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魔ノート

作者: 後藤章倫
掲載日:2025/11/30

 引っ越しの時、荷造りをしていたら押し入れの奥から段ボール箱が出てきた。 その段ボール箱は、この部屋へ引っ越してきた時に前の部屋から荷造りして持ってきたものだけど、開けぬまま四年が過ぎた事になる。

  つまりは開けなくても、この四年間事足りていたわけで、今更箱の中身が何なのかさほど気にならない。

  荷造った荷物を、アパート前の道に横付けした軽トラックへ運ぶ。この部屋は二階だから、部屋から軽トラックまでの階段往復は身体に堪える。

「お前、コレ何が入ってんの?」

 引っ越しを手伝いにきていた川ヤンの表情が険しい。川ヤンが手にしている段ボール箱は、あの未開封の箱だった。

「いや、俺も何を入れたか覚えてないんだわ。それな、前の引っ越しの時に荷造ったやつなんよ」

「重いんだけどコレ」

そう言いながらも川ヤンは箱を抱えて階段を降りていった。


 新しい部屋での暮らしが始まり二週間が過ぎたけど、まだ開封していない段ボール箱や収まるところがない品物で部屋の中はグゥオングゥオンしている。

  まだ開封していない段ボール箱があるくらいだから、引っ越しの時に出てきた段ボール箱も当然そのままだった。

  ここでの暮らしもひと月を迎えようとする頃にはだいぶ部屋も整理されてきたのだけど、あの段ボール箱と更にもうひと箱、未開封のものが増えていた。生活は出来ているし、どうしても箱を開けなくても良く、只、その二つの段ボール箱は事あるごとに邪魔で、仕方なく押入れの奥に二つとも追いやった。


  何か引っ越しばかりしているなと思い始めたのは、ここへ引っ越してから二年後の事だった。また引っ越しをやっていた。

「お前、よく引っ越すよな」

段ボール箱を抱えながら川ヤンは言った。自分では自分なりの引っ越す理由があって、好きで引っ越している訳ではないのだけど、普通に考えると矢張おかしな事かも知れない。

  当然、押入れの奥に追いやった段ボール箱は未開封のまままた運ばれていた。

「これさ、前の時のままだろ?要るのコレ?」

川ヤンが口を尖らせる。

「つかコレなによ?二箱に成ってない?」

川ヤンがそう言うのも不思議ではない。自分でもこの二年のうちにいつかは開封しよう開封しようと思っていたのに、結局開封しないまま次の引っ越しを迎えてしまった。

「開けないんだったら要らないものなんだよ。捨てて行けば?」

「うーん、でもなぁ中身確認しないで捨てるっつーのもアレだから」

「じゃもう今日新しい部屋に行ったら開けようぜ」

川ヤンはそう言うと段ボール箱を車へ運んだ。


 「じゃ開けるぞ」

新たな部屋へ荷物を運び終わって直ぐに川ヤンが言った。

「じゃ、こっちから」

自分で開けたかったけど、川ヤンがもうガムテープを剥がしに掛かっていた。

「こっちはまだ軽かったんだよなぁ」

ガムテープを剥がして、段ボールを捲ると嫌な臭いが広がった。

「くっさ、お前これ」

中身を見てようやく思い出した。前の部屋に引っ越す時に、洗濯しそびれていた洗濯物を荷造り中だった段ボールへ詰め込んだのだった。

「うわ、最悪。これはこのまま捨てるわ」

「そうしろ、そうしろ、じゃこっち。前の前からあるこの重い方」

「これ、自分で開けるから」

「そんなら早く、ホレ」

川ヤンに急かされて、ガムテープの所へカッターの刃を入れ、さっと引く。段ボールをゆっくり開ける途中でゴロっと音がした。


 石だった。


 黒い色の様々な大きさの石が段ボール箱に詰まっていた。

「ナニコレ?」

川ヤンが呆れた声を出す。

「俺、毎回石を運んでいたわけ?」

はて?この石は何だったか思い出せない。石を手に取ってみても何だったか分からない。でも入っている石は黒くて少し不気味だ。

「とりあえず全部出してみれば?」

川ヤンは中を全部見ないと気が済まないみたいな口調で言った。

 床に少しずつ石が増えていき、箱の中の石は減っていく。石炭でもないし、化石の類いでもなさそうで、でも何か意味ありげだと思いながら石を取り出していると、段ボール箱の底にノートの表紙が現れた。

「魔ノート」

箱を覗き込んだ川ヤンは表紙に書かれていた文字を口にした。

「コレお前のノート?魔ノートってヤバくないか?」

書いた気もするけど、自分のじゃない気もする。恐る恐るノートを取り出す。

「中、見てみ?」

川ヤンは興味津々だ。頁を捲ってみると何やら書いてある。


 テーブルに座った俺たち四人は無言だった。そのうち人の気配がして、俺たちのテーブルの周りは人で囲まれていた。囲んでいたのは年寄りばかりで若い人は居らず、囲まれているのに危機感は無かった。

  どこから声がしたのかは分からなかったけど、「では、そろそろ」と聞こえた直後に隣に座っていた女の人が背中から刃物で刺された。刺したのはごく普通の人の良さそうな婆さんだ。


 「ちょっと川ヤン、これなんやろ?」

「何が書いてあるのん?」

川ヤンはそう言いながらノートを手にした。暫く読んで、それから変なものを見るような目でこっちを見た。

「コレ、お前が書いたの?」

「違う違う、書いてない。このノートにも、石にも見覚えないし」

「他の頁も見てみるか?」

川ヤンがパラパラと適当に頁を捲り、そこを二人で見やった。


 うしろを見るな。声は頭の中で鳴っていた。うしろを見るなと言われても、そもそも真っ暗で前も見えない。直後に後ろから抱きつかれ、身体は硬直した。

 その硬直はゆっくりと解かれた。柔らかな肌が密着していて、それは心地の良いものだった。なんとも言えない良い香りがして、気持ちを落ち着かせる。それが段々と情欲を駆り立てていき、抱きついている女に振り返った瞬間に股間を噛み千切られた。

 目の前には血みどろの肉片を咥えた醜い狼が俺の事を見上げていた。


 「ちょっと猟奇的というか、気色悪いというか」

「コレ本当にお前が書いたんじゃないの?」

川ヤンはまだ疑っているみたいだったけど、最後の頁を見ると顔つきが変わった。


 封印するには高砂山の、あの黒い石をノートの上に敷き詰めて


 そこで文字は終わっていた。裏表紙には何語か全く検討のつかない文字が四文字熟語のように真ん中に記されている。

「封印とか書いてあるぞ」

「石、退けたって事は、封印解いてしまった?」

「いやぁ、なんかコレいたずらだろ?中二病とか」

川ヤンは楽天的な方へ考えたけど、そもそもこれが入っていた段ボール箱を何で自分が所持していたのかさっぱり分からない。


 今日は楽しみにしていた映画の公開日で、川ヤンと二人、電車に揺られていた。

 乗っていた山手線が原宿駅に到着すると、割りと混んでいた車内に余裕が出来、入口付近のシートに丁度二人分のスペースが出来た。

「ラッキー」なんて言いながら川ヤンと座った。渋谷へ着くと降りる人よりも乗り込んでくる人の方が多くて、また車内は混雑した。何となく年配の人の姿が目につく。

「なぁ、席譲った方が良いよな?」

川ヤンがそう言うから、目の前に立つ人たちを見上げると確かに席を譲るべき老人が居るのだけど、どの老人も似たり寄ったりの歳に見え甲乙つけがたい。

「譲りたいけど、誰にするんだよ?みんな同じくらいの歳みたいだぞ」

俺の横に座っている女の人は居眠りを決めている。川ヤンを見ると、もう狸寝入りを始めていた。仕方ない、あと数駅だし寝たふりをする。

「では、そろそろ」

 確かにそう聞こえた。どこかで聞いた事のある言葉だった。なんだっけと思っていると、電車が揺れ、前に立っていた婆ちゃんがよろめき、俺の横の女の人の足を踏みつけた。

 「痛っ」という小さな声がして、それと同時に女の人の頭にナイフが降ってきた。

「あら、ごめんなさいね」

婆ちゃんは悪びれる事もなく、手荷物から落下したナイフとフォークを拾い上げた。

俺は気味が悪くなった。隣で川ヤンは本格的に寝ていた。


 品川駅に着く少し前に川ヤンを揺すり起こして、電車のドアが開くと同時にホームへ出た。

「どうしたの?そんなに焦って、まだ映画まで時間あるじゃん?」

「あのノートだよ」

「あのノートって、お前の引っ越しの時のアレ?」

「そう、アレに書いてあった事がさっき・・・」

「アレったって、女の人が婆さんに刺されたり、狼がチンコ食い千切ったり、他のとこには何が書いてあるのか知らないけど。そんな事があったの?」

川ヤンは、魔ノートの事はとっくにいたずらか何かと思って忘れているみたいだった。そういう俺も似たようなものだったのだけど。

「では、そろそろって聞こえたんだよ」

「それがなに?」

川ヤンは本当に覚えてないみたいで、まるで分かってなかった。

「したらさ、隣に座っていた女の人にナイフが落ちてきて、それは前に立っていた婆ちゃんの手荷物から落ちたナイフとフォークで」

「女の人にナイフ刺さらなかったんだろ?偶々だって」

「でもあのノート最初に読んだとこ覚えてる?「では、そろそろ」って聞こえて女の人が刺されるくだりだったじゃん?」

「ナイフって言っても食事の時のやつだったんだろ?偶々だって」

川ヤンはそう言って取り合おうとはしなかった。


 もう席をたって出口に向かう者も出始めている中、俺と川ヤンはエンドロールの流れるスクリーンを呆然と眺めていた。

 本編は期待以上に面白かった。シリアスな内容の中にも笑いの要素があり、飽きることなく話は進んでいった。それがクライマックスで突然ぶっ飛んだ。

 ラストのシーンで、俺と川ヤンは、背もたれがあるにも関わらず後退りした。

 その画面には、肉片を口に咥え、血を垂らしながら此方を睨むように見ている黒くて醜い大型犬が映っていた。そこで映画は終わった。

「アレ、あのあとどうした?」

川ヤンも流石に気になるらしい。

「箱に戻して、石入れて、えっと押入れだったかな?いや、どうだったか?」

「ちょっとキショイな、偶々じゃないかもな」

客席に座っているのは、もう俺らくらいで、館内の照明も明るくなっていた。


 帰宅して直ぐに、あの段ボール箱を探す。押入れには無い。

 キッチンの蛇口から水滴がポチャリと落ちて、目をやるとキッチンの下の収納が少しだけ開いていて、包丁差しが見えていた。

「そうだった、あそこにとりあえず入れたんだった」

 収納の扉を開けると、あの段ボール箱が無造作にあった。適当に放り込まれた黒い石が、やっぱり少し不気味だ。

 その石の隙間から、あのノートが見えた。確か、仕舞う時には箱の底へ入れた筈。上の方の石を少しずらしただけで、魔ノートは顔を出した。

 ノートを手に取る。白いノートが黒ずんでいる。ノートを捲ると、背後に気配を感じたけど気のせいだった。この部屋に他に人がいる訳もない。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す


と、一行書いてある頁がある。


 猫の生首を四十四個ベッドに並べなさい。机の上へ十字に蝋燭を配置し、それを灯しなさい。

そしてそれを


 そこまでしか書いていない頁もある。狂ったように、呪い呪いと一面に書き殴った頁もある。

このノートマジでなんなんだ?

 開けてしまったのは仕方ないとして、なんでこの段ボール箱を所有していまったかという事を考えてみると、どこかの引っ越しの時に、前からあった段ボール箱を自分の物として間違えて持ち出してしまったとしか考えられない。

 前の所有者が封印して、わざと置いて行ったのだろうけど、どのタイミングで自分が所有してしまったのかは全く分からなかった。


 「いやぁ、まいったわ、殺すって書いてあったぞ」

「マジか?」

川ヤンは目を逸らせている。

「見る?」

「え?」

「持ってきた。ホレ」

魔ノートを川ヤンへ軽く投げる。

「うわ、びっくりさせんな」

川ヤンはそう言うと、落としてしまったノートを拾い上げた。

「なぁ、川ヤン?」

「ん?」

「それが入っていたあの段ボール箱なんだけど」

「うん」

「アレって、お前のじゃないの?」


 俺が川ヤンにそう言うのには理由があった。

 大分前に住んでいたアパートの部屋は、前の住人が川ヤンだった。そしてその部屋から引っ越す時に、実は前からあった段ボール箱だとは気付かずに持ち出してしまったのではないかと仮説を立ててみたのだ。

 つまり、川ヤンが置いていった段ボール箱だったのではと思った。

「実は・・・」

川ヤンは、何かを既に思い出しているような表情に見える。

「映画の帰りにな、なんか思い出して、もしかしてあの段ボール箱はって」

川ヤンは、ばつが悪そうだ。

「お前が引っ越す度にアレ出てきてたじゃん?本当に最初は分からなかったんだよ。重いなぁ、何入ってんだコレ?って。で、映画の帰りにアレ?って何か忘れていたものがフワッと」

意を決したみたいな目で川ヤンが此方を見る。

「アレ、あの部屋にあったんだわ。それこそ押入れの奥に。でも重いからそのままにしといたわけよ。何が入っているかも分からないし。暫くしたらそんな事も忘れてしまって、引っ越す事になってアレは置いて行ったら、次の入居者がお前だっていうじゃん」

「あの部屋に引っ越した時は、引っ越しの手伝いは川ヤンじゃなかったもんな。じゃ開けるまで中身は知らなかったって事?」

「うん」

「あんなノートと何年も一緒に暮らしていたとは」

「つことは、俺の前の住人が封印したって事か?」

 最早、川ヤンの前の住人が封印したとか、そういう事はどうでもよくなっていた。

 さて、この魔ノートをどうするべきか考えてみる。特に実害があった訳でもないけど、書かれている事柄は気色悪く、偶々だったのかも知れないけど似たようなシチュエーションに出くわした。とすれば、殺す殺す殺すなんてのはどうなるのか?呪いだ蝋燭だ猫の生首だって。

「ちゃんと封印して捨てるしかないんじゃん?」

川ヤンはそう言うけど、封印までは良いとして、捨てるっていう行為がなんか罰当たりな気がしてしまう。

「今の状態って封印解いてるわけだよな?で、また封印する?魔ノートもさ、封印されたり解かれたり、また封印されたりしたらどうなんだろ?」

そんな事を言い合っていると声がした。

「お前ら」

「わっ」

俺も川ヤンも魔ノートが喋ったから驚いて、川ヤンは手にしていた魔ノートを下へ落としてしまった。

 魔ノートを見下ろしながら妙な感覚になる。

「喋ったよな?コレ」

「ヤバすぎやろ?」

「どうするコレ?」

すると背後から俺らふたりの肩が叩たかれた。

「お前らっつってんじゃんか」

ビクッとして二人同時に振り返ると、バイト先の先輩の川添さんが驚いた顔をしていた。

「なに?そんなにビビる事ねぇだろ?」

「なんだよ川添さんかぁ」

「なんだとはなんだ?何してんのこんなとこで?」

そう言いながら川添さんは俺らの足元にあるノートを見た。

「魔、ノート?なにこれヤバヤバじゃん」

川添さんは笑いながらノートを手に取った。すると川添さんの表情が一変した。目つきがおかしい。

「川添さん?」

川ヤンが呼ぶと、川添さんは尋常じゃない速さで川ヤンへ振り向く。

「ちょい、ヤバいって、川添さんイッてるぞ」

川ヤンが俺に言ってるそばから、川添さんが唸っている。

「では、そろそろ」

そう言う声がした。川添さんが言ったのか分からない。直後に川添さんが飛びかかってきた。寸でのとこで川ヤンは川添さんを交わした。俺と川ヤンは全力疾走する羽目となった。

 後ろから川添さんの叫び声がする。

「お前らぁぁぁ、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「どうなっとるん?」

走りながら川ヤンが聞いてくるけど、そんな事分かる筈もない。兎に角、全力で逃げる。


 川添さんが死んだと川ヤンから連絡が入ったのは、翌日の夕方だった。

「バイト行ったら店長が慌ててて、昨日の夕方に交通事故でって」

「昨日の夕方つったら俺らを追いかけてた時って事?」

「詳しくはまだ分からないけど」

「川添さんさ、魔ノート持ったままだったよな?」

 後日、ローカルニュースの報道によると、「殺す」とか叫びながら、道へ飛び出て、廃品回収のトラックに突っ込んだみたいで、即死だったらしい。あのノートの他の頁にそんなくだりがあったのかは、今となっては分からない。

 ふと、魔ノートが入っていたあの段ボール箱が気になり、キッチン下の扉を開けた。段ボール箱の上が少し開いているのに、中の黒い石がよく見えなくて違和感がある。

「そんな訳ないやろ」

 段ボール箱を開けると、ある筈のないノートが其処にあった。魔ノートの下で黒い石がコロっと小さな音をたてた。そして・・・


 声が聞こえた。


「では、そろそろ」



                                  〈了〉










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