第10話 想いに気をつけて
金庫島につくまでは楽だな、と思っていたが、そうはいかない。
雇われた傭兵の戦闘機が二十機ほどスペースピードに群がってきたのだ。
「そりゃあ、スペースピードは有名だから目立つだろうしな。どうする? サブロー」
「バベル、操縦代われ。ビリー、出るぞ。ガラーキー、ここに座っていろ」
「了解しました」
二人はマシンデッキにのぼって、それぞれの機体に乗り込むと、すぐさま発進した。
バベルはサブモニターでサブローの戦闘を観ていた。
サブローは二十もある機体の中に無策のように突入していき、一斉にビームの放射を浴びるが、それをすべて回避してみせた。
いままでは五円玉の穴から行っていたような回避運動をとってもベリー・クリアな視界のなかで行えるようになり、本当に当たらなくなってしまった。
《凄いな、凄いが‥‥‥目が痛くなる!》
老後は地球でセスナにでも乗ろうかと考えていたサブローにとって、
この目に障害がのこるような仕様はやっぱりうんちだった。
しかし、やると言ったのだからこれでやり切る。
「ああ、もう、邪魔ァ!」
前言撤回、視界トレースシステムを切り離し、敵機に投げつけた。
ビームの直撃を受けた視界トレースシステムのパイプからは宇宙粒子が漏れ出し、爆発を起こした。
その光を浴びて、メインモニターのつまみを乱暴に吸って、明るさを落とすと、爆発のなかに突撃していった。
パイロットには癖がある。
サブローに関しては、「誰もここからは出てこんだろう」というところから攻めるのが好きだった。
誰も予測していない特攻に、ビリーはビームで誘導しながらサブローが当てやすいように敵機の動きを制限するように桿を廻して機体を旋回させた。
左翼を撃ち抜くようにビームが発射された。
直前に感知したサブローがぐるんと機体を廻し、そのビームを回避すると「この殺気の鋭さは」と分かったらしい。
「シコーム・ダン!」
ガラーキーは「来ちゃった」と呆れたように言う。
「ビリー、雑魚の相手は任せたぞ」
「は‥‥‥? はぁ‥‥‥!? 馬鹿野郎、十五機全部相手しろってか! 馬鹿野郎、仕事中に棒タレ握ってんじゃねぇ!」
「そんなに元気なら出来そうだな、任せるぞ」
「アホォ‥‥‥!」
シコーム機は「ついてこい」とでも言うように、上昇していく。
上昇の末に、白を基調として黄色のラインを走らせたシコーム機はビームの連射でサブロー機の動きを縛ろうと試みたが、やはりサブローは連射のなかで、五通りの経路を見出し、「ビームのケツは当たったところで大したダメージはない」と呟きながら、シコーム機との距離を詰めた。
ビームレイン、継続、次弾五千発。
それを避けながら、サブローはバルカンを連射した。
《乱心か? ‥‥‥タキめ、挙動がおかしくなってるぞ‥‥‥?》
シコームがサブロー機の挙動に違和感をおぼえながらもバルカンを回避すると、加速装置をひとつつけたサブロー機がシコーム機にぶつかるように、スレスレのところをとんでいく。
《なんだ!?》
「ケツをとられたか!」
《違うな》
バルカンの連射が扇状に広がり、シコーム機を襲う。
《なんだ、そんな攻撃当たらんぞ!?》
サブローは両方の桿を絞りながら廻し、ペダルを踏みしめて、「当てるのさ」と呟いた。
ジェットの噴射でブーメランのように回転しながら、その噴射が弾丸の動きを変えた。
意図的な不規則のジェット噴射は、弾丸をビーム発射口に向かっていき、シコームのコックピットにエラー表示を起こした。
いまのサブローは「寝る前に考えていたシコームとやりたいこと」を目一杯やっている状態である。
ビリーは「キモすぎるだろ」とつぶやきながら、全機落とし、傭兵全員の生存を確認していたところだった。
傭兵たちはスペースピードのマシンデッキのモニターでサブローとシコームの戦いを観戦していた。
「俺たちファンなんだよ」
宇宙ではサブロー機がシコーム機を一方的に追い込んでいるように見えた。
しかし、サブローは「こんなに押せるなんて怪しいな」と引きどころを見計らうため、サブカメラをサブモニターと接続していた。
《ここ!》
《ここ!》
シコーム機が隙を感知して改造で搭載したバルカンを連射させると、サブローはそれを見計らい、回避しながら、ビームを連射した。
《んん、当たらんか‥‥‥! やはり異端児! こいつのほんとうに怖いところは、射撃能力もそうなのだろうけれど、回避能力だ! 見えていますと言わんばかりに避けるんだからな‥‥‥!》
これは、サブローの祖父・赤木次郎がルーツなのだろう。
ジロー・アカギという男は空暦二十二年の時代にほとんど視界のないモアでビームとバルカンの乱射を全弾回避するという異常を成し遂げた。
ジロー・アカギという男は「失望」という言葉を残し切腹により死んでしまっているのを発見されたが、ともあれ、血は流れるものである。
「まさに『電光石火の男』ときた!」
シコームは悦ぶように叫びながら、桿をぐんと突き回した。
「数年に一度こうして殺意をぶつけ合うだけでも下腹部に熱いものがあるな‥‥‥」
シコームは回る映像を見つめながら言った。
やはり、自分が「興奮」しているというのは、確定的で理解しておかなければならないことだった。
自分をここまで熱くさせる者が──しかも、特徴といったものも大してないと言われる太陽系星人が──現れるとは。
今も的確にコクピットと戦闘機の接続部分をビームで狙ってくるサブロー機に照準を合わせ、ビームを放つ。
避け合い、撃ち合う。
まるで二つの稲妻がぶつかり合うように、黄色と白が走る。
そこに、バベルからの通信が入った。
「スペースピード、そろそろ金庫島つくよ!」
「そう、か‥‥‥! わかった、合流する! 脱出ポットに傭兵たちを入れて、離してやるんだぞ」
通信を拡声器にして、シコームに告げる。
「この場は俺の勝ちだな、スペースピードは目的地に到着する。よって俺もここを離脱する。いい空だった」
「サブロー‥‥‥タキ!」
「なにかね?」
シコームは、数年前の、あの子供的な感覚の残る声とは違って成長しきった男の、喉仏の揺れるような声色に少しとどまらない気持ちを震え上げながらも、続きを言った。
「酒は、飲むか? 煙草でも」
「ハハ‥‥‥」
その言葉の意味は、理解している。
「飲まんよ、ファイターに口はない」
戦闘機という仮面がなければ、我々はただの地球人とファーリピア人ではないか、という。
暗に伝える言葉だけが、シコームのコックピットに響き返った。
「‥‥‥ふふ‥‥‥」
シコームは、どうあったのか、ヘルメットを脱ぐ無重力感に揺れる毛並みを撫でながら、「自覚した」と言う。
通信は切られている。
「自分を売り込むのもやぶさかではない」
たとえあの船に自分を使い切れる力がなくとも。
所変わり、サブロー機がスペースピードに追いつくと、金庫島の関門だった。マシンデッキにサブロー機がとまるのを確認すると、「船長確認」と言って、門番は敬礼した。
「これにて一件落着!」
「バベル、お疲れ様」
「いや、どうも‥‥‥大型船ってのは、小型のスポーツ用に比べてもレバーが重くて手汗がすごいな‥‥‥」
「グローブは毎日変えろよ、匂いがな」
「わかってるよ!」
アレンデに戻り、担当の者と話をつけ、口座に報酬の五五〇〇万リデが入ったのを確認する。
星を出ると、ビリーが「大金も手に入ったことだし」としばらく遊んでいきたいと言う。
「お前も休んたほうがいいだろ、いつも桿ばかりにぎってないでさ、たまにはスロットでも回してこいよ」
「博奕かい? スロットなんての、ありゃダメだ」
「スロットはダメ? 嫌いか?」
「スロットだルーレットだなんてのは、歯抜けのやる遊びだよ」
「じゃあアニキ、競艇行こうよ。勝つフネ教えるよ」
「博奕は嫌いなんだよ、そもそも‥‥‥お前もまだ未成年だろ」
「つれねーの」
スペースピードはドーナツに向けて飛んだ。
コミュニケーションルームでガラーキーが「すいませーん」とペコペコ頭を下げながら、原稿用紙をばらまいていたので、バベルはそれの一つをとって見てみる。
「えっ、アニキってよく転ぶコだったんですか」
「あっ、バベルくんお疲れ様。そうだよ、ちょっと前まではなんにもないところで転んでいてね。『なんでなんにもないところで転べるんだよバーカ』みたいに言われると拗ねちゃうんだ。他にも、よく失敗ばかりしてたね。できることを数えたほうが早く終わるくらいに」
「不器用と言うか、ドジっ子だったんだね」
「ビリーさんいわく『鈍臭いバカ』だってさ」
「へぇー‥‥‥っていうか、これなんですか?」
「私、実は記者なんだよね。ライターの仕事もしてる。本を出そうと思うんだ、異端児・サブローに関する本。ようやく一冊出せるくらいになったから、エピソード選んでたの」
アニキの本! バベルはきゃっと驚いて、「いいこと聞いちゃったな」と少し笑みを浮かべた。
原稿用紙のいくつかを見ながら、「あれっ」と思う。
「でもこれ、あんまりアニキの生い立ちとかないっすね」
「んん。そこはまぁ、彼も言いふらしてほしくないだろうし」
あんまり人に言いたくないような過去?
気になる。
「君がサブローさんの弟になったなら、知る機会はいつかあると思うから、聞かないであげてね」
「えっ? ハァイ」
「でもね、何があっても今の彼はほんとうの彼なんだよ。あの人の‥‥‥お兄さん、かな。お兄さんの日記にね、書いてある『サブロー』っていう少年は、今の彼に近いの」
頑張ってるんだろうけどね、とガラーキー。
まるで気になる弟を見守る姉のような声色だった。
そういえばこの船の最年長であるらしい。
八十三年生まれの二十一歳・サブロー、八十年生まれの二十四歳・ビリー、八十六年生まれの十八歳・バベルときて、ガラーキーは七十九年生まれの二十五歳。
姉の感覚でもおかしかないな、と理解を示す。
操縦席の簡易ベッドに横になりながら、サブローは艶消しがされた鈍色のフルフェイスのメットを被った。
遺言。
『はるか未来のその先を、君が笑って迎える為に、何が必要かを考えた。君は多くを持ちすぎた。全てにおいて才能があって、だから人を頼る方法が〝失敗〟しかないのだろう?』
惜別。
『君は何でもできる男で良いんだよ。何でもできる君を愛する人はいるんだ。人に愛されたい君が、人に愛されたいままでいられないのは、俺のせいだとわかるんだ』
哀愁。
『君は生きるべきだ、どうか私の後は追わんでくれよ。君が生きているだけで、この世の未練はなくなるもんだ。君が強くなってくれてうれしかった、私にも届いたよ、君の名が』
後悔。
『‥‥‥‥‥‥…』
いつも、ここでメットを外した。
しかしその日は、どうも疲れていたらしい。
メットをしたまま眠ってしまっていて、次に起きたのは、自動操縦から手動に変えようと操縦室にやってきたビリーに起こされた時だった。
「ほかの奴に見られたらどうすんだ‥‥‥」
「意味なんてわからんよ‥‥‥」
起き上がりながらメットを外しうとした時だった。
『尋常維持機構に気をつけろ、三郎』
その声が走った。




