第16話(改稿後)
第1回の「しんいち会 オフ会」があった次の週の月曜日、俺は登校するため朝早くに西園寺駅にいた。
西園寺駅の狭いホームには花岡市方面に通学する西園寺中出身の同級生や先輩達がたくさん並んでいる。その中でもハナコーの制服が一番多かった。
ハナコーの制服は一見地味なものだ。男は普通の学生服で、女子はグレーと黒を基調としている落ち着いた感じのものだった。
6月ということもあり、合服って言われるYシャツの学生がほとんどだった。俺もその1人だ。夏服(半袖Yシャツ)がそろそろ販売されると先生から聞いていた。
俺はなじみの顔を見つけて声をかける。
「おはよ、大治。何やってんだ?」
俺の中学時代の悪友こと大治は、キョロキョロして落ち着きがない。
「いや、この電車に俺の運命の女の子が乗ってくるかもしれない、って思うとドキドキしてさ」
コイツ、朝からしょうもないこと考えてるな。毎日乗ってるのに、今さら出てくるわけないだろ、そんな相手。そもそも電車で来るメンツなんていつも一緒なんだし。
「へ~、出会えるといいな。俺は出会えそうにないわ」
大治がキョロキョロをやめ、こっちを睨むように見る。
「何言ってんだよ。俺聞いたんだからな、お前が1年屈指のイケメン美少女達とグループ組んだって。お前一体何やったらそんなことできんだよ。メンバーの弱みでも握ったのか?」
お前こそ何言ってんだ、そう言おう大治の方を向いた、その時だった。
奥の女子グループからつやつやとした長めのポニーテールが風に揺られながら近づいてくる。
顔を見なくてももちろん誰だか分かる。夢乃だ。
ん? 何か、夢乃がニヤニヤしてるんだけど。
そう思っているうちに夢乃が俺と大治の目の前に来た。
「おはよ、慎一。あれ~、私って慎一に弱み握られてたっけ?」
夢乃はいたずらっぽく言う。
そんなこと、あるわけないだろ。 俺は全力で首を振る。
「ちょっと、何てこと言ってんだよ、夢乃。人聞き悪いこと言うのやめてくれよ」
俺の慌てた反応を見て、夢乃は更に心底楽しそうにニヤニヤした。
あーこれ、俺で遊んでんな、完全に。これ、時々出てくる「小悪魔夢乃」だ。
一方、大治は夢乃に声をかけたそうにしている。夢乃は大治の方をほとんど見ていなかった。
「おはよ、雛崎」
「あ、おはよ、市川くん」
夢乃は大治に気づき、軽やかに挨拶する。うん、何度見てもかわいい。
「ちょっと夢乃~。行くよ~」
すると、さっきまで夢乃がいた女子のグループから、夢乃を呼ぶ声がする。
「じゃ、また教室でね」
そう言うと、夢乃は明らかに俺にだけ手を振って戻っていった。
いや、なんで俺にだけ振るの? やめてくれよ、みんなの前で。俺はもちろん夢乃の彼氏なんかじゃない、ただの友達なんだけど。
「……お前っていいよな。何で雛崎とあんな仲いいんだ?」
俺に聞かれても分かるはずがない。だって自分が一番不思議に思ってるんだから。
説明するのも面倒だったため、大治の言葉を聞こえなかったふりをして、俺は電車に乗った。
ひなた市駅につくと、花岡市に通学する大集団が乗車してくる。
その中に花音がいた。同じ車両の反対側だけど、遠目でもすぐに分かる存在感だ。
花音はもといた集団から夢乃のいる方に行き、手を振ってしばらく話していた。
うーん、朝からこの2人が並んで話しているのを見るのっていいな。
周りを見ると、他校も含めて男子達がそれとなく2人を見ている。分かる、分かるぞその気持ち。
その時、夢乃がこっちの方を指さす。こっちを見た花音が、手を振ってくる。
多分、俺に、だよな。俺は右の手のひらを腰ぐらいまで上げて、こっそり手を振り返す。
すると、同じ車内の男子の視線が一斉にこっちを向く。頼むから見ないでくれよ、ただ友達に手を振り返しただけだろ?
俺は再び周りの反応を見なかったことにして、窓の外を眺めた。
毎朝見ている風景だけど、俺はひなた市から花岡市に行くこの電車の風景が結構好きだ。
そうして外を見ていると、いつの間にか花岡南駅に着くのが毎日のことだった。
南駅で降りると、電車通学のハナコー生は一斉に学校を目指す。
俺は大治達と、どうでもいいことを話ながら走って行った。大体誰と誰が付き合ったとかの恋バナだ。
もう6月になって、空模様は少し薄暗い。梅雨入りしていて、いつ雨が降ってもおかしくなかった。カッパは持ってきてるから大丈夫だけど。
学校が近づくにつれて、ひなた市組と花岡市内組が混じり合うようになる。いつもの光景だった。
学校に着くと、自転車小屋に自転車を置き、俺は大治達と一緒にクラスに向かう。ハナコーは北棟、中棟、南棟と校舎が分かれていて、俺たち1年3組の教室は中棟の1階にあった。
廊下にある荷物入れにリュックの中身を入れ、一緒に来た男子みんなでそろって教室に入った。
既に投稿していて、友達と談笑している彼方を見つけて近づく。
「おはよ、彼方。みんなもおはよ」
彼方はいつもどおり、爽やかにこちらを振り向いた。
「おはよう、慎一。今日は間に合ったみたいだね」
「いや、いつも間に合ってるってるだろ。遅刻したの1回だけだからな」
そんな、毎朝会うたびに交わしているどうでもいい内容を話して席に着く。
続いて、夢乃たち女子のグループが一斉に教室に入ってきた。何が楽しいのか分からないけど、とても楽しそうに会話している、
もうすぐしたら担任の島根さくら先生が来るはずだ。
島根先生は20代若い女の先生で、優しいしかわいいため、クラスの男女問わず人気がある。教科は公共だ。生徒の相談にも親身になって乗ってくれるいい先生って評判だ。
そんなことを考えていると、横の席からつんつんと俺の左袖をつついてくる。
「しんいち~」
愛瑠だ。左の席を見ると、いつもどおり茶髪のツインテール姿の愛瑠がいた。
愛瑠は顔の左側を机にぺたんとくっつけて、斜め下から上目遣いで俺の顔を見ながら、右手で俺の袖をつかんでいた。
その仕草といい、上目遣いできれいな目といい、とにかくかわいいの一言だ。ほんと、あざといとかそういうの通り越してかわいいだけだよな。
「おはよ~。こないだ集まって良かったでしょ~? さっすがあたし~、なんてね~」
「ほんと、愛瑠のお陰だよ。初めて集まったとは思えないぐらい盛り上がったから。愛瑠が言ってくれなきゃ、俺の友達どうしがつながるなんて考えてもいなかったし。本当に良かったよ。ありがとな」
俺は素直にお礼を言った。
愛瑠は少しだけ頬を薄桃色に染めている。あれ、照れてる?
「そ~お~? じゃあ、これからもっとイロイロイベント考えちゃおうかな~」
嬉しそうにそう言いながら、愛瑠はまだ俺の左袖をつかんでいる。
「ちょっと、肘。恥ずかしいって。周りが見てるし」
そう、周りの男子がうらやましそうに見ているのだ。朝から何やってんだという目で見られている。
「これはしんいちだけの特典だよ~」
愛瑠は悪びれず、楽しそうにそう言う。周りのこと何て気にしてないという態度だ。
「愛瑠、それぐらいにしてあげたら? もうすぐホームルーム始まるよ」
俺の前の席の彼方が優しく愛瑠に伝える。彼方っていつもいいタイミングで周りに声をかけるんだよな。見習いたいわ。
ガラッ。
「みんなおはよう!」
担任の島根先生が入ってきた。張りのある元気な声だ。
気がつくと、俺の左袖が引っぱられなくなっている。
愛瑠はいつの間にか背筋を伸ばしていた。
「起立。気をつけ。おはようございます」
委員長の彼方が号令を行うと、みんな一斉に立ち上がり礼をした。
俺は席に座って、島根先生の話を聞きながらいつもこの時間に思う。
このクラス、1年3組は本当にいいクラスだ。先生も友達もいい人ばかりで、嫌な思いをしたことがほとんどない。
これからも、こういう高校生活が3年間続くといいな、と思う。
窓から差し込む初夏の日差しと、その間から入ってくる少し生ぬるい南国特有の風が、俺たちの高校生活を後押ししてくれているように感じた朝だった。




