表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5



 場内がざわめく中、いよいよメインイベントだ。

 

 尚もリングを占拠するノストラ睦美がベニヤ板の入場門を指先で指し示した途端、場内の照明が落ち、強烈な80年代のパンクロックが鳴り響いた。


 スポットライトが一点へ集中。僧衣を模ったケープの上に金属の鎧をまとう往年のコスチュームが浮かび上がる。


 その巨体は異様な迫力に満ちていた。


 赤と黒の顔面ペイントで「鬼」……いや、「鬼嫁」を表現し、舌なめずりしながら「てめぇら、地獄へ墜ちる準備は良いか!」と吠えるハルマゲ蘭。


 現役時代より若干増えた体重と、腰の古傷をものともしないパワフルな足取りは、引退していたレスラーのものでは無い。


 明らかに全盛期と見まがうオーラを全身へ漂わせているのだ。






 この時、インターネット放送局がライブ中継中の動画を、出待ちの控室で栄介が睨んでいた。


 本来、他団体のゲストは団体所属選手より後に登場するもので、ノストラ睦美が呼び込む蘭の入場はセオリー破りも良い所。


 おそらく蘭は「友達」の睦美とショーアップの段取りを打ち合わせ、栄介に内緒で、現場スタッフへ伝えていたのだろう。


 お~し、面白ぇ。そっちがその気なら、ヤッてやろうじゃね~か!


 怒りや戸惑いより、むしろレスラーとしてのジェラシーが栄介の中で渦巻く。


 後は勢い任せ。入場用のガウンを羽織りもせず、控室を飛び出した。そのままリングまで一気に駆け抜ける。


 入場曲は無し。ケンカ腰で引退試合のリングへ上がる「クラッシャー真白」も又、セオリー破りも良い所だ。






 ある意味、似たもの夫婦と言える険悪なムードで二人は向き合った。


「なぁ、俺の何処が気にいらない? 言ってみろよ、蘭子」


「へっ、胸に手ェ当てて考えろっての、バカ旦那」


 考えてもわかんないから聞いてんだろ、アホ女房。

 

 鬼嫁の化身と睨み合い、そう言い返そうとしたものの、無防備な背後からノストラ睦美が蹴りを入れてきた。

 

 思わず前へつんのめる。そこへすかさず木刀を振るう蘭。真正面からカウンター気味にジャストミートし、栄介の額がパックリ割れた。

 

 高く飛び散る血潮が頭上から降り注ぎ、リングサイドの客が一斉に悲鳴を上げる。

 

 栄介のダメージは深刻だ。

 

 崩れ落ちた背中へ、蘭は睦美と二人がかりでストンピングの雨を降らせた。

 

 これまた一切の容赦無し。

 

 踏みつけられる度、噴き出す額からの鮮血がリングを赤とマット地の白、二色のキャンパスに変えていく。

 

 引退試合とは思えない凄惨さで、顔を背けるファンがあちこちにいた。

 

 栄介の長いキャリアの中でも、入場セレモニーやリングネームのコールを受けるより早く、ここまで激しい流血を強いられたのは初めての経験だ。






「くたばれ、オラ! いつも臭ッさい下着と靴下、あたしに洗濯させやがって」


 そりゃまぁ事実だが、ここでブッチャケてど~する?


 ツッコミたい気持ちはあれど、ストンピングの嵐の中、虫の息に見える栄介から反論の一つも出て来ない。

 

「いびきはうるさいし、ろくに家事も手伝わねぇしよォ!」


 それもまぁ、事実ですわ。


「その癖、料理がイマイチだの、掃除できてねぇだの、文句ばっか付けてよぉ!」


 ハイ、ごもっとも。


「あぁ、キリがねぇ。どんだけ使えねぇか、お前自身、わかってねぇだろ、オラ!」


 日頃の不満を言いたい放題だ。


 混乱を見かねたレフェリーが睦美をリングから下し、ゴングを要請して漸く試合が始まった。

 

 とは言え、栄介は青息吐息。ファンがこのままKOかと思った矢先、蘭の足首を夫の手がいきなり鷲掴みにした。

 

 死んだ振りをしていたのか?

 

 それとも体に沁み込んだ技術が、勝手に発動したのだろうか?

 

 ともあれ、仕掛けは電光石火。足首を逆に捻って蘭の上体を崩し、そのままアンクルホールドで締め上げる。

 

 蘭は木刀を落とし、腹這いのまま、自由な足をブンブン振り回した。

 

 その蹴りをかわして逆にキャッチ。両足を同時に極めて、栄介は血塗れの顔を歪め、楽し気に笑う。

 

「どうだ、蘭? 痛ぇだろ? ダンナの力、思い知れ」


「離せっ、コンチクショウ!」


 ヒョイッと栄介は片足だけ離した。


 もがく妻の背中へ自らの体を密着させ、首も一緒に締め上げる。

 

 変形のSTFだ。

 

 他団体のエース級からギブアップを奪った事もある栄介の得意技である。

 

 現役で暴れていた頃の蘭は、殴る、蹴るのラフファイト一辺倒で、こんな展開には慣れていない筈。

 

 そう言や、初めて話した夜、蘭子自身がそうこぼしてたっけ……

 

「ホレ、ギブしな」


 若き日の追憶を蘇らせつつ、STFは全く弛む事が無い。痛みの余り、蘭の息遣いが乱れていく。


 ハァハァ……


 あえぐ口元へ指先を入れ、栄介は妻の唇をひん曲げた。お次はレフェリーの死角から、鼻の穴へ指先を突っ込む。


 ヒールの凶器攻撃とは一味違う正統派の「裏技」だ。


 試合の勝敗とは別に、ファンが気付かぬ内、相手の心をへし折る技術。生意気な対戦相手への制裁として、栄介が使い続けてきたルール外のオハコである。


 今や只、目前の「敵」をひねり潰す快感にのみ、彼は酔い痴れ始めた。プロレスラーの誰もが持つ「ドS」の属性全開だ。


 そして同時に甦った懐かしい感触がある。


 体の下、ピッタリくっついた妻の肌、その温もりが、毎夜求めあった若き日の欲望を蘇らせたのだ。


 蘭子の首筋に滲む、汗の匂いが甘い。


 久々に生じる下半身の変化を栄介は抑えきれなかった。

 

 おぉ、何年ぶりだろ、この感じ?

 

 グッとトランクスを盛り上げる強張りの下、技から逃れようと豊かな尻が蠢く。

 

 ツンツン……

 

 彼の「先っちょ」が、その度に触れる。

 

 おぉ、こりゃ溜まンねぇ。

 

 でも、こんなザマじゃ俺、まともに立ち上がれね~ぞ。

 

 栄介が腰を引くと二人の体に隙間が生じ、その機を逃さずにハルマゲ蘭はロープへ逃れた。

 

 直後、振り返る瞳が若干潤んでいる。乱れた呼吸が、中々鎮まらない。


 まさか、お前も感じちゃったの?


 下半身の強張りが治まるまで体を床へ伏せ、栄介は冷静になろうと、蘭の状況を観察してみた。


 STFは首筋、脚、そして腰にも大きなダメージが残る。


 呻きながらロープへもたれる蘭に、まだ回復の兆しは無い。攻め切る好機と確信し、栄介は逆サイドのロープへ飛んだ。


 四十代前半から使っていないドロップキックが妻の豊かな胸元へ喰い込む。


 良い感触だ。

 

 二発目を仕掛けようと思ったものの、リング下のロープ際へノストラ睦美が忍び寄っている。足を引っ張られ、栄介は頭からマットへ突っ伏した。

 

「……クソジジィ、好き放題やりやがってよぉ!」


 蘭は栄介へ唾を吐きかけ、力一杯リング下へ蹴落としていく。


読んで頂きありがとうございます。

二人の闘い、次回で決着です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ