第1話 復讐者
鈍臭くて。
ネガティブで。
ダサい。
宇宙船エイカンの新兵ビリー・ガナムは雑用兵の日本人サブロー・タキを完全に「格下の存在」として見ていた。
サブローがいればからかうようなことを言った。
日本にいる家族のもとに帰らないのか、と。
サブローはそういうビリーが苦手で仕方ないけれど、我慢しなければならない理由があった。
全長二六〇メートルの大型宇宙船エイカンは宇宙警備隊の戦艦だが、よく客人が乗る。
サブローは家族を皆殺しにした鉄仮面の男を探していた。
ならば、この船に乗っていればいつか会えるはずだ。
会えなければ方法を変えるので、自前の船を用意して降りるしかないが、どうするか決めかねている。
もしかしたらその男が乗ってくるかもしれないし。
乗ってこないかもしれないし。
そもそも宇宙は広い。
地球中探して見つからないのなら、地球にはいないのかもしれないから宇宙に出たものの、人類が宇宙に出たせいで人間の活動範囲が広がり時効逃れが頻発したこともあり、空暦一〇〇年現在、殺人事件による時効は取り消された。
なら探していいじゃん!
サブローは家族を殺された怒りからか、まともな思考ができなくなっていたのかもしれない。
明らかに効率的ではない方法を選んでいた。
ビリーは戦闘訓練用の重力室で鍛えていたが、その重力室の窓から甲板掃除をしているサブローが見えた。
どす黒い感情を孕んだ目で乗り込んだ一般人たちを睨みつけている。
周囲の宇宙粒子がサブローの感情を浴びて黒く染まっていくのを見ながら、ビリーは重力室を出る。
「タキ! 何お客さん睨んでんだよ」
「‥‥‥あなたは?」
サブローはビリーを認知すらしていなかった。
その目には憤怒があった。
「ああ、ガナム二等兵。どうなされたので」
「なにお客さん睨んでんだって言ってんの」
「睨んでいませんよ。人を探していたんです。鉄仮面をかぶった男です。フルフェイスの鉄仮面。知りませんか。この船に乗ってませんか。乗っていたら‥‥‥」
「知らんよ。なんだ、元カレか?」
小馬鹿にするように、言った。
「殺されました。家族を。全員」
サブローはそう言い残して、次の掃除場所に向かっていった。
殺された?
家族を?
全員?
ビリーはその言葉を頭のなかで咀嚼して、いままで自分がからかうためにひどいことを言っていたのを理解する。
サブローはそれから三日後の九月八日にエイカンを降りた。どうやらこれまでの給料で二〇メートル級の宇宙船を購入したらしい。
ビリーは船を降りようと昇降機に乗り込むサブローを追おうとしたが、気がつけば彼はもういなかった。
「あいつ船の操縦なんてできんの?」
「鈍臭いからなあ」
スペースピード、という名で登録された船は多少の武器を積んでいるらしかったが、その他はほとんどを加速装置に使っているらしい。
「こんな船‥‥‥あいつに乗れるのかよ‥‥‥」
サブローが降りてから船内の宇宙粒子が澄んでいる。
二六〇メートル級戦艦の全体を薄く淀ませるような憤怒を持つ男など、この世を探しても一人もいないだろう。
十一月二十日、エイカンが凶悪なデネラル星人の宇宙海賊に捕まったことがあった。小型戦闘機は全部点検中のことで、おそらく彼らはそれを見越した作戦を立てていたのだろう。
地球人の眼球は変態に高く売れる。日本円にして二兆円。
「宇宙戦艦エイカン! 地球人が三〇〇〇匹! 宝の山だ!」
「こりゃ一生遊んで暮らせるぞ!」
乗組員のうちの三人が眼球を失い、副次的なもので死亡した。
デネラル星人の宇宙海賊は大金を手に入れたので喜んでいた。
全員が遊んで暮らせる量の金!
全員が遊んで暮らせる量の金!
そこに二〇メートル級宇宙船が駆けてきた。
通信がレビア艦長にかかる。
「スペースピード。滝。奪われた眼球六つの所在を確認。奪い返す。邪魔だから手は出すな。邪魔をした瞬間、君たちも私の敵と見なす」
その通信は艦内全体に響き渡っていた。
ビリーは「サブローだ」と分かった。
小型戦闘機を突貫で直し、空に出ると、スペースピードが光の尾を描きながら宇宙海賊の小型戦闘機たちを易々と破壊し始めているのが見えた。
宇宙海賊たちはやられまいと何百発も光線を弾かせるが、スペースピードは華麗に機体を回しそれを躱すと、一発で仕留めていく。
「へたくそども」
「なんだ!?」
「稲妻からビームが飛んでくる!」
精密な射撃。
加速装置激積みに比べて最低限の武器で構わなかったのは、阿呆だからではなく、それだけで敵対者を一方的に殺戮できるという自信があってからこそ。
「すげぇ、きれい‥‥‥」
ビリーは思わず呟いた。
最後のビームが散ると、其処には宇宙海賊たちのコックピットポットだけが残っていた。
「──眼球は回収した。汚れは取り除いたし、俺は触れていないから手術をすれば治る。見えるようにもなろうよ」
どす黒く変色した宇宙粒子は眼球を浮かばせていた。船医が入れ物を持ってくると、眼球は其処におさめられた。
「あの操縦技術はいったい‥‥‥?」
「俺の父は古い時代、警備隊で宇宙海賊に『稲妻』とあだ名をつけられた人なんだ。才能だろ。人間の。君たちは無才だから俺の真似は無理だよ」
話を勝手に終わらせ、その場を去ろうとして自分の足に躓き、サブローは顔面から床に落ちた。
ビリーはそれを浮き上がらせる。
「なんで自分に躓けるんだよ」
「いけないか」
「示しがつかんでしょうに」
ビリーは口を閉じた。
それから暫くして、「お前についていく」と言った。
「ほう。それはなぜ」
「飯は食ってるか」
「飯は食わない。作れんので」
「ちゃんと寝てるのか」
「一ヶ月は寝ていない」
「‥‥‥一人で船を回す必要があるからか」
「そのとおり」
「整備は? できないだろお前、たぶん」
「‥‥‥‥‥‥」
「なら、俺がいればいいよ。俺は船も動かせる」
「ふむ。しかし君は俺にとって精神的苦痛だから、何らかの罰ゲームに思える」
艦内の輪を乱さないようにと気を使わなくなったからか、サブローの言い方は素直だった。
「もう言わない」
「俺が可哀想になられたか」
暫く躊躇ってから、「そうだ」と素直に返した。
「わかった。素直な人間は嫌いじゃない。俺の方は構わないけれど、それじゃ警備隊に示しがつかない。三名の視界が戻るまではこの船にいろ」
「迎えに来るのか?」
「‥‥‥『ドーナツ』にいるよ。そこを探せばいい」
自分で来い、と言うらしい。
「船どうするかな」と考えながら、ビリーは鼻から息をついた。
「それより、宇宙海賊のれんじゅうは大丈夫か」
「ああ、死者ゼロだ」
「そうか。よかった」
「あんなやつらの心配か」
「あんな奴らにも家族がいるはずだ。親だの、子供だの、妻だの、夫だの‥‥‥俺は、誰かの家族を奪いたくない。家族がいなくなるのは、それは‥‥‥それはとてもつらいことだ。哀しくて、みじめな気持ちになることだ。それは、もう、誰にも味わってほしくない」
それから暫くしたあと、空暦一〇一年の二月頃に、ビリーは三人の隊員に「いってこいよ」と背中をおされて、「ドーナツ」と呼ばれる、そのまま輪の形をしたスペースコロニーに小型の戦闘機を飛ばした。
日本円にして百二十億円相当の戦闘機をひとつ見送ったものの、艦長は自分のパソコンに、データが届いているのが見えた。
それを開いてみれば、スペースピードの戦闘データだった。
文章が添付されており、「私なりのお返しです」なんてある。
「タキ流の真面目なのかな‥‥‥いやはや‥‥‥これを、真似しろというのか‥‥‥?」
通常の戦闘機は加速装置をひとつ積んでいる。
どうやらそういうのを加味したうえで、サブローは戦闘技術を計算し尽くして、再現性のあるものにしたらしい。
それをシミュレーションルームで試してみると、たしかにすごい成果だったが、しかし、これだけではあのスペースピードの脅威には至らない。
「この速度で動きながら敵に弾を当てんの、無理です」
「自動ロックオンのシステムもこの速度だと働きやしない」
「ありゃあ、タキの自前のものだね」
いままでそんなものが何処に隠れていたんだ、と。
答えは簡単である。
「お前、いったいいつ操縦の練習してたんだ? あんなの、才能のひと言で片付けられるかよ」
ビリーは似たようなことを思い、本人に聞いていた。
「練習なんて、そんなものはしていないよ。船を買ってからカスタムをするだろ。それに数ヶ月かかった。船のあたらしい説明書をよんで、そのままの足で宇宙海賊と戦いに来たんだ。ビームを出す方法と船を廻す方法だけ分かっていりゃあさ‥‥‥」
「なんだそりゃあ‥‥‥それじゃあ、真面目に練習してる俺が馬鹿みたいだ」
「馬鹿ではないだろ。俺は努力ができない。全部才能で片付くからだ。その点、凡人はすごい。努力すれば、この宇宙でもっとも天才的な俺を超えられるんだ。俺は、努力する才能だけは何処かに落としたからさ」
ふと、ビリーは言ってしまった。
「そこまで天才なら、警備隊に入って合法的に自分の捜査をすればよかったのに」
サブローは足を止めた。
しばらくの沈黙があって、「思いつきもしなかった」とだけポツリと返した。
「えぇ~‥‥‥?」
「俺はいつもそうだ。考えが浅いんだ。言われるまで気付けない。いつもは、姉が‥‥‥そばで、俺を引っ張っていてくれたから、それでも良かった。もう俺は一人なんだから、ちゃんとしなきゃいけないのは分かっているのに、生まれついた性分が消えてくれない」
姉がまだ何処かで引っ張っていってくれるのを待っている。
姉が起き上がらせてくれるのを待ってしまう。
「こんなに情けないんだから、君たちに馬鹿にされても仕方ないな」
「まさか‥‥‥弟死んだことあるから‥‥‥わかるよ、気持ち」
「俺は家族を殺した男を探すよ」
「復讐で、殺すのか?」
「あなたがいらっしゃる。罪を犯したものは捕まり、法の裁きを受ける。西暦の時代から変わらないルールだ。俺は、人殺しじゃない」
生きづらい性分だろうに、と察してしまった。
それからというもの、ビリーはサブローが船内の廊下ですっ転ぶ音が聞こえると「またやってる」と思って起き上がらせに行く。
サブローは面倒臭い男で、転ぶとしばらく思考が停止してしまうらしい。
「古いおもちゃかお前は」とからかうとムッとして五分間は何を話しかけても無視された。




