第1話 目覚めの石室(ストーン・チェンバー)
先週末に思いついた作品を書いてみました。
設定変えるのが大変そうだったので保険掛ける意味でR-15指定&残酷な描写指定しました。
冷たい石の床が、背中にじんわりと冷気を伝えていた。湿った空気。微かに鼻をつく鉄と血の混じった臭気。そして、天井に浮かぶ煤けた燭台。
慧は静かに瞬きをした。視界が徐々に焦点を取り戻し、ぼんやりとした記憶の輪郭が戻る。
(俺は……確か、横断歩道を……)
記憶の断片が脳内で交差する。トラック。急ブレーキの音。だが、その先がない。代わりにあるのは、この見知らぬ空間の現実。
「……冗談だろ」
そう呟いた声も、どこか他人事のようだった。自身の体を見下ろすと、学校の制服ではなく、粗末な布地で編まれた見慣れぬシャツとズボン。
慎重に立ち上がる。足元に転がる枷、壁に打ちつけられた鉄の環、そして奥に横たわる……人影。
その瞬間、耳に響いたのは規則的な金属音だった。
──カン、カン、カン……
扉の向こうから、誰かが鉄靴を響かせてこちらへ近づいている。慧は即座に床に目を走らせ、落ちていた棒状の鉄片を拾い上げた。
「やるしか、ないな」
ドアが開いた。三人の兵士が剣を抜きながら突入してくる。その瞬間、慧は疾風のように走り出した。
(剣の重心は下。間合いの外から入る。初撃は首ではなく、足首か膝関節。)
自らの身体に染み込んだ動きを信じ、棒を振るう。第一撃は先頭の兵士の膝裏を撃ち、体勢を崩させた。続く第二撃で、鉄兜の側頭部を狙う。
「ぐ……ぁっ」
呻き声と共に兵士が倒れる。だが、残りの二人は即座に応戦体勢に移っていた。
(早い。これは、実戦慣れしている。)
慧は跳躍して距離を取り、石室の柱の陰に身を隠す。そして、床の角度、柱の位置、敵の装備重量を一瞬で分析し──
「先手必勝、か」
予測通りの動きで突っ込んできた敵を迎撃し、二人目を打ち倒す。残り一人。慧は睨みを利かせながら、棒を構え直した。
──その刹那、兵士の背後から声が響いた。
「下がれ。そいつは……我々の“想定”にない存在だ。」
第三の人物。銀髪を後ろで束ねた、黒衣の男が歩み寄ってくる。その手には剣も魔法具もない。ただ、一目見ただけで慧は悟った。
(あいつは、指揮官だ。そして……こっちが手出しすれば、命はない)
緊張が空気を支配する中、男はわずかに口角を上げて言った。
「……ようこそ、見知らぬ者よ。この世界へ」