夫婦みたい――5
頬をひくつかせながら俺はしらばっくれる。
「ななななんのことかわからないなあ!」
「その反応が答えみたいなもんだろ」
至極面白そうに、岳がクツクツと喉を鳴らす。
「根拠ならあるぜ? お前、いつも昼は購買だっただろ? なのに、どうして今日は弁当なんだ?」
「い、いまはひとり暮らししてるから、食費を節約しようと思ったんだよ」
「なら、そのシワひとつないシャツはどうした? 入学式の日はシワッシワだったのに、今日は折り目まできっちりついてるじゃねぇか」
「そ、それは……」
「弁当の用意もシャツのアイロンがけも赤の他人にはできない。だが、お前の両親は海外にいる。となれば、親密な関係にある誰かがお前の面倒を見ていると考えるのが妥当だ。男女平等が世の風潮ではあるが、男性よりも女性のほうが家事能力が高い場合が多い。以上を踏まえた結論が、『お前は女を連れ込んでいる』だ。証明終了」
「岳は探偵かなんかなの!?」
友人の名推理に、俺は悲鳴交じりの叫びを上げた。
ニヤリ、と勝利を確信した顔つきで、改めて岳が訊いてくる。
「で? どうなんだ?」
もはや言い逃れできそうにない。
ま、まあ、岳になら打ち明けても大丈夫か。俺がラノベ作家であることも内緒にしてくれているし、言いふらすような真似はしないだろう。
観念して、俺は口を開いた。
「誰にも言わないでくれよ? 実は――」
「――というわけで、雛野が俺の面倒を見てくれているんだ」
「なるほど、理解した」
俺の話を聞いて、岳が深々と頷いた。
「お前、ラブコメ主人公にジョブチェンジしたんだな」
「なにも理解できてない!」
バンッ! と両手で机を叩く。そんな俺の反応が可笑しくてたまらないとばかりに、岳がカラカラと笑った。俺としては全然可笑しくないんだけど。
「まあ、いまのは冗談だが、幼なじみが隣に引っ越してきて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれてるんだろ? 半同棲ラブコメのテンプレートそのものじゃねぇか」
「ソ、ソウデスネ」
「そのまま書き起こせばラノベになるんじゃね? やってみたらどうだ?」
「カ、カンガエテミマス」
岳が口にした手法を現在進行形で実行している俺は、ロボットみたいな口調をしながら視線を逸らす。半同棲ラブコメが上手く通って出版までこぎ着けたら、絶対に岳にからかわれるんだろうなあ……。
「そ、それにしても、どうして雛野はここまで献身的に尽くしてくれるんだろうな? いきなり高校デビューしたこともそうだし、いまいち雛野の考えがわからないんだよね」
これ以上、いまの話を続けるとぼろが出る。そう判断した俺は話題を逸らしにかかる。
途端、岳が半眼になった。
「それ、マジで言ってんのか?」
「マジだけど?」
「……なるほど、理解した」
「なにを?」
「お前、やっぱりラブコメ主人公だわ。典型的な」
「なんでそうなる!?」
岳が呆れたように溜息をつく。岳の言葉の意味がわからない。なぜ呆れられているのかもわからない。
癪に障った俺は岳に言い返した。
「が、岳だって口にしてたじゃないか。雛野の高校デビューに驚いたって」
「そりゃあ、さっきは事情がつかめてなかったからな」
「ほら! 岳もわかってないじゃないか!」
「『さっきは』って言ったろ? 事情を把握したいまなら雛野の真意を当てられるぜ。十中八九な」
「へ? そ、そうなの?」
「つうか、お前の立場ならちょっと考えればわかるだろ。なにを思って雛野が高校デビューしたのかも、なぜ献身的に尽くしてくれるのかも」
「な、なら、雛野は――」
「おっと、そこまでだ」
雛野の意図がなんなのか尋ねようとした俺に手のひらを突き出しながら、岳が強めに制してくる。
「俺がそれを教えるのはルール違反だ。お前が自分で気づいてこそ、この問題には価値がある。だから自分で考えろ。いいな」
「わ、わかった」
岳の眼差しがいつになく真剣で、気圧された俺は頷くことしかできなかった。




