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結婚式前夜。
昼間に式のリハーサルを終え、月光が差し込む静かな回廊で、私たちは二人きりになっていた。シルヴァンは私の手をそっと取り、私を見つめたまま、低く囁いた。
「アウレリア、よく聞いてくれ」
「……はい」
「俺は君だけだ。俺の体も、心も、すべて君のものだ。俺の隣に立てるのはアウレリア 1人だけ。 生涯、側妃は持たないと約束する」
アルシオン帝国ほどの大国の皇帝であれば、側妃を複数持つのが常識の国も少なくない。それでも彼は、迷いなく“私だけ”と断言してくれた。
月の光がシルヴァンの横顔を照らし出す。その眼差しは恐ろしいほど真剣で、誰よりも優しかった。私はそっと息を吸う。胸の奥から溢れてくる感情は、ただひとつ。
(本当に……幸せだわ)
心の底から、そう思った。
式当日。
金色の陽光の差す大聖堂に、帝国中の貴族と諸外国の王族たちも多数、集まっていた。扉が開き、私が入場すると、シルヴァンの瞳が一瞬で熱を帯びた。
「綺麗……だな」
唇がそう動いたのを、私は見逃さない。 自然と口をついて出てきたような言葉で、 とても嬉しくなる。
(彼の瞳に、いつまでも美しく映りたい……)
式の中盤、シルヴァンが誓いの言葉を述べる番になる。
「アウレリア。この生涯、命に代えても君を守り、愛し続けると誓う」
短い誓いの言葉に全てが詰まっているようで、 私の心は喜びに震えた。
司祭が静かに告げる。
「……誓いの口づけを」
シルヴァンが近づき、私の頬にそっと触れ、囁いた。
「アウレリア、愛している。今も、これからも、永遠にだ」
そして、大聖堂内が静まり返る中、深く長くキスをした。
温かくて甘くて、
涙が出るほど幸福な時間だった。
◆◇◆
アルシオン帝国の皇帝夫妻のサロンでは、相変わらずシルヴァンの私をそばに呼び寄せる、甘い声が響いていた。
「アウレリア、仕事は後でいい。こっちへ来い」
「だめです、今日は中央孤児院の……皇妃が主催しなければならない 公式行事があるのですわ」
「……なら、一緒に行こう。子供達の顔も見たいしな」
「ですが、シスターたちがたくさんいますわよ?シルヴァンへ思いを寄せる心の声が押し寄せて、目眩がするとおっしゃったでしょう?」
神に仕える聖職者であっても、私の旦那様の魅力には抗えないらしく、シスターらしからぬ想いを、心の中でつぶやいてしまう女性も多いのだとか。人の心の声が聞こえるというのは便利なようでいて、なかなか不便でもあるようだ。
「あぁ。アウレリアの姿が見えていればどうということはない。
他の女が目に入らないから、心の声も最小限に抑えられる。大丈夫だ」
シルヴァンはいつもこんな調子で、できるだけ私のそばにいたがるから、まるで幼い子供のようだと思ってしまう。彼に似た男の子が授かったら、きっと二人して私を取り合うんじゃないかしら……そんな想像が浮かんで、思わず微笑んでしまった。
一緒に外出すれば必ず手を繫いできて、私が転ばないように、と細やかに気遣ってくれる。もし女の子が生まれたら、きっと心配のあまり、あとをついて歩き回るような父親になるかも。
何かと理由をつけて、執務室でも私を側に置きたがるから、とうとう二部屋をつなげて大きな執務室にし、私とシルヴァンの机を並べてしまった。
「書類を読むのに、アウレリアの温もりがいるんだ」
(絶対いらないはずなのに……)
寝る前には、必ず私を抱きしめて、こう囁く。
「アウレリア、今日も俺のそばにいてくれてありがとう。君は俺のすべてだ」
「皇帝陛下の愛が重すぎます……」
侍女たちは呆れたようにため息をつくけれど、ダリアやカミラは満面の笑みで頷いていた。
「それは当然ですわ。何しろアウレリア様は最高の女性なのですから。夢中になるのも道理というものです」
私はシルヴァンの胸に顔を埋め、そっと囁いた。
「……私も、旦那様が大好きです。それで……私から、シルヴァンへの素敵な贈り物がありますの。実は……私のお腹の中に――」
言い終える前に、シルヴァンが息を呑んだ。私を腕の中でさらに強く抱きしめる。
「……アウレリアは俺を幸せにするのが上手すぎる。男の子だろうか、女の子だろうか……いや、どちらでも構わない。人形も、ぬいぐるみも、騎士ごっこの剣も、木馬も……全部用意してやらないとな」
嬉しさを抑えきれないらしく、シルヴァンは完全に暴走していた。そんな夫が愛しくて、私はその頬をそっと撫で、口づける。
お返しのキスは深く、長く、何度も繰り返され……
私たちはにっこりと微笑み合った。
こうして私の幸せはずっと続く。
家族も増えて……永遠に。
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