習慣
三題噺もどき―ななひゃくろく。
小さく窓を叩く音が聞こえ始めた。
昨日から雨が降ったりやんだりを繰り返している。
数秒前まで静かだった部屋は、あっという間に雨音に支配される。
「……」
その中で、キーボードを叩きながら、淡々と仕事を進めていく。
たまにマウスを操作しては、キーボードに手を添えなおしている。
姿勢が悪いせいか、ブルーライトカット加工のされた眼鏡が下にずり落ちてくる。
それを元に戻したり、戻さなかったり。
「……、」
最後にエンターキーを押し、マウスで一番初めにまで画面を戻す。
最終的な確認をして、これはとりあえず終わりだ。
抜けがないか、入力ミスがないか……最終的な再確認はもう一度するが、ここで軽くしておく。あとが楽とかそういうわけではなく、単に流れ作業の一環としてやっていると言う感じだ。
「……よし」
とりあえず、一通りの確認を終える。
保存までしたことを確認したうえで、開いていたウィンドウは閉じて置く。
何かあってはたまらないからな……。こういうのはあまりしなくてもいいのかもしれないが、万が一というのは、なんにでもあるだろう。備えあれば患いなし。だ。
「……」
全てを閉じた後には、真っ白な画面が写し出される。
ランダムで変わるように設定されているパソコンのホーム画面には、白地図が写っていた。
それに、徐々に国ごとに色が強く様な仕様になっているようだ。ぼうっと見ていると、カラフルな世界地図が完成される。
「……」
なんとなく行った国は覚えている。
端から端に跳んだり、大陸内を飛んだり、よくしていたものだ。
まぁ、あの頃は色々と隠れながら逃げながら撒きながらというのもあったので、正確には着地しただけみたいなところもあるが……それも含めると結構な場所に行っている気がする。
「……」
机の上に置かれていたマグカップを手に取り、数ミリほど残ったコーヒーを飲み干しながら、そんな過去の事を思い出す。
浸るようないいものばかりではないが、今思えばよくあんな断行ができていたものだと……まぁ、今でも毎年、年初めにやっているけれど。
「……、」
同じ映像の繰り返しをしている、白地図から目をそらし、壁に掛けている時計を見る。
もうそろそろいい時間だろう……体内時計というのにはホントに驚くばかりだ。
毎回同じくらいのこの時間に、こうして時計を見上げているのだから……習慣が恐ろしいのか?
「……」
すこし耳を澄ませると、案の定、リビングの扉が開く音が聞こえた。
そのすぐ後に閉じた音まで聞こえる。
耳はいいのだもちろん、吸血鬼だもの。蝙蝠のアイツには劣るかもしれないが。
「……」
今日は珍しくスリッパでも履いているのか、ぱたぱたと音が聞こえる。
いつもは裸足だ。私もアイツも、家の中で靴下というのを履いたり、室内履きを履いたりするのは好きではないからな……足音が殺せなくなるから。
後普通に窮屈であまり好きではない。
「……」
さすがに外出の際は靴下は履くけれど……冬の時期には足が冷えるからとムートンブーツと言うのを履いていたが、アレは靴下も合わせると窮屈だった。それでも寒さには買えられないので履いていたけれど、今年の冬は履かないかもしれない。
ブーツならもっとシンプルなのがいい。
「……ご主人」
なんて、どうでもいいことを考えて居たら、いつの間にか部屋の扉が開かれていた。コイツは一生部屋のノックを覚える気はないらしい。
廊下からの明かりによって、逆光になっているせいで黒い塊と化した小柄な青年は、腰巻のエプロンを付けていた。後ろ手に紐で結ばれ、まるで猫の尻尾のように揺れている。
今日は機嫌がいいらしい。
「……休憩にしますよ」
「あぁ、行く」
マグカップを手に持ったままだったことを思いだし、それを落とさないように持ち直す。
必要最低限の食器しか揃えていないから、これが今壊れるとこの後の仕事に支障が出る。
私が椅子から立ち上がったことを確認し、先にリビングへと戻るアイツを追いかける。
「……ん」
廊下の先にあるリビングからは、扉の小さな隙間からチョコレートの甘い匂いが漂っていた。果たして今日は一体何を作ったのだろうな。
「……チョコレートケーキ……?」
「正確にはチョコレート“レアチーズ”ケーキです」
「ほう……」
「初めて作りましたけれど、いい感じにできましたよ」
「……そうだろうな」
「?なんですか」
「なんでもない。……いただきます」
お題:白地図・チョコレート・ブーツ