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不協和音

「ふあぁ……」


 休み明けの月曜日。登校した俺は、自分の席で大あくびをしていた。


「朝っぱらから眠そうだな」

「プロットの修正に苦労してね」


 尋ねてくる岳に、目をしょぼしょぼさせながら答える。


 雛野が恋人役になってくれたおかげで俺はデートを体験できた。その体験を落とし込むことでなんとかプロットの修正が完了したのだが、できあがったのは〇時ギリギリ前。そこから、入浴したり明日の学校の準備をしたりしていると、眠る頃には午前一時を回っていたのだ。


 眠くて眠くてしかたがない。俺はもう一度あくびをした。


「たしかに、いまのお前を見てると、相当大変だったってことがわかるぜ」

「ああ。雛野の協力がなければどうにもならなかったよ」

「雛野の協力?」

「……あ」


 寝不足のあまり注意力が()がれていたようだ。俺はつい口を滑らせてしまう。


 しまった! と思い、慌てて両手で口を塞ぐ。だが、そのあからさまなリアクションが(あだ)となってしまったらしい。


「ほぉーん?」


 おもちゃを見つけた悪ガキのように、岳がニヤリ、と口端(くちはし)をつり上げた。


「お前のプロット作りと雛野のあいだに、なんの関係があるんだろうなあ?」

「も、黙秘権を行使する!」

「カラオケ行ったときのこと覚えてるか、章人? お前、俺に結構な恩があると思うんだけど?」

「そ、それを言われると……」


 思わず俺は「ぐぅ……」とうなる。


 天堂さん、岳、雛野たちとカラオケに行ったあの日、悪気はなかったのだが、俺はその場の空気を壊してしまった。その際、俺のフォローをしてくれたのが岳だ。おまけに岳は、俺に説教をしていると雛野に勘違いされても、彼女を傷つけないように真実を伏せ、悪者となってくれた。


 岳の言うとおり、俺には返すべき恩がある。観念して溜息をつき、俺は事情を打ち明けることにした。


「実は俺、雛野との体験を落とし込んでラブコメを書こうと思っているんだ」

「初っ端からなんともからかい甲斐のある発言だな」

「だから言いたくなかったんですけど!?」

「悪い悪い。それで?」


 ジト目で睨み付けると、片手をヒラヒラさせながら、岳が先を促す。ちっとも悪いと思っていない態度だ。


 再び溜息をつき、俺は続けた。


「プロット作りで難航していたのがデートのシーンだったんだ。俺、デートした経験がないからさ」

「なるほどな。ようするに、雛野が恋人役になってお前とデートしてくれたってことか」

「相変わらず察しがいいな。その通りだよ」


 ブスッとしながら俺は肯定する。


 俺と雛野がデートしたなんて、岳にとっては最高にからかい甲斐のある話題だろう。このあと俺は、(いじ)って弄って弄り倒されるはずだ。


 からかうならからかえ! 覚悟ならできている! 俺はどこにも逃げんぞ!


 俎上(そじょう)の鯉になりながらも、受けて立つと腹を(くく)り、俺はでんと構える。


 しかし、岳の反応は俺の予想とは違った。


「やるじゃねぇか、雛野のやつ」


 意味深な発言とともに、感心したように目を細めたのだ。まるで、挑戦者を称えるチャンピオンのごとく。


 俺は目をパチクリとさせた。


「いまの言葉、どういう意味?」

「前にも言ったが、俺がそれを教えるのはルール違反だ。自分で考えろ」


 涼しげな顔で答える岳。わけがわからず、俺は大量のクエスチョンマークを頭の上に浮かべる。


「お。噂をすればなんとやらだな」


 俺が首を捻っていると、岳が教室前方のドアに目をやった。つられて見ると、清海高校(ここ)の最寄り駅で別れた雛野が、ちょうど教室に入ってくるところだった。


 雛野の目が、グループメンバーと談笑している天堂さんを捉える。パアッと明るい笑顔を浮かべ、子犬みたいにトテトテと駆け寄り、雛野が天堂さんに挨拶した。


「おはよう、陽向ちゃん!」

「……はよ」


 天堂さんのリアクションは、どう考えてもおかしなものだった。雛野のほうをチラリとも見ず、一言そう発しただけだったのだ。いつもの天堂さんなら、笑顔とともに挨拶を返し、なおかつハグまでしていそうなところなのに。


「陽向、ちゃん?」


 あまりにも素っ気ない天堂さんの対応に、雛野が困惑している。天堂さんグループのメンバーも、どうしたのだろうと言いたげに首を傾げていた。


 そんななか、天堂さんの目が俺に向けられた。どこか冷たい印象を感じさせる眼差しに、俺はドキリとする。


 ふい、と天堂さんが目線を切り、呆然とする雛野の横をすり抜けて、廊下へと消えていった。


「……厄介事の臭いがするな」


 訝しげに眉をひそめながら、岳が呟いた。





 それからも、雛野に対する天堂さんの態度は変わらず、授業がはじまり、休み時間になっても、素っ気ないままだった。

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