3・バレた……!?
ある日の夜、わたしはアルヴィンの主催するパーティーに、婚約者として招かれた。
煌びやかなシャンデリアの下で、人々は音楽と酒に酔いしれ、談笑の輪があちこちに広がっている。
主催者であるアルヴィンは、あちこちに顔を出して挨拶に忙しく、わたしは自然と一人きりになってしまった。
場の華やかさとは裏腹に、少しだけ置き去りにされたような気分になる。
うつむきがちにグラスを傾けていると、頭上から懐かしい声が降ってきた。
「やあ、セシリア」
顔を上げると、そこにいたのはアルヴィンの幼馴染のクライスだった。
「クライス、あなたも来ていたのね」
クライスは王宮騎士の制服に身を包み、腰には手入れの行き届いた剣を携えている。整った顔立ちと無造作に伸ばした黒髪が相まって、凛々しさと親しみやすさを同時に感じさせる青年だ。
アルヴィンと婚約したあと、一番仲の良い友人として紹介されて以来、街中で見かけると軽く挨拶を交わす程度の間柄になっていた。
「アルヴィンのやつ、最近調子いいじゃないか」
「ええ、そうね……」
まさか、聖女の力で異世界へ行っているなんて。
その方法があんな破廉恥なものだなんて、口が裂けても言えない。
グラスの中の液体に映るわたしは、とても複雑な表情をしていた。
「それにしても、こんな素敵な婚約者を放っておくなんて、あいつも罪な男だな」
「仕方ないわ。彼は主催者だもの」
「はは、確かに。俺も少し挨拶回りしてくる。またな」
「ええ、また……」
クライスが去ると、再び人の波の中に取り残される。
ポツンと一人になり、ちびちびと飲んでいたお酒の酔いを醒まそうと中庭へ出た。
元々、人混みは苦手だ。
涼しい風がここちよい。ベンチに座って物思いに耽っていた──その時。
いきなり後ろから誰かに鼻と口を押さえられた。
息が詰まり、身体が硬直する。
気づけば、いつの間にか数人の男たちに取り囲まれていた。
腕を押さえ込まれ、身動きが取れない。叫ぼうにも、口を塞がれて声にならない。
(だ……誰か……!)
なんとか視線を巡らせるが、中庭にひと気はない。
「ふふふ、この女が……」
「ああ、聖女様だ」
「アルヴィンの婚約者だって? もったいない」
「その力、我らが有効に使ってやろう」
男たちは下卑た笑いを浮かべながら、次々に口走った。
(こいつらもしかして……! わたしの力を狙ってる……!?)
ひとりの男が、ドレスの裾に手をかけた、その瞬間。
──ゴッ!!
鈍い衝撃音とともに、男の身体が弧を描いて倒れ込んだ。
「貴様ら……他人のパーティーの最中に何をしている?」
低く、怒りを押し殺したような声が響いた。
そこには、鞘のついたままの剣を構えたクライスが立っていた。
月明かりが逆光になり顔がよく見えないが、怒りに満ちた声と気迫が、数人の男たちを一気に怯ませる。
「ひ……ひぇ……!」
「いえ、その、これは……!」
「さっさとその手を離せ。俺に剣を抜かせるつもりか……?」
「は、はイィっ!!」
わたしを拘束していた男の手が離れる。
「さっさとその男を連れて消えろ!!」
「すみませんでしたーーっ!!」
クライスが一喝すると、男たちは気絶した仲間を抱え、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「大丈夫か!?」
クライスが、わたしの肩をしっかりと支えてくれた。
緊張の糸が切れ、思わずクライスにしがみついてしまう。
「クライス……ありがとう……」
「まったく、なんでこんなことに……」
どうしよう、打ち明けるべきか。
でも、もしクライスもあの男たちと同じで、わたしの力を知ったら……。
利用されるかもしれないという、小さな不安が、棘のように引っかかった。
「……アルヴィンに報告しに行こう。俺もいく」
アルヴィンに報告するなら、やはり、わたしの力のことも説明しなければならない。
クライスの制服を、ぎゅっと握る。
「あのね、クライス──」
わたしは、自分の聖女の力のこと、そして先ほど男たちに狙われた理由は、おそらくそのせいではないかということを打ち明けた。
話している間、クライスは一度も茶化すことなく、真剣な顔で耳を傾けてくれた。
「なんだって? じゃあ、その情報がどこかから漏れたということじゃないか……」
「このことは、わたしとアルヴィンしか知らないはずなのに」
「まさか……」
「でも、アルヴィンには口止めしてあったのよ」
「とにかく、本人に報告しよう」
アルヴィンの執務室で先ほどのことを報告すると、彼は目を丸くして驚いた。
「大丈夫だったのか!?」
「ええ、クライスが助けてくれたわ」
わたしの身を案じる声に、ホッと胸を撫で下ろした──が、それも束の間だった。
「だが、どこから情報が漏れたんだ? このままだと、またセシリアが狙われかねないぞ」
クライスが言うと、アルヴィンはポカンと口を開け、目を泳がせる。
「……あ」
「〝あ〟?」
「いや〜〜。もしかしたら、俺が話しちゃったかも」
「……は?」
「ごめんごめん、酔った勢いでさ〜〜。よく覚えていなくて……」
ヘラヘラと笑いながら、軽い調子で謝ってくるアルヴィン。
怒りというより、呆れと悲しみのほうが先にこみ上げた。
わたしの力は、女神より授かった大切なもの。
それに、内容が内容だから絶対に秘密にしてほしかったのに。
それを酒の席で……?
何より、わたしとの約束を破られたことがショックだった。
じわりと目頭が熱くなる。
「いや〜〜、悪かったって。酔ってたんだから、仕方ないだろ?」
「許せるわけないじゃない……!」
わたしが涙ながらに訴えても、アルヴィンは「酔っていたから」とヘラヘラしながら言い訳を並べるばかりで、反省の色はまるでない。なんて人なの!!
わたしの胸の奥で、何かが静かにひび割れた気がした。
執務室を出ると、クライスが真摯な顔で頭を下げた。
「すまない、セシリア。アルヴィンに代わって、お詫びをする」
「なぜクライスが謝るの、あなたはなにも悪くないわ」
「……アルヴィンも、悪いやつではないんだ」
それはわかっている。
アルヴィンは根っからの悪人じゃない。優しい面だって、頼りになる時だってある。
でも、今回のことだけは、本当に許せなかった。
わたしが守ってきたものを、彼はあまりにも軽く扱った。




