第13話 サーティーン
なぜこの世なんぞに風が吹くのかを考えたことがある。
風が何処からやってくるのかを考えたことがある。
風が吹くから花が散るのかと、考えたことがある。
風なんて、風なんてのがあるから。
風よりも必要なものはあるはずなのに。
ストレスがかかる。
かさばる荷物をいったん地面において、枕にでもできたらいい。
しかしそれは、許されざることであったから、人はいつも耐えるしかなくて、絶望的ではないか。
人に生まれたなら、耐えるしかないのか。
‥‥‥‥‥‥。
目を覚ました。
「‥‥‥‥‥‥」
目を覚ましても、隣には誰もいない。
操縦室の簡易ベッドの上で、背中が痛むのを感じながら、心が死んでいくのをじわじわと理解していく。
「おっ、アニキ起きた。最近なにかと寝っぱなしだね」
「代わるよ、君も寝るんだな」
「わかった」
時代が進む必要がある。
自分には、この時代は耐えられない。
空暦なんぞ始まりさえしなければ、こんな時代はやってこなかった。
サブローは「はやく」と呟きながら、桿を弱く握った。
《はやく、俺の持つ全てを、バベルに持たせなけりゃあ‥‥‥この船を降りるのもできんのかもな‥‥‥》
実際、サブローの心は限界に近かった。
雨中に出る前も、出てからも、息をすれば不幸ばかりが訪れるので、最近は重力の中にいても足元が膿んだ板張りの上にブーツで立っているような感覚に襲われる。
空暦が宇宙連邦政府により全世界適応され、地球の暦を起点にして「十二ヶ月」が誕生し、それにより太陽系地球人への微量なヘイトが生まれたことから、いらん不幸が起こった。
なぜ地球を起点にしたか。
地球人が他惑星より宇宙への関心が高かったからである。
そんな程度のことを理由にして、地球は宇宙の中心になり、地球の環境は浄化され、一部により「聖地」と呼ばれているらしいのは、他惑星の人類にとってはあまり嬉しくないニュース。
火星人と地球人といういらん対立関係も空暦が始まってからのこと。
空暦には、何もいいことがない。
恋人は、死んだ。
「‥‥‥破壊、か‥‥‥」
「え?」
「ん?」
気がつけば、ガラーキーが操縦室のドアのそばにいた。
「いつのまに‥‥‥」
「ずっといましたよ。何度声をかけても無視をするものだから、コミュニケーションルームに帰ろうと‥‥‥気づいていなかったんで?」
「考え事をしていたんだ。すまないな、何か用か?」
「ダンさんが来て、いろいろ持ってきたんですよ。その中に地球のものもいろいろあって、たまにはサブローさんも交えてお話はどうかと思って」
「‥‥‥行こうかな」
サブローは自動操縦に切り替えて、操縦室を出た。
「地球産の?」
「はい、いろいろあるんです」
「楽しみだ」
コミュニケーションルームに入るのは久しぶりの事だった。
「よう」
シコームはサブローを見ると、小さく手を上げた。
「ああ、どうもありがとう。地球のものも持ってきたって言っていたが‥‥‥どこか?」
「これだ」
「ギターか‥‥‥父が弾いていたのをおぼえてる。本当にかっこういい男はギターが弾けるやつって言っていたな。父のギターは、祖父の形見らしく、一面が真っ赤なんだ。あれと同じのを探してみたけれど、何処にもないんだな」
「アニキ、そのギターっての弾けんの?」
「どうだかな‥‥‥いまおぼえるよ」
指に宇宙が絡まる。
弦に指をかけて、弾く。
拙い演奏から、どんどんとスムーズになっていく‥‥‥綺麗な音が出るようになってくると、バベルは「フランシスコ・タレガだろ」と煙草をつけながら言った。
「意外と文化的なんだな」
「バカにしちゃって」
「フランシスコ・タレガ?」
「地球の一番かっこういい男だよ。空暦以前の英雄さ」
ラグリマ。
「なんか悲しくなっちゃうな〜、もっと明るいの弾いてよ!」
「明るいのは、わからんな‥‥‥オロロンバイ‥‥‥」
「なーんだそりゃ」
「どうも立派にはならんね。俺はやっぱり、いっとうの口笛よ」
「お前の口笛はよく響くものな」
「ちっちゃな地球には合わんもの」
ふと、サブローは衝動的に言った。
「俺だけ不幸なのは、やっぱり許せんな」
「えっ?」
「俺の周りにだけ死の臭いっていうものがずっとあるのはやっぱり納得はできんのだよ、わかるか」
「そりゃあ‥‥‥そうなってもおかしくはないが‥‥‥」
「だから、俺は破壊を選ぶよ。やり方を変えるんだ」
「破壊って? なにを?」
「目の前にある脅威というものは積極的に潰していくことに決めた。それができんので人は死ぬっていうのがわかってしまったので、力を持たない誰かのかわりに、それを破壊する。大真面目に考えたんだ。多少、いわゆる、暗黒の面に落ちちゃった考え方をしているかもしれないけれど、俺は‥‥‥これ以上誰かを失いたくない。俺だけが不幸なのは嫌だ。俺は幸福になりたい。だから、俺も君たちも、君たち以外のすべての善良な人々が幸福になる方法が生まれるまで、破壊し続けることにした。すべての人々だ」
シコームはその「すべて」には自分は含まれないのを知っていた。だから「そりゃあいい」と他人事のように言った。
「もちろん、君もだ、シコーム・ダン」
「えっ」
「何を意外そうにしている? シコーム・ダン‥‥‥君が不幸になってならないことくらい‥‥‥俺にだってわかる。要するに‥‥‥君が辛抱ならんと思えるまで、この船にいてほしいということだが‥‥‥」
「俺は傭兵だぜ‥‥‥金で買われりゃなんでもする狼だ」
「なら俺は犬笛を吹くさ」
後先なんか考えちゃいられない。
サブローは青い花をミャウミーの墓に供えたのだった‥‥‥ミャウミーは、青が一番好きな色だったから。
そうしてから、スペースピードは尋常維持機構との本格的な敵対位置の最前列に乗り出すことになった。
装備も一新し、新たな動力源であるクライムジェネレーターが宇宙粒子ある限りエネルギーを生み出せる代物で、エネルギー切れを起こす必要もないので、強化版のビーム「イナズマビーム」を作り出すこともできるようになった。
そして、小規模のブラディ・オンを行うために、セカイダーの人型変形時に「人型兵器専用ルールブレード」を作った。
この巨大なルールブレードの設計と開発には、兵器開発を得意とするマグレー社がかかわっている。
「我々も不死にされちゃ堪りませんからね、この度はどうもよろしくお願いします」
「しかし、すごいですなァ! このセカイダー! それにクライムジェネレーター! この大型が人のカタチに、〇・五秒程度で変形するのには莫大なエネルギーがかかりますが、クライムジェネレーターのおかげで、それが可能になってんですよ」
「わかっているよ。尋常維持機構が終わったら、マグレー社にこの技術を売り込むから、高く買ってくれよ」
「そりゃ、当然!」
技術者たちは、興奮しながらセカイダー用のルールブレードを作っていった。そして、そのルールブレードは他人型兵器のブラディ・オンにもと量産されることになる。
「こんな大胆に動いているんだから、尋常維持機構のれんじゅうも相当の兵器を用意しているはずだから、つよい兵器が作れたって、油断してはならないな」
レオレオ・デイバリーズというマグレー社の技術者は、意思拡大機という「生体電気を拡大するための機械」の試作を作り出し、シコームに渡した。
意思拡大機を取り付けたシコーム機は、三分間のブラディ・オンが可能になり、黄色に変色した。
「なるほど、生体電気を拡大して、非常時の一時的な戦力強化ができるな」
「まだ試作機なので、三分間だけですし、三回きりですが‥‥‥」
「十分に思えるな。シコーム・ダン。どうだったか?」
「かかるGが強すぎるな。並大抵のパイロットじゃ扱い切れんぞ」
「機体を衝撃を吸収できるような改造を施すしかあるまい」
この装備で戦いたいな‥‥‥というのは、シコームとサブローが同時に思ったことである。
空暦一〇四年・七月九日。
この日を境にして、空暦における戦闘機の常識に、「人型変形」が付け加えられた。
これはパイロットにとっては祝い事の一つに数えられることだったし、実際世間では技術の変化として「すごいね」と語られることの一つだったが、整備士からしてみれば「ふざけてんのか」と言いたくなることだった。
この一報は尋常維持機構にも届いており、戦場において人型になる意味というのは全く無かったが、「あいつらがそういう事をしてくるならこっちだってそういうことをしてやる」という意地で、ほとんどすべての技術者が、独特な人型変形を編み出していくことになった。
尋常維持機構のパイロット、地球生まれのゴロー・シシドは人型が付け加えられたことにより全く変わってしまったコックピット内部の様子をみて、「こりゃ相当練習しなくちゃならないな」と覚悟した。
ゴローは、ヘルメットをかぶりながら、「滝め」と面白そうにつぶやいた。
じつは、この男は昔にサブローと会ったことがあり、そして一緒になって地球で戦ったこともある男だった。
《ただ喧嘩が得意なだけじゃなかったのかよ、あのネクラ‥‥‥!》
「異端児だレディカノンとかさぁ、宇宙警備隊のれんじゅうはまだモアで人型変形をそなえたファイターに慣れてるからいいけどさぁ! 俺たちは、由緒正しい戦闘一本のマシンでやってきたんだぜ!?」
「文句を言うなよ、生まれは地球のエースだろ」
「言わなきゃやってらんないよ!」
鳴らしの運転ではたまたまうまくいったが、やっぱり慣れないところがあり、これに慣れ切るまで練習しろというのはアップルフレームが擦り切れる。
「どうしてこう、知的生物って‥‥‥滝もだ、何考えてんだ‥‥‥アイスガイだなんだとおだてられて調子に乗ってりゃいいものを、宇宙に出て死の商人の真似事かよ‥‥‥なにごとなんだ、最近の宇宙はいろいろおかしいな」
花街のバーで滝三郎がアイスガイと呼ばれたところからの仲として、滝三郎が異端児とよばれはじめた空暦百年を皮切りに、宇宙におかしな風が吹きはじめているのを、ゴローは薄々と感じてしまっていた。
「スラスター壊れたぞ!」
「またか!」
「ガソリンでも電力でも燃料に制限がある以上、いろんなところにガタが来るんですよ、これもうどうしようもないですよ」
オーゲ・サンデという技術者が言う。
「サブローはどうしてんだ?」
「知りませんよ。俺の案採用してくださいよ。スラスター付け加えるんですよ、壊れた先から取っ替えたらちょうどいいじゃないですか」
「つけくわえる? とっかえる?」
スラスター部分をいくつか持ち運ぶのだと言う。
「機体が大きくなりすぎる、俺だけじゃなく、外パイロットにも不便が出てしまうから不採用だ」
オーゲはゴローを殴った。
「慣れればいいでしょう」
「え、えぇ‥‥‥む、むりだよ。お前、そんな、ゲームじゃないんだから」
オーゲはゴローを殴った。
「慣れろ」
「‥‥‥はい‥‥‥」




