彼女が王妃となることはなかった。
記念企画リクエスト作品
企画原案:みぃ さま
『ココ.ジャンボという亀とカラスとドラゴン(又はトカゲ)が出てくる異世界恋愛』
この物語の結末を先に述べておく。
ノース・トリイゲートが王妃となることはなかった。
幼少期、ノース・トリイゲート男爵令嬢は将来を期待されていた。
なにせ、生まれた時から周囲と毛色が違ったのだ。
全然泣かず、ほんわかしているようで、その実非常に利発な子でもあった。
少し成長してからも周囲の子とは一線を画す存在だった。
性格は非常に穏やかで負の感情を表に出すことはない。
いつも微笑み、滅多なことで怒らず、しかしながら実に堂々としていて、公明正大。
自分に非があると思えば使用人にも頭を下げる。
一方で、理不尽なことを言われたら厳格な父親に対しても説明を求める。
そんな訳で噂になっていた。
王者の風格すら漂うトリイゲート家の娘は、いずれ一廉の人物になるだろうと。
そんな風向きが変わったのは、10歳の使い魔召喚の儀の時。
この国の貴族は、一生に一度、使い魔を召喚する。
その使い魔の格は本人の器や将来の有望さに直結すると言われていて、呼び寄せたのが神獣ならば最高。魔物ならまずまず、動物ならうーむ……というリアクションになる。
なぜなら、魔法陣は血の盟約の元、本人の魂に見合い安全に制御できる中で最高レベルの獣を呼び寄せるようにできているからだ。
歴史的な偉業を成した人物は皆、ユニコーンや竜などの神獣を使い魔にしている。
他の生徒がスライムや一角兎やお化けキノコといった魔物を召喚する中で、大トリを飾ったノースが召喚したのは動物で、しかもちんまりした子亀だった。
ゆえにこの日からノース・トリイゲートの評判は地に落ちた。
本人の振る舞いは以前とかわらないのに
『沈黙は金』と言われていたのが『無口な根暗』と言われるようになり、『泰然自若』は『鈍くてぼーっとした娘』と言われるようになった。
「よりにもよって子亀とはなぁ……貰ってくれる者はあらわれんだろう」
「ええ、難しいでしょうね……」
偶然、父と母がリビングでこんな風に嘆いているを耳にしてしまった時、ノースは悲しかった。もちろん、いらぬ心配をかけないように微笑みを絶やさず聞いていないふりをしていたが。
だが、そんな境遇になっても、不思議と使い魔の子亀の事を嫌いにはならなかったノース。彼女は子亀に『可愛い子』という意味と、『大きく育ちますように』という願いを込めた名をつけて可愛がった。
「私は貴方の事を素敵だと思うわよ、ココ・ジャンボ」
それに自分は悪いことをしているわけではないのだ。
12歳になって学校に通うようになれば、友達もできて楽しくなるはず。そんな希望もあった。
その希望は半分叶い、その後打ち砕かれることになる。
貴族学校に入学してすぐ、ノースには友達ができた。
これは順当な結果だ。
だって彼女は穏やかで、誰にでも優しいのだから。
しかし、学校の環境が悪かった。
クラスでの存在感・影響力が上位の生徒は王様の様に振る舞い、下の生徒は見下され虐げられる。そんな風土だったので、しだいにみんな、『自分より下の人間』を作り出そうとするようになった。
ノースの『召喚した使い魔が子亀だった』という情報は出回っていて、家柄もしがない男爵令嬢。報復の心配も薄いということで、標的とされることが増えていった。
その都度、穏やかに、しかしはっきりと意思表示することで場は収まる。
しかし、昨日までよい友人だと思っていた相手が加害者となった時は少々堪えた。何せノースはまだ12歳の子どもだったのだ、辛くないわけがない。
ある日の放課後、ノースはひとりで町を歩いていた。
彼女とつるんでいると自分が標的にされるかもと、遊んでくれる相手がいなくなったから。
まあ、仕方ない。美味しいものでも食べて元気を出そうと露店で串焼きを一本、
……いや、やっぱり二本、注文する。
ベンチに、同じ年くらいの少年が腰かけて暗く沈んだ顔をしていたのを見たから。
「こんにちは。隣、よろしいですか」
「……あ、うん……はい」
「私はノースといいます。お近づきの印に、一本どうぞ」
串焼きを差し出す。
少年はしばらくきょとんといていたが、やがて——
「……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
花の咲くような笑顔をうかべたノースに、少年の頬が赤く染まる。
「私はノースっていうの。あなたは?」
「僕は……ピエール」
「ピエール君か。ちょっとお話でもしない?」
「う、うん」
少しだけ事情と聞くと、なんとピエールは王家の血に連なる者だという。しかし、側妃の子であり使い魔も烏だったことから扱いは非常に悪く、腹違いの兄からはいつも見下されていると語った。
現在は、王家の恥として別宅に半分軟禁のような形になっているが使用人や警備の者もやる気はない。監視も甘く、ときどきこうしてこっそり抜け出しても騒ぎにならないという。
「はあ、なんで烏なんか……あいつ、足の形も変だしお先真っ暗だ。君も肩身が狭いだろう、亀なんか召喚しちゃっていたらさ。」
そんなピエールの語る内容に理解を示すノース。
しかし彼女は、同意はしなかった。
「確かに天から授けられた器というのはあるものね。でも、そんなものよりも大切なのは、本人がそこからどう生きて、どう成長するかじゃないかな。」
初めて聞く理屈に驚きに目を見開くピエール。
微笑みを絶やさずノースは道理を説く。
ねぇウサギと亀のお話を知っている?
烏なら烏、亀には亀の人生があるのよ。
自分は自分の使い魔が嫌いではないし、うんと努力して亀のまま幸せになるつもりだ。
「あと使い魔って、契約者にあわせて大きく強くなったりもするみたい。わたしのココ・ジャンボは最近、屋敷の池が手狭になったから領地の海で放し飼いにしたんだ。せっかくだから私はココを世界一大きくて強い亀にしてあげるつもり。」
「……君なら、本当に出来そうだ」
「ピエール君の烏だって、きっと大きくなるよ。ほら、さっき『君も肩身が狭いだろう』って私の立場も考えてくれていたでしょう。きっと、自分がしんどい時に人の事も考えられる君は、立派な王族になると思うよ。」
あるいはそれは、彼女が自分に言い聞かせる言葉だったのかもしれない。
その日二人は握手して別れた。
しかしその後3年、ノースとピエールが会うことはなかった。
こっそりと抜け出し待ち合わせるような約束をするわけにはいかないと両者が分かっていたし、王族は独自のカリキュラムを受けるので、ピエールが貴族学校に通うこともなかったから。
この間ノースはと言うと、自己研鑽に励み普段の立ち振る舞いで周囲への影響力を高めつづけ、卒業式を迎えるころには学内に彼女を軽んじる生徒はいなくなっていた。
そしていよいよ、彼女は社交の世界に足を踏み入れることとなる。
——しかし、成果はなかなか出なかった。
男性から話しかけられることはないし、話しかけても避けられてしまう。
もちろんアカデミー出身の同世代にノースを軽視するものはいない。
だがここは、召還した使い魔の格が重要視される国なのだ。使い魔が『亀』というのは、それだけ大きな負の影響力があった。
いつか聞いた父母のぼやきが脳裏に浮かぶ。
『よりにもよって子亀とはなぁ……貰ってくれる者はあらわれんだろう』
『ええ、難しいでしょうね……』
うーん、亀ってそんなに駄目なのかしら。
個人的には気に入っているのだけれど。
まあ、このままだれも貰ってくれないなら、自分で事業でも起こしましょうか。
そんな事を考えながら、日々を過ごしていたある日の事だった。
建国記念日の日中、王城の広大な庭で行われていた立食パーティにて彼女の前に一人の男が現れる。
パイナップルのようにかき上げた、緑色の髪が特徴的な男。
この国の第一王子ペッシだった。
ペッシは開口一番にこう告げた。
「君がノース・トリイゲートだね。噂は聞いているよ。使い魔が亀だということではじめは軽視されるけど、付き合いが深くなるほど、皆きみの魅力に気付いていくそうじゃないか。」
そういった風に、ノースを持ち上げるようなフレーズを次々に聞かせてくる。
「君とぜひ交際してみたいな」
「よろしいんですか?王子が私などと……」
「人間、一番大切なのは中身だからね」
「では……不束者ですが、よろしくお願いします」
謙遜するノースにペッシは笑みを浮かべる。
この時、周囲の者も二人を見て笑っていた。しかしそれは、明らかに祝福という感じではなかった。
それから、ペッシはノースを横に立たせて出席者たちを注目させる。
そしてこれから素晴らしい発表をすると宣言した。
みんな聞いてくれ!俺とここにいるノース嬢はこれから交際を——
「するわけないだろう!」
「えっ?」
この時のペッシの顔つきは、まるで悪魔が乗り移った様だった。
「みんな聞け、こいつは俺の『君と交際してみたい』という言葉をうのみにしたんだ。わはは、俺の使い魔は神獣の『地竜』だぞ、使い魔が亀の女と交際などするものか、身の程を弁えろよ!」
ペッシはそう言って、ノースを指さして笑いものにした。
ノースが周囲を見るとパーティの出席者の反応は様々だった。
ペッシに合わせて笑うものもいれば、苦笑いを受かべる人もいる。少数ながら顔をしかめている人も。彼女は、瞬時にそれらを全て記憶した。
ちなみに、ノースは後に知ることだが、実はこの時、ペッシはかなり焦っていたらしい。
使い魔を神獣と判断されたことに胡坐をかき、努力を怠り全然頭角を現さなかったことで王としての資質を疑われたからだ。使い魔が亀なのにとても立派な令嬢がいるという噂も、ペッシには目障りだった。
そこで思いついた社交術が、ノースを侮辱することで注目を浴び「自分は凄い」とすることだったという。
「なんだ、怒ったのか?冗談だって、わらえよ。ははは。」
「冗談と言うのは皆で愉快に笑えることを言うのです。」
「んな!?」
真顔でカウンターをぶちかましたノースに、会場はシンと静まり返った。
まさか、使い魔が亀の男爵令嬢ごときから反撃が来ると思っていなかったペッシは言葉に詰まる。
そこでさらに、思わぬ人物から声がかかった。
怒気をはらんだ、よく通る声だった。
「兄上、ノース嬢の言う通りです。先ほどの発言は彼女にとても失礼だ。素直に非を認め、撤回し、そして謝罪されてはいかがでしょうか」
ピエールだった。
ノースにとっては3年ぶりの再会となる。
「そ、そんなことするわけないだろう。俺の使い魔は『地竜』だぞ!逆にお前たちの発言の方が無礼だ!」
ペッシの言い分は無茶苦茶だ。理はどう見てもノースたちにある。
しかし『使い魔は地竜』という先入観に、目を曇らせるものもまだ多くいた。
「だ、だいたい、お前の使い魔は『烏』じゃないか!そこの亀女や貴様のような器の小さい奴に、俺の深謀は分からんわ!」
「なるほど、アンタの言い分は分かった。なら、俺と彼女の名誉を守るため、軽視された忌まわしい過去を消し去るため……俺は今、この場で貴様に決闘を申し込む」
「け、決闘だと……!?」
騒然となる会場。
目を白黒させるペッシだったが、ピエールの「それとも、地竜を持ちながら烏に勝つ自信もないか」という啖呵にハッとした表情をし、次にいやらしい笑みを浮かべた。
「いいだろう……愚弟にお灸を据えてやる」
この国の王侯貴族の決闘は、互いの使い魔同士を戦わせる。
使い魔と使役者は魂の盟約によりダメージが共有されており、どちらかが戦闘不能になるか、負けを認めたら決着となるルールだ。
まず、ペッシが2mを超える使い魔を召喚した。トカゲのような外見で火も吹かないが、そんな大きいトカゲはこの国にはおらず『地竜』の幼体と判断されたものだ。
「わはは、ちっこい烏などでこいつに勝てるものか!降参しても、もう遅いぞ」
そんな言葉にピエールはかまわず、続けて使い魔を召喚する。
それは烏のような外見だったが、大型犬ほどの大きさがあり、烏と言うにはあまりに大きかった。そして、尾はまるで鳳凰の様に異様に長く、足は3本あった。
会場がざわつき、ペッシは口をあんぐりとあけるがピエールの表情は変わらない。
「審判、合図を。」
その言葉に我に返った審判が合図すると、ピエールは
「やれ。ただし死なない範囲で」
とだけ命令した。
その命令に、烏のような使い魔は炎を身に纏う。
そして激しいきりもみ回転をしながらペッシの使い魔に突撃した。
「いぎぁあああっ!!!」
2mをこえる使い魔が吹っ飛び、そのフィードバックで口から血を吐いてのたうち回るペッシ。
審判は慌ててピエールの勝利を宣言した。
「炎を纏うなんてあれは烏じゃない、神獣だ!」
「それにしても一撃で負けるとは……ペッシ様の使い魔は本当に地竜なのか?」
ペッシが担架で退場した後、会場は大騒ぎになった。
しかしピエールはそれに構わず、まずノースに話しかけた。
決闘の時よりも気合いの入った、乾坤一擲の勝負に挑む顔で。
「出しゃばってしまってすまない。ノースなら自分で切り抜けられると分かっていたが、いてもたってもいられなくなったんだ。あの日からずっと僕は君の事を想っていたから」
だから……僕と交際してくれないだろうか?
その言葉に、ノースはめずらしく呆けた顔をした。
「私でよろしいのですか?」
「ああ、君がいい。兄と違って、僕は本気だよ。それと、突然で申し訳ないのだけど、君の『神獣』を皆に見せてやってくれないだろうか。」
君はあまり気にしていないようだし、このままでもいずれ、皆君の価値に気付くのだろう。
でも、これ以上1秒たりとも、君が軽視されることに僕が耐えられない、とピエールは続ける。
「断言されていますが、ただの大きい亀かもしれませんよ?」
「断言するけど、そんなわけないよ」
ではまあ失礼して……
ああ、みなさん、もっと広がってください。
潰されますのでもっと……もっと、もっと、もっとです。
その言葉に、今度はノース以外の全員が呆けた顔をした。
「それでは召喚します『来なさい、ココ・ジャンボ』!」
ずどぉおおん!!!
あらわれたのは、二本の脚で立つ、王城よりも大きい亀のような何かだった。
あまりのインパクトに、悲鳴を上げて腰を抜かすものもいる。
「……これで『亀』は無理があるんじゃないかなぁ」
「そうですかね?試したことがないので、神獣のような能力を持っているかは分からないのですが」
その後の事を少しだけ話そう。
やはりと言うべきか、ペッシの使い魔は地竜ではなかった。
正体はコモドオオトカゲと言う名の、はるか異国のでかいトカゲ。魔獣ですらない、ただの動物だったらしい。
素行の悪さに加えてこれが決定打となり、ペッシの王位継承の目は消え「王家の恥」と言われるようになった。
これまでの所業も響いて、生涯独身を貫く羽目になったという。
ピエールとノースの使い魔については、正体不明のままだったが魔力を発現できるという特徴から神獣だと再判定がされた。
とくにノースの『亀のような何か』は、規格外の巨体に加えて口から超高温の火球を吐き、空を飛ぶこともできたことから、開国の祖が使役したという神獣『ゴッド・ジラ』にも比肩するほどの格と力を持っていると判断された。
その後、ピエールとノースは大手を振って結婚する事になる。
ただし、物語の冒頭で述べた通り、ピエールが王になり、ノースが王妃となったわけではない。
なぜか
それは血筋も性別も、アレコレ全部ぶっとばしてノースが女王となり、ピエールが王婿となったからである。
使い魔の格が最重視される国なので、当然の帰結だった。