紫色のボディコンお姉さんの噂
蒸し暑い夜、僕は小学校からの悪友三人と金も無く遊びに行く場所も無い田舎町の高校生らしい週末を過ごしていた。
溜まり場になっているクズ川の部屋は納屋を改築した母家から離れた離れで、そこに集まって悪友達とゲームしたりダベったり、たまに酒屋の息子のゲロ沼が持って来る缶ビールを飲んだりして楽しくやっていた。
「なあなあ、『紫色のボディコンお姉さん』の噂って知ってる?」
三本目の缶ビールを開けながらバカ岡が赤い顔で言った。
「ボディコン? なにそれ?」
僕が困惑していると、クズ川がニヤッと笑った。
「知ってる知ってる。エロい女の幽霊の噂だろ?」
「そうそう!」
「なーんだダメ杉、そういう話好きそうなのに知らねーの?」
ゲロ沼が僕をバカにした言い方をしたので少しムカッとして言い返した。
「女なんか興味ねーから!」
「いや、幽霊の話だからね?」
「幽霊でも女なんか興味ねーから!」
本当は女に凄い興味あるけど素直になれない思春期の僕だった。そんな僕を見ながらバカ岡が笑った。
「まあまあ、ダメ杉にも教えてやるからさ!」
大人しくバカ岡の話を聞くと、『紫色のボディコンお姉さん』はトイレの花子さんが大人に成長した幽霊で、凄い美人でエロい格好をしている。そして、満月の夜に地面に大きな円を描き、その周りで扇子を振りながら呪文を唱えるとセクシー過ぎる姿を現すってバカみたいな噂話だった。
「嘘癖ぇーっ! そんな噂を信じるなよ」
「いやいや、マジだから。ただの噂じゃないから」
そう言って、バカ岡が僕にスマホの画面を見せた。それは紫色のボディコンお姉さんの噂について書いてあるページで、扇子の振り方や、扇子を振りながら唱えるとても長い呪文までやけに詳しく書いてあった。
「ほらマジ話だろ?」
僕にスマフォの画面を見せながら、バカ岡が得意げな顔をした。やっぱりこいつはバカだなあ。こんな作り話を信じるなんて……
「そして、なんと今日は満月だ。扇子も百均で買って来てあるんだぜ!」
えっ、試してみる気なの?
「本当にバカだなバカ岡は。おもしれー! やろうぜ!」
「小学校のグラウンドが近いし、デッカい円を描けるぜ!」
えっ、お前らもノリノリなの!?
「よし、セクシーな幽霊に逢いに行こう!」
バカな悪友達に付き合うことにした。やけに大きく見える満月の下、街灯の少ない夜の道を自転車に乗って騒ぎながら近くの小学校まで行った。夜風はぬるっと湿っていて、田んぼのウシカエル達の声がモーモーと響いていた。
小学校のグランドの低い壁を乗り越えて侵入すると、体育倉庫の前に置いてあったライン引きを勝手に使ってグランドにデッカい円を書いた。
「よし、扇子を振りながら呪文を唱えるぞー!」
「「「おーっ!」」」
僕達は円の縁に立つと、扇子を八の字を描くように振りながらスマホで見ながら長い呪文を唱え始めた。
「マハラジャ・ジュリアナ・アッシー・メッシー・ワンレン・ボディコン・ザギンでシースー・ギロッポンでシーメー……」
まったく意味がわからない長い呪文を唱えながら皆んなで扇子を振っていると、大きな円の中心あたりに白いモヤのような物が見え出した。
えっ、マジなの?
いやいやいや……
最後の呪文のを皆んなで唱えたとき、最初からそこにいたように円の真ん中に女が立っていた。月明かりの下なのに女の姿がはっきり見えた。切長の瞳の凄い美人な歳上のお姉さんがにっこり笑顔で立っていた。
腰まである長い髪は艶やかな漆黒で月光が踊り、セクシー過ぎる身体のラインが丸わかりのピッタリした紫色のキラキラした服は面積が少なく、白い肩や大きな胸の谷間、すらりとした伸びた足の太ももに僕の目が吸い寄せられた。
凄い、思ってた以上にエロい。凄くエロい!
「おっ、おぉぉぉ……」
バカ岡がうめくような声を上げた。
「んーっ! こんばんはチェリー君達♡」
幽霊にしては元気いっぱいにお姉さんが僕達に声をかけてくると、くねっと身体を動かしてセクシーなポーズをとった。
「お姉さんを皆んなで呼び出してくれて、凄く嬉しいわぁーっ! んっ、ちゅっ♡」
幽霊が僕達に投げキッス。
「おっ、お姉さぁーん!」
クズ川がお姉さんに駆け寄ると、お姉さんは大きく手を広げてクズ川をギュッと抱きしめた。
「うふふっ、慌てなくても良いのよ♡」
「うわぁぁぁーっ! 柔らかくて凄い良い匂いがするーっ! ボインボインだよ、ボインボインだぁぁぁっ!」
「おい、ずるいぞクズ川っ!」
「お姉さん、ぼっ僕も!」
バカ岡とゲロ沼もお姉さんに駆け寄って抱きついたが僕は動けなかった。僕もお姉さんに抱き付きたかったけれど、僕は自分でも思っている以上に女が苦手なヘタレだった。
「おい、幽霊だぞ!?」
「はぁはぁ、幽霊でも良い……」
「凄い良い匂い、たまんねー!」
悪友達はお姉さんに夢中で僕の声は届かない。
「うふふっ、さあチェリー君達? お姉さんとね、エッチなところに行きたい? サービスしちゃうわよ♡」
「「「行きます!」」」
悪友達はお姉さんに抱きついたまま即答した。
「えーっと、君はどうするのかなー?」
お姉さんが優しげな笑みを浮かべながら僕を見た。そのとき僕はお姉さんの瞳が真っ赤に輝いてることに気がついた。
なんて魅惑的でセクシーなんだろう……
いや違う、なんかやばい!
そのとき僕は、ヘビに丸呑みにされるカエルの本当の気持ちがわかった気がした。カエルは喰われる恐怖で動けないんじゃないんだ。ヘビの蠱惑的なまでの美しさに見惚れている間に幸せな気分のまま飲み込まれてしまうんだ。悪友達は美しい切長の瞳のヘビに魅入られていた。
「おい皆んな、そいつから離れろ!」
「あーら連れないのね。じゃあ皆んなで行こうかエッチなところ♡」
「「「はい!」」」
「地獄(Hell)に三名様ご案内♡」
「「「えーっ!?」」」
お姉さんと悪友達は忽然と姿を消した。
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薄暗いバーの明かりの中、眼鏡の奥から可愛い垂れ目の瞳がなんとも言えない表情で僕を見つめていた。
「それでどうなったの?」
「それっきりさ。大騒ぎになったけど、バカ岡達は酔って川に落ちて行方不明ってことになったんだ」
「……ふうーん」
僕の昔話を聴き終わると真美子はカクテルに口をつけた。
真美子は黒髪で地味な顔付きの眼鏡っ子だ。職場の仲の良い同僚で、真美子に誘われて職場の飲み会を抜け出して二人で飲んでいた。
「この話をしたのは初めてだよ」
なぜ真美子にこの話をしたのか自分でもわからなかった。でも真美子に隠し事をしてるみたいで嫌だったのかもしれない。
「『紫色のボディコンお姉さん』なんて私も初めて聞いたわ」
「検索すると出て来るけどね。全然有名じゃないんだ」
「変なのー」
クスクスと笑いながら真美子がカウンターの隣に座った僕の太腿をそっと撫でた。甘い良い匂いがした。
「そのときの呪文をダメ杉君も唱えちゃったんだよね」
「ううん、僕は最後の呪文を言わなかったんだ。バカバカしくてさ」
「最後はどんな呪文だったの?」
「ギルガメッシュ・ナイト」
最後の呪文を唱えると、真美子の瞳の奥に赤い炎が揺らめくのが見えた。
可愛い垂れ目のヘビは、ヘタレな僕をゆっくりと時間をかけて魅了し、ついに丸呑みにしようとしていた。
「あんっやっと最後まで言ってくれた。ずっと待ってたのよ。さあ私とエッチなところに行きたい?」
僕が頷くと、真美子はニンマリと微笑んでそっと僕を抱きしめた。
そして、僕は幸せな気持ちのまま、懐かしい悪友達が待っている地獄へとゆっくりと落ちて行った。
よくわからない話ですが読んでくれてありがとうございます。