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幼なじみが天使だった件――2

 それから自室に籠もり、俺はパソコンの画面とにらめっこしていた。


 カタカタとキーボードをタイプして、途中で手を止め、バックスペースキーをタンタンタンと押す。三〇分ほど前から、ずっとこれの繰り返しだ。


「うーん……難しいなあ」


 顔をしかめて、パソコンの横に置かれたマグカップを手にとった。


 マグカップにはダークブラウンの液体が注がれており、香ばしさと甘さがブレンドされた匂いを漂わせている。食材と一緒に雛野が買ってきてくれた、ココアだ。


 雛野曰く、ココアには、ポリフェノール、テオブロミン、フェニルエチルアミンという成分が多く含まれており、集中力を高めてくれるらしい。しかもカフェインが含まれていないので、飲み過ぎて夜眠れなくなる心配もないとのことだ。


 作家業の応援をしながら、体調にも気を遣ってくれた絶妙なチョイス。雛野には感謝しかない。


 マグカップに口をつけ、ココアをすする。芳しい香り、柔らかな苦み、優しい甘みが、俺のしかめっ面を幾分か和らげてくれた。


 しかし、プロットの練り直しは思ったように進んでいない。


 高柳さんのアドバイス通り、自分の体験を落とし込もうと試みたのだが、やはり抵抗感が拭えない。加えて、『自分の体験なんかが読者を楽しませられるのだろうか?』という疑問が浮かび、いまいち調子が上がらないのだ。


「雛野が応援してくれているのに……申し訳ないなあ」


 椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぐ。


 コンコン


 溜息をついていると、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえた。


「はーい」

「晩ご飯ができたよ、あきくん」

「えっ!? もう、そんな時間!?」


 ギョッとしながらパソコン画面の右下を確認すると、時刻は間もなく午後七時になろうとしていた。プロットの修正に四苦八苦して、時間感覚を忘れていたみたいだ。


 俺のリアクションが予想していたものと違ったのか、雛野が心配と気遣いが混ざったような声で問いかけてくる。


「お邪魔しちゃったかな? 待っていようか?」

「いや、大丈夫! すぐ行くから!」


 慌ててパソコンをシャットダウンして、俺は席を立った。


 せっかく食事を用意したのだ。作り手としては、きっとできたてを食べてほしいことだろう。それでも雛野は、俺の仕事を優先してくれた。いじらしいほどの健気さだ。


 雛野は、掃除・片付け・買い出し・炊事のすべてをこなしてくれた。できたての料理を食べるのは、せめてもの礼儀だろう。


 俺はドアを開ける。


 雛野は眉を下げていたが、部屋から出てきた俺の姿を目にして表情を明るくした。やはり、本心ではできたてを食べてほしかったらしい。


「じゃ、じゃあ、一緒に食べよ?」

「ああ。本当にありがとう」

「ううん。あきくんの力になれたのなら嬉しいよ」


 ここまで甘やかされたらダメ人間になってしまうんじゃないだろうか? そんな贅沢な悩みを覚えつつ、俺は雛野とともにリビングダイニングのドアを開ける。


 俺は目を見張った。


フローリングに散乱した生活用品。ダイニングテーブルに並ぶ空のペットボトル。部屋の隅に置かれた大量のゴミ袋。


 それらすべてが、綺麗さっぱりなくなっていたからだ。


 それだけでなく、フローリングや棚に薄く積もっていたホコリも拭われ、新品のようにピカピカになっている。


 なんということでしょう。幼なじみの手によって、汚部屋寸前の俺の部屋が生まれ変わりました。

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