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告白

《プロローグ》

 ――あの眩しい笑顔の先に、俺はいない。


「ずっと前から、小さい頃からっ! 好きでした……っ! 私と付き合ってください」


 告白すれば恋が成就すると陳腐でちんけな噂が囁かれた、伝説の桜の木の下で。

 少女の爛漫たる瞳は、美しくも儚げだった。

 視線を交わすほど、愛おしくも切ない感情が込み上げる。

 だが、それも刹那の逢瀬。


「……」


 瞬く間に、彼女はギュッと唇を結んで頬を紅潮させるや、沈黙に耐え切れず俯いてしまった。何か言わなければならない。そんな沈黙が続いた後。

 旧校舎の中庭に、一陣の風が吹いた。

 ピュー、っと。


 まるで、じれったいな、早くしろよと煽っているかの如く、少女の頬を撫でつけた。なびいた黒髪が唇にかかり、散りゆく桜の花を添えたちょうどその時。


「うぅ」

「うぅ?」


 小刻みに震える身体から漏れ出した声に耳を澄ませれば、


「あーっ。無理無理無理っ! やっぱり、私には無理だよぉ」


 これまで安定感を誇っていたジェンガが瓦解するかのように、突如静寂は破られた。

 花がブンブンと首を振り回し、体育座りのまま顔を隠してしまう。うがー、ダメだー、恥ずかしい~、などと容疑者は供述しており……


「これは練習だろ、花? 俺相手に緊張してちゃ何も始まらんぞ?」


 俺は、かのラブコメ主人公様を見習いやれやれと肩をすくめてみた。


「だってぇ~、緊張しちゃうもんはしちゃうんだもん。卓ちゃんは聞いてるだけだから楽だよね。私、告白なんてしたことないし……いくら仲良しの友達と練習だって、恥ずかしくなるもんだよ!」


 恨めしい視線を頂戴するや、俺は今度こそ本当に肩をすくめる気持ちになった。


「……仲良しの友達、ね。ハッ。結構、つれーわ」

「え? 何て言ったの?」

「ん、気にするな。そんなことより、今は花の問題だ。この有様じゃ、あの鈍感王は告白されたと認識さえしないぞ」


 精神をチクチク刺してくるわだかまりを払拭せんと平静を保った。


「俺たちに、手をこまねいている暇は一秒もないぜ。裕太を狙う他のライバルたちに追い付くどころか、まだ見ぬ強者どもがこれからドンドン押し寄せてくるのだから」

「う、うん。裕太ちゃん、すごくモテるもんね。エルミンや橘さんに負けないように頑張らないと」


 よし、やる気が戻ったな。ポジティブさは花の長所だ。

 前屈みで彼女の顔が近い。吐息、こそばゆいからやめて。

 別のことに意識を移すため、俺はコホンと咳払いを一つ。


「前にも言ったけど、花はラブコメ主人公の幼馴染だ。得てして、幼馴染には敗北の気配が色濃く付きまとう。なぜか、分かるか?」

「ううん、全然」

「初めから、距離が近いからだ。仲良しってのは、ヒロインにとってハンデなんだよ!」

「え~、仲良しが問題なの? 私、よく分からないなぁ」


 花が、う~んと首を傾げてしまう。


「親しい距離ほど、関係が強固だろ? つまり、振れ幅が小さいっ! ってことは、ドラマが生まれにくい! ヒロインに一番必要なものこそ、ドラマティックだっ!」


 例えば、映画を思い出してほしい。

 恋愛モノでも、アクションでもいい。出会いのシーンだ。

 序盤、主人公とヒロインの間には大きな隔たりがある。物理的なものに限らず精神的な障害かもしれないが、とにかく乗り越えなければならない壁は大きいのだ。


 難しい試練を突破する時、人はそこにカタルシスを見出すのである。

 畢竟、ヒロインとはドラマを広げてなんぼの存在なのだ。


「で、でも……私、裕太ちゃんと一緒に過ごした思い出の数なら他の子に負け」

「――思い出? プレシャスメモリー? やめろ、過去を語るな。回想は死と同義だぞ。んなもん、唾棄すべきゴミだと思え!」

「ひどいよ! 卓ちゃんのばかぁー」


 反論のインターセプトに、花はむくぅ~っと頬を膨らませてしまう。

 さりとて、彼女はまるで理解していないのだ。

 幼馴染の最たる敗因こそ、自らの大事な記憶に基づく慢心ということを。記憶の箱はパンドラ製ゆえ、希望的観測を抱いてはいけない。


「卓ちゃんの考え方、難しいよぉ」


 当たり前だ。

 まともな奴は、こんなメタ的手法に頼ったりしない。

 正規ヒロインがこの手の話題に納得する方が問題だ。

 世界を俯瞰気取りのひねくれ者など、俺だけで十分なのだから。


「じゃあ、今日はもう帰るか」


 木の根元に置いたバッグを背負い、俺たちは帰宅の途に就くことにした。

 校門を抜け、十字路の信号につかまった頃合い。


「そうだ、花。ちゃんと裕太の家に寄って行けよ」

「えぇ、どうして?」


 きょとんとすっとぼけたヒロインに、やれやれ味をテイスティング。

 現代の若人よろしく、おかしな日本語を作る程度に辟易だ。


「あのさぁ……物語は、主人公を中心に回ってるんだよ。メインキャラなら、もっと出しゃばれ。つねに、主人公の隣を確保しろ」

「うーん、別に用事ないんだけどなぁ」

「用事がなきゃ、でっち上げろ! 別件逮捕だ!」


 支離滅裂な思考と共に、俺は声を荒げることこの上なかった。

 ……オメー、ただでさえ幼馴染は影が薄くて埋もれるんだぞ!

 花の背中を叩いて先を急かすと、彼女はキャッと小さな悲鳴を上げた。


「もう、まったく卓ちゃんは強引だなぁ。行けばいいんでしょ、行けば」

「疾く走れ!」

「はぁ~い」


 渋々といった口調で、小走りで通りの角を曲がった花。

 やっと姿が見えなくなり、俺はため息と共に独り言ちていた。


「――お前はもう、負けている」


 誰が決めたか、幼馴染ヒロインは敗北者。

 ラブコメにおいて、古より伝わりし掟である。

 そんなことは百も承知だ。

 数多の幼馴染が、後悔を伴う涙を呑んできたことだろう。


 いや。

 だが。

 しかし。

 されど。


 だからこそ、あの子を勝たせてやろう。もう決めたのだ、撤退はない。


「俺が暗黙のルールってやつを覆してやるよ、堀田花」


 大丈夫、昔からズルは得意さ。

 インフルエンサーになり得ない友人キャラに過ぎないけれど、モブはどう足掻いてもモブだけど、俺には幾多の主人公の活躍を見届けた実績がある。


 案の定、瀬利裕太のラブコメはテンプレをなぞっているものだった。

 ならば、お約束の逸脱者に立ち回る術もありよう。俺はゆっくり歩きながら、彼と彼女らが巻き起こすラブコメ展開を予想していくのであった。

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