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 実力はあるけど、華が無い。


 そう言われ続けてきた「クラッシャー真白」こと真白栄介の唯一、人目を惹く経歴は妻である。

 

 35才の時、複数の団体が合同開催したアジアツアーへ参加し、そこで蘭子=ハルマゲ蘭と初めて接した。


 当時の彼女は、レスラーとしての絶頂期にある。


 巨体を利す凶悪ファイトで一世を風靡、女子プロの年間MVPを受賞した直後だったから、当初、ツアーで前座扱いの栄介と接点など皆無。


 でも試合中の乱闘からファンを守る為、蘭子が振り回す木刀を目尻に受けた栄介が派手に出血した日、彼女は夜間、ホテルの個室を訪ねてきた。

 

 

 

 

 

「あの……ごめんなさい……傷、大丈夫でしたか?」


 オズオズと尋ねる蘭子は、試合中とは別人で、優しく繊細な人柄に思えた。


「気にしないで下さい。試合中の事だし、仕事上なんで」


「でも……」


「ハルマゲさんは今回、アジアツアーの主役、巡業の華じゃないですか」


「いえ、あたしはそんな……」


 蘭はまん丸い頬を少し赤らめ、躊躇いがちに言葉を継ぐ。


「戦いが始まると、いつもエキサイトし過ぎて……周りが全然見えなくなると言うか……相手をトコトン、徹底的に叩き潰したくなる癖が……」


 止まンない、と口の中で呟き、フッとほくそ笑む瞳の奥が不穏な光を宿し始めた。


 やばい。


 試合のノリが、今更蘇ってきたのか?


 こんな狭い部屋でこの女にエキサイトされたら、俺、只じゃ済まないぞ。


 込み上げる危機感を噛み殺し、栄介は精一杯の笑顔を作って、


「俺は好きです、ハルマゲさんの戦い方」


 蘭の眼を見つめ、熱く訴えてみた。


「は、ハイ?」


「試合の動画、ずっと前からチェックしてたんですよ」


 咄嗟に出たセリフだが、それは決して嘘ではない。


 一件、暴れ放題のラフファイトに見えて対戦相手の見せ場も十分意識し、ファンを満足させて帰途へつかせるスタイルには、以前から一目置いていたのだ。


「ハルマゲさん、遠慮せず、明日からも思いっきり暴れて下さい」


「……ハイ」


「それで日本のプロレスを世界へアピールしてくれたら、前座の俺も胸を張れるんで」


「前座なんて……あたしも見てます、真白さんの試合。基礎を大事にしたグラウンドの攻防、あたしが苦手な分、凄く勉強になるわ」


 どんだけプロレスが好きなんだか、今度は少女の様に蘭子の瞳が輝いた。


 その後もプロレス談議に花が咲く。


 興が乗り、勢いがついた挙句、何時しか前のめり気味に栄介の手を掴んで来た。

 

 ミシリと関節が軋み、悲鳴を上げそうになるのを辛うじて堪える。

 

 何ちゅうパワーだ。こんだけの握力、ジュニアヘビーの男子にも中々いねぇ。


 必死で作る笑顔の裏側、栄介の頬を痩せ我慢の冷や汗が伝っていく。


 蘭子はそれには全く気付かず、


「あの……あたし、ね……できたら、いつの日か……」


「いつか?」


「……いえ……何でもありません」


 はにかんで口を閉じた時、本当は一体、何を言いたかったのか?


 蘭子は連絡先を書いたメモだけ残し、顔を真っ赤にしたまま、逃げるように部屋を出ていってしまった。


 来るも帰るも、突然の嵐に似た怒涛の勢いって奴だ。


 そして試合中の獰猛さと普段の可憐さのギャップが栄介の心へ深く焼き付き、日本に帰ってすぐ彼女を食事へ誘ってみた。


 勿論、ダメ元のアプローチである。なのに意外や即座にOKで交際スタート。


 その後も密かな逢瀬を重ね、互いの試合を観戦、アドバイスを伝え合う日々を続けて2年。結婚を決意したのは、蘭子のタイトルマッチがきっかけだ。

 

 女子プロには珍しい金網デスマッチで、相手は長年の仇敵である。

 

 決着戦と銘打たれた武道館でのメインイベントは白熱の好勝負となったが、試合開始から23分経過した所で、蘭子は極めて危険な選択をした。

 

 強烈なラリアットでダウンを奪った直後、ケージの金網をよじ登り、4メートルもの落差から仇敵を見下ろしたのだ。

 

 両手を合わせて拝む姿勢から、ファンは何を狙っているか悟った。

 

 特別な試合でしか出さないハルマゲ蘭の切り札・大往生ギロチンドロップ。

 

 コーナーポスト最上段からジャンプし、腰と直角に曲げた太腿を相手の首筋へ叩きつける大技で、喰らう側、仕掛ける側、どちらにとっても極めて危険。

 

 まして金網ケージの梁の上は、コーナーポストより遥かに高い。

 

 拝み姿勢で、蘭はしばし動きを止めた。高すぎて流石に怖いのだろう。

 

 普通の恋人同士ならパートナーの危険な行為は避けて欲しいと思うもの。

 

 しかし、栄介はプロレスラーとしての本能で駆り立てられる蘭子の気持ちが、手に取るように分かった。

 

 満場の喝采に応える最高の舞台なのだ。多分、俺もやる。命がけでも躊躇わず。

 

 ほんの一瞬、怯えた眼差しを恋人の方へ走らせたハルマゲ蘭へ、声を張り上げ、栄介は叫んだ。

 

「飛べ! お前のプロレスを世界へ見せつけてやれ!」


 彼女は小さく頷いた気がする。


 そして巨体が大きく舞い、急降下……リングが揺らぐ程の衝撃で仇敵は完全KO。


 その試合は女子プロの年間最高試合となったが、払う代償も大きい。腰骨を折った蘭子は懸命のリハビリも虚しく、引退を決める羽目になったのである。


 やはり止めるべきだったか?

 

 栄介も又、自身の判断への疑問、後悔の念を抱き続けてきたが、蘭は一度も彼を責めた事は無い。

 

 そしてハルマゲ蘭の引退後、記者会見を開いて入籍を発表する。

 

 不釣り合いだとファンは騒ぎ、マスコミでも笑いのネタにされた。周りの声なんて当時の二人は気にもしなかったのだが……


読んで頂き、ありがとうございます。


今日も殺人的な暑さになりそう。皆様、くれぐれも御自愛下さい。

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