですね」
「‥‥‥‥‥‥」
「わかったら、はやくいきましょう」
ハイはその二十メートル級宇宙船を宇宙警備隊および宇宙連邦政府に登録する際、 「スキャットピード」という名で提出したらしい。
船の赤い装甲には白でその名がペイントされていた。
「赤か」
「赤い流れ星ですよ、それとも終着駅のほうがお好きですか」
「赤色は見にくいんだよ。白く塗るんだよ」
「注文の多い人ですね」
「俺の個人的な意見なんだから、俺一人でやるに決まっているだろ」
意地を張っている顔だ、となんとなくわかると、ハイは肩を竦めて昇降機に乗り込んだ。
「船内、案内しますよ」
「いらん。‥‥‥マシンデッキだけおしえろ」
「また意地を張る‥‥‥わかりましたよ。こちらです」
「操舵手は雇ってないのか」
「この程度なら僕でもできるので」
「自分の身に合わん仕事をするな。整備兵だろ」
ジャックは自分のデバイスを操作して、スペースピードはどうしていたか、というのを調べてみる。
スペースピードの乗組員、ガラーキーの「異端児にて」という本に、二人時代のスペースピードが書かれていた。
「初期のスペースピードも二十メートル級なのか。半ば僕たちに状況が近いですね。僕はあなたに惚れちゃいませんが」
「‥‥‥惚れられては困るんだよ、余計な口を挟むな」
どんなふうにしていたんだろう、と読んでいく。
〈異端児というあだ名をつけられた彼の意外な素顔、というような章にしようと思っていたけれど、私のこの計画はそくざに打ち砕かれた。彼はスペースピードにいるうち、はじめから操縦室に張り付いていたらしく、また私が乗ってからもずっと操縦室とマシンデッキの往復しか専用な人で、ときおり便所に出たり、風呂に入ったりという意外はまさしく根を張っている人でした〉
という文を見て、不安を覚える。
そして、二人の頃のスペースピードの役割分担を纏めると「異端児サブロー‥‥‥フネの操縦」、「ビリー・ガナム‥‥‥炊事、洗濯、戦闘機のメンテナンス」‥‥‥ということがわかった。
「うちのスキャットピードは優秀な最新型の自動操縦システムを入れているので、あなたは操縦室から出ていいですよ」
「誰も籠もろうって言ってんじゃないんだよ」
スキャットピードが港を出ると、周囲が四十メートル級だとか、五十メートル級だとかのなか、自分の船ばかりが小柄であるのは、なんというか、やるせない気持ちになって、ジャックはシミュレーションマシンから出るとすぐに操縦室に向かっていった。
その忙しない動きをマシンデッキのすぐ横にある道具室の小窓から眺めながら、「主人公になるとしたら、まさにあんたのような人でしょうに」と、自分がいまだ何をなしたのか分かっていない男への呆れをこぼした。
英雄のいた伝説の船──スペースピードとスキャットピードの航路がぶつかることはなかった。
異端児のいないスペースピードを見て、メンタル激弱男ことジャック・ベイムのガラスのハートにヒビでも入ってしまうのは、さすがに困るからだった。
なんとなく、船を泳がせて、悪人がいればジャックが勝手に出撃していく。
「セカイダーによく似た機体が活躍しているらしいぞ」というのは、すぐに噂になった。
ゼロワンの姿はすぐに写真に取られ、雑誌に載った。
その記事を読み、「後追い」扱いされたことに腹を立てて、その雑誌の記事を書いたライターを呼び出し、丸々八時間「俺のようなのと異端児を並べるのは、異端児や彼の弟、またスペースピードの乗組員たちに失礼だとは思わないのか」という説教をした。
そんな事があった二日後に、【後追いあらため、ゼロワン・セカイダー】という記事が新しく雑誌に掲載されたが、そのうちの〈パイロットは異端児の意志を継ぐ心優しき青年〉という一文にジャックはまたも激怒し、今度はまる二日怒りをぶつけた。
俺のようなのが、異端児の意志を継げるものか。
俺のようなのが、心優しい青年なものか。
異端児にできることが何一つできやしない、二十機脅すのに「分」もかかってしまう出来の悪い宇宙警備隊の恥晒しだ。
そういう、自己肯定感の低さが奥底にあるのだから、ジャックは焦ったように怒るのだろう。
一〇六年の十二月七日、月に一度、日用品や食料を調達するために、二人はちかくにあった小さな惑星に降り立っていた。
星の名はキャーバリアといった。
野菜が豊富で、ジャックはカブの大きさに感動をして、「火星では育ちようもないものだ」と農家をほめてたたえた。
その一歩後ろで、「この人、こんな顔もできるんだな」と少し意外そうに思いながらも、頭の別のところでは「こんな野菜なんての、いっさい同じだろ」とも思った。
「この大きなカブ、貴方が食事をとるようになるんなら買ってもいいですよ」
「俺が飯を食うわけないだろ」
「‥‥‥じゃあ、買うの禁止ですよ、ほら戻してくださいな」
ジャックはやはり飯を食おうとしなかった。
ハイはなんとかしてこの男に飯を食わせたかったが、意地でも食おうとしない‥‥‥ジャックは、意地になると、本当にやらなくなってしまうので、面倒臭い。
クッソ面倒臭い。
《ほんとう‥‥‥馬鹿みたい。この人、子供なんだ‥‥‥ずっと子供みたいな意地を張るばかりで、自分が誰かの何かとは考えないんだろうな‥‥‥でも、事実‥‥‥この人はいま、誰でもないから‥‥‥》
母と姉を地球人に殺されたと言う。
おそらく、ジャックには父はいないんだろう、身よりもないところを宇宙警備隊のあの艦長に拾われたからかろうじて宇宙警備隊でいたけれど、艦長がいなくなったので、飛び出したんだ。
暴走車ではあるけれど、あくまでレールの上を走ってやるという優しさはあったんだ。
「変な人」
「なんか言ったか」
「いえ、なにも」
「‥‥‥‥‥‥」
想い人と、こうしていつも一緒にいると、自分というのがわからなくなってしまうなァ‥‥‥というのは、ジャックの経験から来る嘆きである。
ジャック・ベイムという男は、ハイ・ムーンという氷のような整備兵についうっかり一目惚れなんぞしてしまったので、いつもいつも胸の中で痛みが増していく。
モワモワと湧き上がって‥‥‥染み込むと辛い‥‥‥。
嫌な黒煙が頭のなかで、腹のなかで、喉の下で‥‥‥。
湧き上がって‥‥‥。
時折廊下の片隅で立ち止まって、吐き出してしまおうとするが、いつもそれを失敗させてしまうので、いい面の皮。
「ベイムさん、さすがに、二人は難しいので人を雇いましょう。あなた金なんて使わないんだからたまりに溜まっているでしょ」
「そりゃあ、あるけれど」
親の遺産も、保険金なんていうよくわからない恐ろしい金も、すべてを一身に背負っている。
「まぁ、いいか‥‥‥」
いっそう無尽蔵に雇ってしまって、自分の好みの女性でも来てくれれば、あるいは、ハイ・ムーン好みの人でも来てくれれば‥‥‥。
新しい自分が必要になっているんだ。
頭が悪いから、こういうことてしか自分を捨てることができない。
あるいは捨てるべきではない人間の領域なのかもしれないが‥‥‥宇宙に居ておいて、恋をできるほど、器用ではない。
ジャック・ベイムは異端児ではない。
ジャック・ベイムは‥‥‥断じて、異端児では‥‥‥。
「‥‥‥雇おう、お前の気に入った人間でも、どんだけでも連れてくるといいさ‥‥‥さっさと、やるんだよ」
喜怒哀楽が忙しくて、心臓が目尻にあるのではないかという幻覚まで見えてしまう。
「ベイムさんはどのような人がお好みで」
「誰でも変わんないだろ。俺の邪魔をしないやつがいい」
操縦士を三人、雑用兵を二人、整備兵を四人‥‥‥計九人の新しい乗組員が入ってきた。
全員の自己紹介を終えると、ジャック・ベイムは「俺はお前らの名前も性別も顔だって覚えるつもりはない」と言って、シミュレーションマシンに籠った。
乗組員たちは、「なんだあいつ」と思った。




