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朝、私はいつものように、そっと差し込む日の光で目を覚ました。毎朝、目を開ける瞬間が嬉しい。
今日もきっと良いことがある——そう信じられるようになったのは、アルシオン帝国に嫁いでからだ。
この国で過ごす朝は幸せに満ちている。ベッドから身を起こそうとしたその時、横から腕が絡んできた。
「……どこへ行くつもりだ、アウレリア」
低く甘い声。私の愛しい旦那様は、すでに目を覚ましていたらしい。
(いいえ、違うわね。眠ったふりをしていたのだわ)
すぐ隣に横たわる美しすぎる夫は、朝から私を甘やかす癖がある。
「今日も予定がたくさんありますわ……もうすぐ結婚式も控えていますし、午前中には衣装合わせもあります」
「仕立屋なら、少しぐらい待たせても怒りはしないさ。さぁ、おいで」
シルヴァンは私の腰に腕を回し、逃がす気ゼロの力で、優しく引き寄せた。
「もうしばらく俺の腕の中にいてくれ。 世界で一番美しい俺だけの皇妃様」
顔が熱くなる。本当に、恥ずかしいくらい真っ直ぐな愛で、甘い。
「……では、もう少しだけ」
そう言うと、シルヴァンは満足したように朗らかに笑った。
私の胸に甘えるように顔をうずめて……なんだかとっても……可愛い……。敵はとことん叩き潰す冷徹皇帝という名で、諸外国には知れ渡っているというのに、 私には甘えてくるしどこまでも執着するところがある。
◆◇◆
一緒に朝食をとった後に、 私は衣装合わせにサロンへ向かった。 そこには、すでに皇室専属の仕立て屋の職人たちが、待機している。彼らの熟練の手が仕上がり前のウエディングドレスのラインを確認しながら、裾や腰のあたりを小さなピンで微調整していく。ドレスを調整する間、シルヴァンはなぜか仕事もせず、真正面の椅子に座って私をじっと見つめていた。
ずっと。
ほんとうに、ずっと飽きることなく。
「あのぉ……シルヴァン、近衛騎士たちが待っていますわよ?そろそろお仕事に取り掛かった方が良いのではありませんか?」
「知らん。今日は、アウレリアのドレス姿を目に焼き付ける、と決めた」
ウェディングドレス姿の私を、眩しそうに見ている彼の瞳に熱が灯る。
「アウレリア……そのまま君を、俺の部屋に連れて帰りたい」
「こ、これは結婚式の日に身にまとう大事なドレスですわよ?
シルヴァンの部屋に連れて行かれたら、一瞬でシワになります!」
「本音が漏れただけだ。俺は……君を永遠に閉じ込めておきたい」
そう言ったあとで、かすかに息をのむ。
「……いや、違うな。 誰にも見せたくない気持ちと、世界中に見せつけて自慢したい気持ちが、俺の胸の中で毎日戦っている。まったく……悩ましい」
「陛下のお気持ち、このカミラは、誰よりも分かりますとも!この女神様のような美しさを自分だけのものにしたいお気持ちと、世界中の王侯貴族に見せつけて自慢したいお気持ち。えぇ、私も寸分違わず同じ気持ちです!」
胸を張って宣言するカミラ。
その勢いに、シルヴァンも満足げに頷く。……この二人、今日も相変わらず私を崇拝してくれている。その様子を、ダリアはニコニコと目を細めて見守っていた。
午後になり、シルヴァンと街へ外出すると、帝都の人々が次々に声をかけてくれる。
「皇妃様だ! 今日もお綺麗です!」
「もうすぐご結婚式ですねぇ。パレード、絶対に前列で見ますからね!」
「陛下、このように賢くて美しい方を皇妃様に迎えてくださって、本当にありがとうございます!」
シルヴァンは、というと――片手を軽く上げ、満面の笑みで応えた。
「もっと褒めて構わんぞ。アウレリアは帝国の宝だからな!」
私の腰を抱き寄せて、髪にそっとキスを落とした。
「シ、シルヴァン! 人前でそんな……!」
「俺の妻を愛でて何が悪い? 俺の皇妃は唯一無二。最高の女性だ!みんな!そうだろう?」
シルヴァンの問いかけに、周囲の人々は笑みを浮かべて拍手を送った。
「最高ですよー!」
「皇妃様、愛されてるわねぇー」
「いやぁ、うらやましいー!」
嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
シルヴァンは、いつだって真っ直ぐに愛を伝えてくれる。
私はふと、曇りひとつない帝都の空を見上げた。澄んだ青の広がりが、まるで今の私の心そのもののように思えた。
シルヴァンが隣にいてくれる限り、私の心は、どんな時も青空でいられる。




