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 さぁ、「終末シスターズ」のお家芸=場外乱闘の始まりだ。

 

 栄介の頭を鉄柱に打ち付け、客席へ何度も投げ飛ばす。


 客は蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い、大混乱の有り様だが、これは一種のファンサービス。夫を場内隈なく連れ回し、ハルマゲ蘭は仕上げに掛かった。


 木刀を睦美から受取り、舌なめずりして迫り来る。

 

 

 

 

 

「終わりだ、バカ旦那!」


「上等だよ、アホ女房!」


 栄介は客のパイプ椅子を奪い、折り畳んで頭上へ構えた。


 口汚く罵り合い、チャンバラ宜しく木刀と椅子がぶつかり合って火花を散らす。


 栄介は必死だった。何といっても場外乱闘は向こうのオハコ。対抗できている方が不思議な位なのだ。


 止めを刺さず、嬲ってンの?


 そんな風にも思えたが、結局、パイプ椅子は弾き飛ばされ、情け容赦ない木刀の強打が再び額を直撃。


 血が高く飛び散る様も、試合開始時と同様である。違うのは、只、殴るだけで攻撃が止まらなかった事。


 蘭は放送席の机をリングサイドへ移動させ、パワーボムでその硬い板へ栄介の背中を叩きつける。


 グシャっと盛大な不協和音を奏で、机が潰れた。痛みを通り越し、背中が痺れて栄介は動けない。


「ヘイ、睦美、フィニッシュ、行くよ!」


 蘭が声を掛けた相棒は何時の間にかリングへ上り、持ち込んだ巨大な金属ハシゴをコーナーにセッティングしていた。


 あんなモンで何する気だ、蘭子!?


 殆ど声にならない夫の問いを仮に耳にしたとして、妻は答えなかっただろう。


 答えるまでも無い。


 蘭は素早くリングへ戻り、ラダーによじ登ってリング下、潰れたままの机とその上でノビている栄介を見下ろす。


 両手を合わせ、拝むポーズをとった。


 特別な試合でしか出さない切り札の予告だ。往年の名シーン復活に、ファンは一段と沸き上がる。

 

 だが、リングとリング下の高低差にハシゴの高さを加えると、計4メートル超。一般的な家屋の二階より高いとんでもない落差である。受け身を取り損ねれば、技を仕掛ける方だって無事では済まない。


 まさか、あそこから……!?


 普段の蘭子は、むしろ高所恐怖症気味で、低い梯子にも上りたがらない。


 それに『大往生ギロチンドロップ』は、ハルマゲ蘭が腰の骨を折り、引退するきっかけとなった技で、あの時より更に高いのだ。

 

 ハシゴの頂点で、しばらく彼女は動かなかった。

 

 逡巡の間だろうか?

 

 ようやく全身の痺れから回復してきた栄介の眼に、今はリング下へ降り、蘭と同じく両手を合わせるノストラ睦美の姿が映った。

 

 微かに涙ぐんでいる。

 

 一夜のカムバックを果たした相棒が、命がけの技を仕掛けるのに際し、心から無事を祈っているのだろう。

 

 次に栄介は妻を見上げた。

 

 妻も、チラリとこちらを見下ろす。長年連れ添った仲だからこそ、彼女の秘めた恐怖が伝わって来る。






 良いぜ。


 来いよ。


 受けてやる、お前の全部。






 喰らえば、どれだけのダメージか想像もつかないが、栄介は目で思いを伝えた。小さく頷く妻が見える。

 

 「受ける」競技の特殊性から生じる攻め手と受け手の奇妙な信頼感。

 

 そこに古女房への想いも重ね、栄介は狙いをつけやすいよう、ゆっくり机の上で大の字になる。

 

「死ねぇ、クソ旦那!!」


 拝みポーズを解き、蘭が怒鳴った。


 ジャンプした巨体が、栄介には高く舞い上がり、眩い照明の光へ溶け込んだように見えた。


 時間の感覚が失われ、ゆっくりと蘭が落ちて来る。腰とほぼ直角に両足を伸ばし、豊か過ぎる太腿が栄介の首筋を狙う。引退していた選手とは思えない洗練された姿勢だった。


 改めて、蘭がカムバックの為にどれほど真摯な練習を積み重ねてきたか、判った。






 受けきる。


 お前の全部、死んでも受けてやる。






 その覚悟と共に、最低限のダメージで済むよう自身の姿勢を調整し、仕掛けた側のダメージをも考慮して、待つ。


 そして36年の現役生活を通し、最大級の衝撃が栄介を直撃した。


 あ~、首、もげた。


 何処か遠くへ飛んでっちゃった。


 真っ白になった意識の奥で、そんな風に感じ……長い時間が経った気がする。でも、多分、ほんの数秒だったのだろう。


 レフェリーがカウントを数える声が聞こえた。


 頭を振り、目を開く。


 良かった。まだ俺の頭は首についている。


 麻痺した体を横に倒し、栄介はリング上に戻っている蘭を見上げた。


 良かった。見た感じ、腰を庇う様子は殆ど無い。


 三途の川の向うが見える激烈ダメージで尚も淡い意識の最中、「クソジジィ、上がって来い!」と繰り返す蘭の叫びが、レフェリーのカウントダウンと混ざり合って聞こえた。


「上がれ! 上がれ!」


 場内のコールが一つになる。体に力が入らず、起き上がる所か、首を上げ続けるのも難しいが……






 オイ、お前、ヒールだろ?


 そんな切なそうな目で、対戦相手を見てんじゃね~よ。






 目が合い、微笑み、彼女も微かに笑った気がする。


 その間にもカウントは進んでいく。


 20数える前にリングへ戻らなければ試合は終了。妻との楽しい「ブッ殺し合い」も、そこで終わってしまう。

 

「来いよ、オラ、バカ旦那! 手前、そんなんで引退すンのか?」


 妻の指先が栄介を招いた。


 あぁ、まだ足りねぇ。


 勿体無ぇ。






「あの……あたし、ね……できたら、いつの日か……」






 ずっと心に引っかかっていた、あの夜の妻の言葉が脳裏を過る。


 いつの日か……そうさ、お前は俺とヤリたかった。

 

 試合したかったんだ。女としても、一人のレスラーとしても、俺に惚れてくれたんだよな?


 震える指で何とか体を起こした時には、カウントは16まで進んでいた。


 畜生、急がなきゃ。


 お前とヤリてぇ。トコトン、ヤって、ヤって、ヤりまくりてぇ。

 

 カウントは……あぁ、19だ。


 体に残った最後の力を振り絞り、リングへ体を滑り込ませる。


 満場の大歓声が彼を包んだ。


 天井からの光を背に受け、鬼のメイクの女が今は天使に見える。文字通り、栄介をあの世へ送る美しき真ん丸顔の……

 

 蘭子、俺達の闘いは、まだこれからだ!


 額の血潮を片手で拭い、満面の笑みと共に、限りなくフラグめいた台詞を栄介は胸の奥で呟いた。



最後まで読んで頂き、ありがとうございます。


久しぶりの投稿、うまく進まず間が開いてしまう事もありましたが、何とか完走出来ました。

読んで下さる皆様のお陰です。

「書く」のが生きがいである事も改めて確認できましたし、七転び八起きでこれからも書き続けて参ります。

宜しくお願い致します。

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