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マンツーマンレッスン――3

 結果:とてもじゃないけど集中なんてできませんでした。


「はあぁ……」


 湯船に浸かりながら、俺は深々と嘆息する。


 休憩や夕飯を挟みながら、みっちり三時間雛野に勉強を教えてもらったけれど、成果はほとんど出なかった。額と額をくっつけたあのときから、雛野のことが気になって気になってしかたなかったのだ。


 このままでは赤点は免れない。それに、自分の時間を割いてまで勉強を教えてくれている雛野に、申し訳なさすぎる。


「しっかりしてくれよ、俺……」


 お湯に沈みながら俺はぼやいた。





 風呂から上がり、寝間着に着替え、自分の部屋に戻る。


「ん?」


 その途中で俺は足を止めた。リビングダイニングの灯りがついているのが、ドアの磨りガラス越しに見えたからだ。


「雛野が灯りを消し忘れたのか?」


 時刻は間もなく一〇時になる。流石に雛野は帰っているはずだ。リビングダイニングの灯りがついているのは、雛野が消し忘れたからだろう。


 そう予想してリビングダイニングのドアを開ける。


 予想は外れた。雛野がダイニングテーブルにノートを広げていたのだ。


 まさかの光景に、俺は目を丸くする。


「まだ帰ってなかったの?」


 尋ねるも、雛野からの返事はない。ただひたすらに、ノートにペンを走らせている。


 こっちに気づいていないのか? そんなにも集中して、なにを書いているんだろう?


 どうしても気になってしまい、俺はこっそりと雛野に近づき、後ろめたさを感じつつもノートをのぞき見た。


 雛野のノートを目にして――俺は息をのむ。


 そこに、今日勉強したなかで俺が苦手だった箇所、その対策、方針が、教科毎にびっしりと書き(つづ)られていたからだ。


「古代オリエントの民族系統が苦手みたいだから、小アジア・地中海東岸への理解が必要だね。英語は、WhatとHowの使い分けをマスターするために――」


 ブツブツと呟きながらペンを走らせる雛野は、真剣そのものな顔つきをしていた。俺に赤点をとらせないため、必死になってくれているのだ。


 頭を殴られた気分だった。


 雛野は俺のため、各教科の小テストを作成し、勉強を教え、対策まで練ってくれている。いつものように家事をこなしながら、俺の面倒を見ながらだ。自分もテスト勉強をしなくてはならないはずなのに。


 俺はなにをしているんだ……!


 自分の不甲斐なさが嫌になる。このままではいけないと、心に火が点く。


 雛野が俺のために尽くしてくれているんだ! それなのに赤点なんて申し訳なさすぎるだろ!


 雛野の思いやりに応えたい。ドキドキしている場合じゃない。なにがなんでも赤点を回避しなければならない。


(かぁ――つ)っ!」

「ぴゃあっ!?」


 気合を入れるために思い切り両頬を(はた)くと、椅子から飛び上がりそうな勢いで雛野が驚いた。雛野からしてみれば、真横からいきなり破裂音が響いてきたようなものだから、しかたないだろう。


 目を白黒させながら、雛野がこちらを向く。


「あ、あきくん? お風呂上がったんだ」

「いままでゴメン、雛野!」

「ええぇええっ!?」


 前触れもなく俺に頭を下げられて、雛野がまたしても目を白黒させた。


 顔を上げた俺は、口元をアワアワと波打たせている雛野に、高らかに宣誓する。


「俺は絶対に赤点を回避する! もう、煩悩に負けはしない!」

「ぼ、煩悩?」


 なにがなんだかわからないと言いたげな表情で、雛野がコテンと首を傾げた。





 翌日から、俺は自分でも驚くほどの集中力を発揮し、中間テストでは、赤点回避どころか全教科で平均以上の点数を獲得した。


 もちろん、すべては雛野のおかげだ。どれだけお礼を言っても足りないだろう。

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